第二十九話 Dead or Alive Ⅲ
VIPエリアは静まり返っていた。
ミサの前には積み上がるチップの山。
スタッフが震える手で新たなチップを運んでくる。
「こちらが交換後のチップになります……」
卓へ置かれたのはプラチナチップ。
一枚で白金貨一万枚分の価値を持つ特別なチップだった。
それが千枚。
既に一領地どころか国家予算すら超える金額が卓の上へ積み上がっていた。
観客たちは言葉を失う。
だがミサは興味なさそうにチップを眺めた。
「続けましょう」
新たなゲームが始まる。
ディーラーは必死だった。
カード操作。
積み込み。
すり替え。
ありとあらゆるイカサマ。
しかし。
全てが通用しない。
何をしても勝てない。
気付けば負けている。
また負ける。
また負ける。
そしてまた負ける。
何人ものディーラーが交代し。
何人ものディーラーが絶望した。
そのたびにミサのチップは増え続ける。
やがて。
ミサは積み上がったチップの山を指先で弾いた。
「倍プッシュよ」
その一言で空気が凍り付く。
支配人は顔面蒼白。
観客席は騒然。
そして。
奥の扉が勢いよく開かれた。
「閉店だ!!」
怒鳴り声。
現れたのはこのカジノのオーナーだった。
「閉店だ! 閉店!!」
怒りで顔を真っ赤にしている。
しかし。
ミサは椅子に座ったまま首を傾げた。
「そう」
「ふざけるな!!」
オーナーが机を叩く。
「このアマ!!」
怒声がVIPエリアに響く。
「タダで帰すとでも思っているのかぁ!!」
その声と共に。
従業員。
警備員。
支配人。
一斉に武器を抜いた。
剣。
槍。
短剣。
数十人がミサを取り囲む。
オーナーは下卑た笑みを浮かべた。
「ボロ雑巾みたいに使い捨ててやるよ」
その視線がミサの身体を舐め回す。
そして。
ミサは笑った。
「命賭けろよ」
「あ?」
「それが脅しの道具じゃないって事よ」
次の瞬間だった。
ミサは勢いよくスカートを捲り上げる。
太もものホルスター。
そこから抜き放たれた二丁の銃。
フェンリル。
誰も反応できなかった。
銃声。
一発。
警備員の頭部が吹き飛ぶ。
その場に倒れた。
悲鳴が上がる。
しかし。
さらに異変が起きた。
倒れた警備員の身体が歪む。
皮膚が裂ける。
角が生える。
人間ではない。
異形の姿。
悪魔だった。
「なっ……!?」
オーナーの顔色が変わる。
ミサは銃口を向けたまま言う。
「ずっと気になってたのよね」
静かな声だった。
「悪魔共が何でこんな真似してるのかって」
「いつから気付いていた……!」
「最初から」
その瞬間。
戦闘が始まった。
フェンリルが火を吹く。
悪魔が倒れる。
また倒れる。
さらに倒れる。
逃げ場はない。
銃声だけが響く。
フェンリルは姿を変える。
ショットガン。
アサルトライフル。
状況に応じて姿を変えながら悪魔を撃ち抜く。
VIPエリアは戦場になった。
悪魔たちは反撃する。
魔法。
呪術。
刃。
しかし届かない。
ミサは踊るように戦う。
撃つ。
避ける。
撃つ。
跳ぶ。
撃つ。
そして殺す。
ただそれだけ。
悪魔の血が飛び散る。
壁を染める。
床を染める。
そしてミサのドレスを染める。
赤黒い血が頬へ飛び散る。
肩へ飛び散る。
純白だったドレスは瞬く間に汚れていった。
だがミサは気にしない。
返り血を浴びながら。
悪魔共を撃ち殺していく。
一発。
また一発。
さらに一発。
引き金を引くたびに悪魔が倒れる。
悲鳴が響く。
命乞いが響く。
それでも止まらない。
まるで死神だった。
返り血に染まりながらも表情は変わらない。
営業スマイルすら浮かべたまま。
ただ淡々と。
そこにいる悪魔を一人残らず撃ち殺していく。
撃ち抜かれた悪魔の死体が一般エリアへ落下した。
そこから先は地獄だった。
正体を見られた悪魔たちは逃げ始める。
客たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
誰も状況を理解できない。
ただ逃げるしかなかった。
ミサは容赦しない。
逃げる悪魔を追う。
撃つ。
倒す。
さらに追う。
撃つ。
倒す。
空中を蹴るように跳びながら。
窓を飛び越えながら。
一人残らず仕留めていく。
やがて。
騒ぎを聞きつけた騎士団が到着する。
「突入!!」
正面から突入が始まる。
しかし。
その頃には既に終わっていた。
VIPエリアに残っているのは悪魔の死体だけ。
美しかったドレスは返り血で赤黒く染まっていた。
ミサは近くの窓を突き破る。
夜風が吹き込む。
そしてそのまま姿を消した。
事前に手配していた馬車へ飛び乗る。
御者は何も聞かない。
馬車はすぐに街を離れた。
翌日。
新聞はその話題一色だった。
謎の大虐殺。
壊滅したカジノ。
大量の悪魔の死体。
正体不明の襲撃者。
誰も真相を知らない。
領主も何も聞かなかった。
聞かないと約束したからだ。
ただ。
血まみれのドレスで帰って来たミサを見た時だけは。
流石に驚いた。
帰りに使用した馬車も即座に処分された。
証拠隠滅のためだった。
車内は血で染まり切っていたからだ。
そして現在。
全てを終えたミサは領主館の客室で眠っていた。
何事もなかったかのように。
まるで普通の受付嬢であるかのように。




