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第二十一話 無名騎士と剣断ち

前年度優勝騎士団を破った。


その事実は会場全体を揺るがしていた。


だが。


大会はまだ終わっていない。


優勝するには、その後の試合にも勝たなければならない。


普通なら。


大金星を挙げたことで満足してしまう。


だが。


エリナ領の騎士たちは違った。


「俺たちも続くぞ!」


「全部あいつに任せてたまるか!」


「少しでも勝ち星を持って帰るんだ!」


彼の活躍が火を付けた。


今まで勝てないと思い込んでいた騎士たち。


負けるのが当たり前だった騎士たち。


その全員の意識が変わったのだ。


そして。


快進撃が始まった。


先鋒は敗れた。


だが次鋒が勝つ。


中堅も勝つ。


副将も食らいつく。


今までなら諦めていた場面でも。


最後まで粘り続けた。


それだけで結果は大きく変わった。


そして。


決勝戦。


誰も予想しなかった結末が訪れる。


「勝者!」


審判が旗を掲げる。


「エリナ領騎士団!!」


一瞬の静寂。


そして。


会場が歓声に包まれた。


優勝。


毎年最下位だった騎士団が。


ついに。


優勝を勝ち取ったのである。


騎士たちは歓声を上げる。


抱き合う者。


泣き出す者。


剣を掲げる者。


皆が喜んでいた。


そして。


誰よりも嬉しそうだったのは――


エリナだった。


「おーっほっほっほっほっほ!」


高笑いが会場に響く。


周囲の貴族令嬢たちが顔を引きつらせた。


「ど、どうしましたの?」


「何か言いたいことでもありまして?」


エリナは満面の笑みで言う。


「今年も最下位だと仰っていた方がいらっしゃいましたわね?」


令嬢たちが目を逸らす。


「見に来るだけ無駄とも聞きましたわ」


さらに目を逸らす。


「結果はどうでしたの?」


見事なドヤ顔だった。


完全勝利である。


立場は逆転した。


今まで見下していた側が黙り込み。


見下されていた側が胸を張る。


これほど痛快なこともなかった。


その日の夜。


表彰式が行われる。


そこで。


彼にも一つの栄誉が与えられた。


大会運営から正式に授けられた二つ名。


『剣断ち』


どんな名剣も。


どんな業物も。


一太刀で断ち切る。


そんな異名だった。


会場から拍手が起こる。


彼は困ったように頭を掻いた。


自分ではそんな大層な人物だとは思っていない。


ただ。


一人の受付嬢に教わったことを実践しただけなのだから。


そして数日後。


領地へ帰還。


優勝騎士団として盛大な歓迎を受けた。


だが。


彼にはもう一つの試練が待っていた。


領主館。


応接室。


目の前には領主。


隣にはエリナ。


そして騎士団長。


完全に包囲されていた。


「さて」


領主が穏やかに口を開く。


「話を聞こうか」


彼は嫌な予感しかしなかった。


「お前が急に強くなった理由についてな」


「……」


「何かあっただろう?」


領主がそう言うと、エリナも身を乗り出す。


「そうですわ!」


「絶対に何かありましたわ!」


騎士団長も頷く。


「いくら努力家とはいえ、あの強さは説明が付きません」


彼は必死に考える。


そして。


「あー……」


頭を掻きながら口を開いた。


「この前、ミサさんが騎士団訓練所に来たじゃないですか」


三人とも頷く。


忘れるはずがない。


「魔装の実演をしてくれたんですよ」


「ああ……」


領主が遠い目をする。


忘れたくても忘れられない。


騎士団総出で挑み。


モーニングスターを顔面へ叩き込んでも傷一つ付かず。


魔装の説明をしながら平然としていた受付嬢。


そして最後には。


そこら辺で拾った木の枝に魔装を纏わせ。


訓練用甲冑を貫通。


後ろの木も貫通。


さらに城壁へと突き刺した。


あまりにも非常識な光景だった。


「あれを見て思ったんです」


彼は苦笑する。


「全身を魔装なんて出来る訳ないなって」


「まぁ、それはそうですわね」


エリナも即答する。


「あんなこと出来る人、初めて見ましたもの」


「だからせめて……」


彼は続けた。


「武器だけなら出来ないかなって思ったんっす」


「武器だけ?」


