第二十二話 ギルドマスターの実力
その日。
村の冒険者ギルドに、一台の馬車が止まった。
降りてきたのは領主だった。
当然。
事前連絡など無い。
完全なアポなし訪問である。
ギルド内は一瞬静まり返った。
「領主様!?」
受付にいたレナが慌てて立ち上がる。
領主は苦笑した。
「そんなに構えなくていい」
「少し聞きたいことがあってね」
そう言って周囲を見回す。
だが。
目当ての人物は見当たらない。
「ミサ殿は?」
レナが気まずそうに視線を逸らした。
「あー……今日は休みですね」
「休み?」
「はい」
「どこにいる?」
「知りません」
即答だった。
領主は固まる。
「知らないのか?」
「ミサさんですから」
妙に説得力があった。
そして奥で酒を飲んでいたガルドも口を開く。
「俺も知らん」
「ギルドマスターもか?」
「知るか。あいつ休みの日は勝手に消える」
あまりにも自由だった。
領主は額を押さえる。
「……まあいい」
今日の目的はもう一つある。
領主は後ろにいた若い騎士を前へ出した。
先日の騎士団大会で『剣断ち』の二つ名を得た騎士だった。
「彼について聞きたい」
「ほう?」
ガルドが興味深そうに目を細める。
「何だ?」
「彼が使った技についてだ」
領主が説明する。
優勝騎士団の名剣を次々と斬り伏せたこと。
そして騎士団長の息子の剣すら断ち切ったこと。
ガルドは聞き終わると椅子から立ち上がった。
「百聞は一見に如かずだ」
そう言って騎士を見る。
「小僧」
「お前がやったのを見せてみろ」
騎士は少し緊張した様子で頷く。
「はい」
剣を抜く。
深呼吸。
そして。
剣へ魔力を流した。
目には見えない。
だが確かに存在する魔力。
極限まで薄く。
均一に。
剣へ纏わせる。
その瞬間だった。
ガルドの口元が吊り上がる。
「なるほどな」
ニヤリと笑う。
「何だ……小僧」
「随分と怖え纏いを施しているなぁ」
騎士の肩が跳ねた。
「なっ!?」
「分かるんですか!?」
「当たり前だ」
ガルドは鼻で笑う。
「剣断ちの原理はそれか」
領主とエリナが顔を見合わせる。
「纏い?」
「何ですの、それは?」
ガルドは頭を掻いた。
「あいつ、そこまで説明してねえのか」
ため息を吐く。
「魔装ってのは知っているか?」
「ああ」
領主は頷く。
「ここの受付嬢がひと暴れした時に教えてもらったよ」
忘れるはずがない。
騎士団総出で挑み。
モーニングスターを顔面に叩き込んでも傷一つ付かなかった。
そして最後には。
木の枝で甲冑と木を貫通し。
城壁にまで突き刺した。
あまりにも非常識な光景だった。
「あいつめ……」
ガルドが呆れたように呟く。
「まあいい」
そう言って訓練場へ向かう。
領主たちも後を追った。
ギルド裏の訓練場。
そこでガルドは立ち止まった。
「続きだ」
腕を組む。
「魔装は全身に纏う」
「纏った魔力に応じて強固な鎧へ変化する技術だ」
領主たちが真剣に耳を傾ける。
「そして」
ガルドは騎士の剣を指差した。
「その魔力を武器に纏わせる」
「それが纏いだ」
領主が頷く。
「それは分かった」
「だが、何故剣があそこまで斬れる?」
ガルドは騎士を見る。
「小僧」
「お前、ミサの魔装を見て真似しようとしたんだろ?」
「はい」
騎士は素直に頷く。
「俺にはあんな膨大な魔力はありません」
「だから全身は無理でも、剣だけなら出来るんじゃないかって……」
ガルドは腕を組みながら頷いた。
「なるほどな」
「そりゃそうなるか」
エリナが首を傾げる。
「どういう意味ですの?」
ガルドは騎士を指差した。
「こいつの魔力量は米粒程度だ」
「ひどくないっすか?」
「事実だ」
即答だった。
「ミサと比べりゃ粉みてぇなもんだ」
騎士が軽く傷付く。
だがガルドは気にしない。
「全身に魔装を施すだけの魔力が無い」
「だから武器一点に集中した」
「さらに少ない魔力で最大の効果を出そうとした結果――」
ガルドは指を一本立てた。
「魔力が極限まで薄くなった」
そして空中をなぞる。
「形状も変化した」
「薄刃状になっちまったんだろうな」
領主が目を見開く。
「刃……?」
「ああ」
ガルドは頷く。
「魔力そのものが刃になってる」
「だから斬れる」
「だから名剣だろうが関係なく断てる」
騎士も今になって理解する。
自分がやっていたこと。
それは単なる強化ではなかった。
魔力で出来た見えない刃。
それを剣に纏わせていたのだ。
「ちなみに」
ガルドが拳を握る。
「俺の纏いは別物だ」
膨大な魔力が拳へ集まり始める。
「俺は細かいことが苦手でな」
領主が妙に納得した顔になる。
「でしょうね」
「おい」
ガルドが睨む。
領主は咳払いした。
「続けてくれ」
「こいつみたいに斬る形にはしてねぇ」
拳へ集まる魔力はどんどん圧縮されていく。
「俺のは単純だ」
「圧縮して」
さらに圧縮。
「押し潰す」
バチバチバチッ!!
