第二十七話 Dead or Alive
揺れる馬車の中。
ミサは窓の外を眺めながら静かに目的地へ向かっていた。
隣町。
そして数多くの人間を破滅へ追いやった場所。
――カジノ。
やがて馬車が止まる。
「お嬢様、到着いたしました」
御者の声が聞こえる。
ミサは小さく頷き、馬車を降りた。
夜の街。
煌びやかな灯り。
豪華な装飾。
巨大な建物。
まさに金を吸い込む魔窟。
その入口に立ったミサは、支度の際に用意した仮面を取り出した。
目元だけを隠す銀色の仮面。
それを装着する。
ドレス。
宝飾品。
仮面。
その姿は完全にどこかの大貴族の令嬢だった。
誰も受付嬢だとは思わないだろう。
入口のスタッフがすぐに駆け寄る。
「ようこそお越しくださいました、お嬢様」
深々と頭を下げる。
「本日はどのような遊戯を?」
「そうですね」
ミサは営業スマイルを浮かべた。
「まずは軽く遊びましょうか」
「かしこまりました」
丁重に案内される。
店内へ足を踏み入れると、酒と香水の匂いが混じり合っていた。
歓声。
笑い声。
悲鳴にも似た叫び。
様々な感情が渦巻いている。
ミサは一通り見回し、一つの卓の前で足を止めた。
ブラックジャック。
「こちらにします」
椅子が引かれる。
ミサは優雅に腰を下ろした。
「チップをお願いします」
金貨十枚を取り出す。
周囲が少しざわついた。
初回にしては大金だった。
だが貴族なら珍しくない。
スタッフは即座にチップへ交換した。
「ありがとうございます」
ゲーム開始。
最初は誰も気にしていなかった。
よくいる金持ちのお嬢様。
その程度の認識だった。
だが。
三十分後。
その認識は完全に覆されることになる。
「また勝ったぞ……」
誰かが呟く。
ミサの前にはチップの山。
他の客たちは次々と卓を去っていった。
残ったのはミサとディーラーだけ。
自然と一騎打ちの様相となる。
そして。
最初に異変を感じたのはディーラーだった。
(何だ……この女……)
強い。
それだけではない。
異常だった。
カードの流れ。
勝負の勘。
賭ける額。
全てが噛み合っている。
このままでは勝てない。
そう判断したディーラーは決断する。
イカサマだった。
袖に隠したカード。
長年鍛えた手捌き。
普通の客なら絶対に気付かない。
しかし。
「ヒットで」
ミサは何事もなかったかのように言った。
ディーラーの額に汗が浮かぶ。
(気付いていない……?)
そう思った。
だが違った。
数ターン後。
ミサは僅かな損失だけで次のゲームへ移行する。
致命傷は受けない。
かといって大勝ちもしない。
まるで最初からイカサマが来ることを知っていたかのように。
(あり得ない……)
ディーラーの背中を冷たい汗が流れる。
二度。
三度。
イカサマを仕掛ける。
しかし結果は同じだった。
勝てない。
確実に削っているはずなのに。
気付けば削られているのはこちら側だった。
そして。
観客が増え始める。
他の卓の客。
別のディーラー。
支配人補佐。
気付けば周囲は人だかりになっていた。
誰もが見ている。
この異常な勝負を。
やがて運命の一戦が訪れる。
ミサの手札は二十。
ディーラーの表向きの手札は十。
観客が息を呑む。
ディーラーは理解していた。
負ける。
この勝負は負ける。
その瞬間。
ミサが静かにチップへ手を伸ばした。
カチャリ。
積み上げられたチップの山。
その大半を前へ押し出す。
どよめきが起こる。
「お、おい……」
「全部行く気か!?」
「正気か!?」
ディーラーの顔色が変わる。
だが引けない。
ここで逃げれば店の信用問題になる。
「受けます」
震える声で答えた。
カードが配られる。
ディーラーは引く。
もう一枚。
さらにもう一枚。
そして――
二十二。
バースト。
沈黙。
次の瞬間。
会場が爆発した。
「勝ったぁぁぁ!!」
「嘘だろ!?」
「全部持っていきやがった!!」
歓声が響く。
ディーラーは立ち尽くしていた。
卓のチップは全てミサの前へ移動している。
完全敗北。
圧倒的敗北。
ミサは静かにチップを引き寄せた。
そして営業スマイルを浮かべる。
「次はどうします?」
その一言で。
ディーラーは理解した。
この女は最初から全部見えていた。
イカサマも。
卓の流れも。
自分たちの思惑も。
その全てを理解した上で遊ばれていたのだ。
卓に残るチップはゼロ。
ディーラー側の持ちチップは完全に枯渇していた。
周囲は未だ歓声に包まれている。
しかし。
ディーラーだけは違った。
背中を流れる冷や汗が止まらない。
これはもう自分の手に負える相手ではない。
「お、お客様……」
「何でしょう?」
ミサは首を傾げる。
「こちらでは対応できなくなりました」
ようやく出た言葉だった。
ミサは内心で笑う。
ようやく。
目的地への切符が見えてきたからだ。
「そうですか」
営業スマイル。
仮面の奥で瞳だけが細められる。
「それは残念ですね」
そして。
カジノのさらに奥にいる者たちはまだ知らない。
自分たちが招き入れようとしているのが。
ただの貴族令嬢ではなく――
このカジノそのものを潰しに来た元勇者だということを。




