第二十八話 Dead or Alive Ⅱ
「こちらでは対応できなくなりました」
ディーラーがそう告げてから数分後。
会場のざわめきが静かに割れた。
人々が道を開く。
その先から一人の男が現れた。
高級な燕尾服。
整えられた髪。
営業用の笑顔。
一目見ただけで分かる。
このカジノの責任者クラスだった。
「お待たせいたしました、お嬢様」
男は深々と頭を下げる。
「私は当カジノの支配人を務めております」
「ご丁寧にどうも」
ミサも上品に微笑む。
「本日は素晴らしい腕前を拝見させていただきました」
「ありがとうございます」
「そこで一つご提案がございます」
支配人は優雅に一礼した。
「ぜひVIPエリアへお越しください」
周囲がどよめく。
VIPエリア。
一般客では絶対に入れない特別区域。
本当の金持ちだけが入る場所だった。
「そうですか」
ミサは営業スマイルを崩さない。
「では、お言葉に甘えましょう」
案内が始まる。
その途中。
先ほどのディーラーが警備員に連行されているのが見えた。
「失礼ですが」
ミサが尋ねる。
「あの方は?」
支配人は一瞬だけ視線を向ける。
そして何事もないように答えた。
「規定違反です」
「規定違反?」
「損失の責任を取っていただくだけです」
営業スマイル。
だが内容は笑えなかった。
どうやらクビになったらしい。
さらに発生した損失は借金として背負わされる。
ミサは内心で呆れる。
なるほど。
だから人が壊れる。
そういう仕組みなのだ。
やがてVIPエリアへ到着する。
豪華だった。
一般フロアとは比較にならない。
赤い絨毯。
巨大なシャンデリア。
高級酒。
そして。
円形に配置された観客席。
その中央に巨大な卓があった。
「どうぞ」
支配人に促される。
ミサは中央の席へ座った。
観客席には既に多くの人間が集まっている。
金持ち。
貴族。
商人。
そしてギャンブル中毒者。
誰もが今夜の獲物を見ていた。
ミサは先ほど獲得したチップの山を見下ろす。
「こちらを高額チップへ」
スタッフが即座に交換する。
山のような高額チップ。
それだけで一般家庭が一生遊んで暮らせる額だった。
そして。
ゲーム開始。
ディーラーが新しいカード束を取り出す。
だが。
ミサは気付いていた。
(下手ですね)
イカサマだった。
高得点カードを一箇所へ集めている。
VIPエリア用の仕込み。
普通なら気付かない。
しかしミサには丸見えだった。
「デックカットをどうぞ」
カード束が差し出される。
ミサは受け取る。
そして。
ほんの少しだけ位置を変えた。
観客には分からない。
ディーラーにも分からない。
だが。
高得点カードの塊が自分の手元へ来る位置になった。
「どうぞ」
カードが配られる。
一枚。
二枚。
ミサの口元が僅かに緩む。
二十。
会場がどよめく。
いきなりの高得点だった。
ディーラーの顔が引き攣る。
そして。
ミサは静かに言った。
「ダブルベットで」
高額チップが積まれる。
さらに。
「スプリットします」
カードを二つに分ける。
新たなカードが配られる。
そして。
左側。
二十。
右側。
二十。
沈黙。
観客が固まる。
「……は?」
誰かが声を漏らした。
ディーラーの額から汗が流れる。
ミサは楽しそうだった。
仮面の奥の瞳が笑っている。
「続けましょう」
さらにダブルベット。
さらにスプリット。
さらにカードが配られる。
そして。
また二十。
また二十。
また二十。
また二十。
卓の上に異常な光景が広がる。
二十。
二十。
二十。
二十。
二十。
二十。
まるで軍隊だった。
観客席が騒然となる。
「あり得ない!」
「何だこれは!?」
「全部二十だぞ!?」
誰も見たことがない。
ブラックジャックでここまで偏るなど。
だが。
ミサは知っている。
原因を。
ディーラー自身が仕込んだ高得点カードだった。
そして。
ミサは最後の一押しを行う。
「オールイン」
静寂。
高額チップが全て卓へ押し出された。
誰も息をしない。
ディーラーの顔色は死人のようだった。
勝つ方法は一つ。
二十一。
それ以外は全て敗北。
しかし。
それは不可能だった。
残りカードは一枚。
その一枚で二十一を作らなければならない。
だが。
既に見えているカードの構成では成立しない。
不可能。
完全な詰みだった。
ディーラーは震える手で最後のカードをめくる。
そして。
ゆっくりと目を閉じた。
「……私の負けです」
沈黙。
次の瞬間。
会場が爆発した。
「うおおおおおおお!!」
「勝ったぁぁぁ!!」
「全部持っていったぞ!!」
歓声。
絶叫。
悲鳴。
誰もが立ち上がる。
対してミサは静かだった。
ただチップを引き寄せる。
その動作だけで。
この勝負の結果が全てを物語っていた。
VIPエリア。
高額卓。
そしてカジノ側の準備したイカサマ。
その全てを利用され。
たった一回の勝負で。
カジノ側は資産の六割を失った。
支配人の笑顔は既に消えていた。
顔面は蒼白。
手は震えている。
ミサはそんな支配人へ視線を向ける。
そして営業スマイルを浮かべた。
「次はどうします?」
その一言で。
VIPエリアの空気は凍り付いた。
カジノ側はようやく理解する。
今、自分たちが相手にしているのは。
獲物ではない。
捕食者なのだと。