圧縮された魔力に雷が走る。
空気が震え。
地面が軋む。
エリナが思わず後ずさった。
「な、何ですのこれ……」
「属性付与だ」
ガルドは拳を構える。
「纏いの応用みたいなもんだな」
そして。
森へ向けて正拳を放った。
「雷神砲!!」
轟音。
雷を纏った拳圧が一直線に飛ぶ。
大地を抉り。
空気を裂き。
森へ突き刺さる。
ドォォォォォォォォン!!
爆音。
衝撃。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
森の一角が消えていた。
文字通り。
消し飛んでいた。
誰も声を出せない。
ガルドは平然と肩を回す。
「俺の纏いはこんなもんだ」
「斬るんじゃねぇ」
「潰す」
騎士は呆然と消えた森を見る。
同じ纏い。
だが。
自分とはまるで違う。
「纏いに正解はねぇ」
ガルドは言う。
「使う奴によって形が変わる」
そして騎士を見る。
「だが一つだけ覚えておけ」
ガルドの声が少し真面目になる。
「ミサの魔装を見てるなら分かるだろ」
騎士は頷く。
「はい」
「あれが有るか無いかで勝敗が変わる」
ガルドは続ける。
「纏いも同じだ」
近くに落ちていた木の枝を拾う。
そこへ魔力を纏わせる。
そして訓練用の鉄剣へ軽く押し当てた。
ギギギギ……
嫌な音が響く。
木の枝は折れない。
それどころか。
鉄剣の方が徐々に押し曲げられていく。
「なっ……!?」
エリナが目を見開く。
「木の枝ですわよ!?」
さらに力が加わる。
ベキィッ!!
鉄剣が耐え切れず折れた。
しかし。
木の枝は無傷だった。
「見ただろ?」
ガルドは折れた鉄剣を顎で指した。
「纏いもされていない剣なんざ」
肩を竦める。
「ただのゴミ同然だ」
領主が眉をひそめる。
「そこまで言うか」
「言うさ」
ガルドは即答した。
「ミサの魔装を見ただろ?」
「あれと同じだ」
「魔装がある奴と無い奴じゃ勝負にならねぇ」
そして騎士へ視線を向ける。
「纏いも同じだ」
「纏いが施された武器と、そうでない武器がぶつかればどうなると思う?」
騎士は折れた鉄剣を見る。
答えは目の前にあった。
「一方的に壊れる……」
「そういうことだ」
ガルドは頷く。
「だから扱いには気を付けろよ」
その声は先ほどまでと違い真面目だった。
「お前はまだ加減が下手だ」
「模擬戦で相手の武器だけ壊すならまだいい」
「だが間違えれば、そのまま相手まで斬っちまう」
騎士は背筋を伸ばす。
「はい!」
ガルドは満足そうに頷いた。
そして領主たちも理解した。
彼が大会で成し遂げたこと。
それは偶然でも奇跡でもない。
ミサの魔装を見て学び。
自分の少ない魔力で再現しようとした結果。
偶然生まれた"薄刃の纏い"。
それこそが、『剣断ち』の正体だった。




