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第三十二話 脱走者

三日後。


ミサはベッドの上で静かに目を開いた。


「……よし」


身体を動かす。


腕。


脚。


指先。


どれも問題なく動く。


あれほど重かった身体は嘘のように軽くなっていた。


魔力もほぼ回復している。


「そろそろ帰らないと」


冒険者ギルドも気になる。


何より。


これ以上ここにいると本当に病人扱いされそうだった。


ミサはベッドから降りる。


ゆっくり立ち上がる。


問題なし。


軽く屈伸する。


問題なし。


その場で飛び跳ねる。


問題なし。


完全回復とは言えないが、普段の八割から九割程度までは戻っていた。


「十分ですね」


そう呟く。


そして。


何事もなかったかのように部屋の扉へ向かった。


だが。


途中で足を止める。


「……」


扉。


その向こう。


誰かいる。


恐らく見張りだ。


逃がさないためなのか。


それとも心配しているのか。


どちらにせよ面倒だった。


ミサは方向転換する。


窓へ向かった。


カーテンを開く。


眼下には領主館の庭園。


高さはそれなりにある。


普通の人間なら躊躇する高さだった。


その時だった。


ガチャ。


部屋の扉が開く。


掃除道具を抱えたメイドが入ってくる。


「あっ」


目が合った。


数秒の沈黙。


メイドが瞬きをする。


窓枠に足を掛けているミサ。


その状況を理解したらしい。


「ミ、ミサ様?」


「おはようございます」


営業スマイル。


「お、おはようございます……?」


「いい天気ですね」


「そ、そうですね……?」


「では」


そう言って。


ミサは迷うことなく窓から飛び降りた。


「きゃあああああああっ!?」


当然、メイドは悲鳴を上げた。


三階の窓から人が飛び降りたのだ。


しかし。


ミサは落下しない。


空中で一歩。


さらに一歩。


そしてまた一歩。


虚空瞬歩。


足場のない空中を蹴りながら降下速度を制御する。


トン。


最後は庭へ軽やかに着地した。


砂埃すら立たない。


そのまま肩を回す。


首を鳴らす。


軽く拳を握る。


身体の状態を確認する。


「うん」


問題なし。


「ほぼ回復ですね」


空を見上げる。


青空が広がっていた。


気持ちがいい。


久しぶりに自由に身体を動かせる。


それだけで十分だった。


だが。


その頃。


領主館では大騒ぎになっていた。


「た、大変ですぅぅぅぅ!!」


廊下を全力疾走するメイド。


「どうした!?」


「何事だ!?」


騎士たちが慌てて呼び止める。


メイドは半泣きになりながら叫んだ。


「ミサ様が!!」


「ミサ様がどうした!?」


「窓から飛び降りて脱走しましたぁぁぁぁぁ!!」


領主館中が静まり返った。


数秒後。


「は?」


誰かが素っ頓狂な声を漏らした。


その報告はすぐにエリナの耳にも届く。


そして。


エリナは椅子から立ち上がった。


「どうやって脱走したのですか!?」


思わず叫ぶ。


「ミサさんの部屋って三階ですよ!!」


当然の疑問だった。


三階。


普通なら飛び降りれば大怪我どころでは済まない。


しかし。


その場にいた全員が同時に思い出す。


悪魔を大量虐殺した受付嬢。


モーニングスターを顔面で受け止めた受付嬢。


木の枝で甲冑と大木を貫通させた受付嬢。


そして。


元Sランク冒険者。


「……あ」


エリナの表情が引き攣る。


「普通に飛び降りられますね……」


誰も否定しなかった。


そしてその頃。


当のミサは庭園を横切りながら、


「さて、帰りますか」


と、何事もなかったかのように領主館を後にしようとしていた。


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