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第三十五話 狂信者

王都。


国営カジノ跡地。


襲撃から数日が経過していた。


建物の修繕はまだ始まっていない。


現場保存の名目で立ち入りも制限されていた。


そんな中。


一人のシスターが現れる。


純白の修道服。


胸元には神殿直属を示す紋章。


入口を警備する騎士へそれを見せる。


「神殿より調査に参りました」


騎士はすぐに敬礼した。


「確認しました。お通りください」


シスターは静かに中へ入る。


荒れ果てたカジノ内部。


壊れた卓。


砕けた柱。


血痕だけが未だに残されていた。


もっとも。


悪魔たちの死体は既に回収済みだ。


神殿。


王国。


双方による調査のためである。


シスターは無言のまま歩く。


一般エリア。


二階席。


そして。


VIPエリアへ。


まるで何かに導かれるように。


迷いなく進んでいく。


やがて。


彼女の足が止まった。


VIPエリア中央。


かつて一人の令嬢が座っていた席。


シスターはゆっくりと跪く。


そして。


胸元で手を組み。


祈りを捧げた。


「見つけました……」


震える声。


喜びを堪えるような声。


「勇者様……」


床へ手を伸ばす。


そこには。


普通の人間では気付けないほど微かな魔力残滓。


だが。


彼女には分かった。


間違いない。


彼女が探し続けていた人物のものだ。


今代の勇者。


かつて共に旅をした仲間。


そして。


彼女が心から崇拝する存在。


「生きていた……」


ぽろりと涙が零れる。


王国は知らない。


神殿も知らない。


だが。


彼女だけは知っている。


勇者がどれほど規格外だったのかを。


どれほど優しかったのかを。


どれほど孤独だったのかを。


だからこそ。


信じていた。


絶対に死んでいないと。


「ようやく……ようやく手掛かりを見つけました……」


狂信。


そう呼ばれても否定はしない。


彼女にとって勇者は救いだった。


人生そのものだった。


だから探した。


王都を。


地方都市を。


村を。


遺跡を。


数ヶ月もの間。


ひたすらに。


そして。


ようやく。


ここまで辿り着いた。


シスターは床に残る僅かな魔力へ額を付ける。


まるで聖遺物へ祈るように。


「お待ちください」


静かな声。


だが。


その瞳には狂気にも似た執念が宿っていた。


「必ず見つけます」


「どこにいても」


「何をしていても」


「私は貴方様を探し出します」


指先が僅かに震える。


喜びからか。


それとも興奮からか。


本人にも分からない。


「勇者様はお優しいですから……」


「きっとまた誰かを助けているのでしょうね」


ふふっ、と小さく笑う。


だが。


その笑みはどこか歪だった。


「でも……」


声色が変わる。


「勇者様を利用しようとする人間は嫌いです」


「勇者様を傷付ける人間も嫌いです」


「勇者様を困らせる人間も嫌いです」


淡々と。


まるで祈りの言葉のように。


言葉を紡ぐ。


「もしそんな人がいるのなら……」


にっこり。


聖職者らしい微笑みを浮かべる。


「神の御許へ送って差し上げましょう」


その笑顔だけは。


どう見てもまともではなかった。


勇者パーティー時代。


彼女が敵対者へ一切の慈悲を見せなかった理由。


仲間内でも薄々気付いていた者はいた。


彼女は勇者を信仰している。


崇拝している。


そして。


誰よりも独占したがっている。


本人に自覚があるかどうかは別として。


既に信仰の域を超えていた。


シスターは胸元のロザリオを握り締める。


「勇者様は優しすぎるんです」


ぽつりと呟く。


「だからまた傷付く」


「また利用される」


「また誰かのために無理をする」


それは確信だった。


彼女は知っている。


勇者がどれだけ自己犠牲の塊だったのかを。


だからこそ。


彼女の思考は徐々に歪んでいった。


「いっそ……」


漏れた言葉。


その声音は甘い。


恋人へ向けるような。


そんな声だった。


「私が守ればいいんですよね」


誰にも聞こえない。


だからこそ。


本音だった。


「誰にも会わせず」


「誰にも利用させず」


「誰にも傷付けさせない」


うっとりと目を細める。


「私だけが勇者様のお世話をして」


「私だけが勇者様を支えて」


「私だけが勇者様の味方になれば……」


そこまで言って。


頬を赤く染める。


まるで理想の未来を想像した少女のように。


「鍵を掛けてしまえば……」


「勇者様も危険な場所へ行かなくて済みますよね……?」


「誰にも見つからない場所なら……」


「誰にも勇者様を奪われない……」


完全に善意だった。


勇者の自由を奪うことも。


監禁することも。


彼女の中では守るための手段でしかない。


だからこそ危険だった。


「待っていてくださいね」


「勇者様」


「今度こそ見つけますから」


「今度は……絶対に逃がしません」


その言葉と共に。


シスターは静かに立ち上がる。


王国も。


神殿も。


冒険者ギルドも。


まだ勇者の居場所を掴めていない。


だが。


彼女は違う。


見つける。


必ず見つける。


そして二度と見失わない。


その確信だけを胸に。


シスターはVIPルームを後にした。


その頃。


当の勇者は。


地方の小さな冒険者ギルドで。


「次の方どうぞー」


と受付業務に追われていた。


もし彼女がこの思考を知ったなら。


悪魔より先に逃げ出したかもしれない。


当然ながら。


今はまだ。


知る由もなかった。


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