騎士団長が眉を上げる。


「はい」


彼は頷く。


「姉御……じゃなかった」


咳払いする。


「ミサさんみたいな、あんな膨大な魔力なんて俺には無理です」


それは本心だった。


比べること自体がおこがましい。


「あの人の真似なんて出来ません」


「でしょうね」


エリナが即答した。


「出来たら怖いですわ」


「俺もそう思います」


彼も頷く。


「だから俺に出来る範囲で、剣に魔力を纏わせてみたんです」


領主が腕を組む。


「ふむ……」


「それで毎日練習してたら、たまたま上手くいったというか……」


「たまたま?」


「いや、結構頑張りました」


「どっちですの」


エリナが呆れる。


「頑張った結果です」


「最初からそう言いなさい」


「すみません」


騎士団長は顎に手を当てる。


「確かに理屈としては分かるな……」


「武器への魔力付与なら昔から存在する技術ではありますし」


もちろん。


彼が使ったのはそんな生易しい技術ではない。


だが三人は知らない。


「なるほど」


領主も頷く。


「ミサ殿の魔装を見て、自分なりに応用したということか」


「そんな感じっす」


彼は笑顔で答える。


内心では冷や汗だらだらだった。


(頼むからこれ以上聞かないでくれ……)


幸い。


それ以上の追及はなかった。


「分かった」


領主が頷く。


「下がって良いぞ」


「失礼します!」


彼は即座に敬礼し、応接室を後にした。


扉が閉まる。


しばし沈黙。


最初に口を開いたのは領主だった。


「さて」


椅子の背にもたれながら言う。


「どう思うかね?」


視線は騎士団長へ向けられていた。


騎士団長は腕を組む。


「嘘は言っていないでしょうな」


「ほう?」


「ですが、全てを話しているとも思えません」


領主は苦笑した。


「やはりそう思うか」


「ええ」


騎士団長は頷く。


「武器に魔力を纏わせる」


「それ自体は理解できます」


「ですが、名工の剣をあそこまで綺麗に断つとなると話は別です」


領主も同意した。


「普通ではありえんな」


「ありえません」


即答だった。


エリナも腕を組む。


「絶対に何か隠していますわ」


「でしょうな」


騎士団長は苦笑する。


「ですが、少なくとも悪いことではないでしょう」


「ほう?」


「彼は以前よりも努力しております」


「それは間違いないか」


「はい」


朝一番に訓練場へ来る。


誰よりも遅くまで残る。


訓練量だけなら騎士団随一。


騎士団長自身も認めていた。


「もし何かを掴んだのだとしても」


「それは本人が努力して手に入れたものでしょう」


領主は小さく頷く。


「確かにな」


そして。


ふと三人とも同じ人物を思い浮かべる。


村の受付嬢。


元Aランク冒険者。


木の枝で城壁に穴を開ける女。


「原因は間違いなくミサ殿でしょうな」


騎士団長が断言する。


「ですわね」


エリナも即答した。


「ですな」


領主も否定しない。


再び沈黙。


そして。


領主がぽつりと呟く。


「しかし……」


「何であの娘は受付嬢をやっているんだ?」


その場の全員が黙り込む。


言われてみれば、その通りだった。


元Aランク冒険者。


魔装の使い手。


騎士団を一人で圧倒する実力者。


そんな人物なら。


王都の騎士団でも。


貴族のお抱えでも。


護衛でも。


教官でも。


もっと良い仕事はいくらでもある。


なのに。


本人は田舎町の冒険者ギルドで受付嬢をしている。


意味が分からない。


「本人は平和だからと言っていましたわね」


エリナが思い出したように言う。


「平和だから、か」


領主は苦笑した。


「普通の人間なら分かる」


「だが、あの娘が言うと説得力がないな」


「同感ですな」


騎士団長も頷く。


「何か事情があるのでしょうな」


「恐らくは」


領主も同意した。


エリナだけは少し不満そうだった。


「気になりますわ……」


「それは私もだ」


「私もですな」


三人の意見は一致していた。


ミサが何者なのか。


ではない。


何故そんな人物が受付嬢をやっているのか。


それが今、一番の謎だった。


そしてその頃。


村へ帰った美咲は。


「ん?」


書類整理をしながら首を傾げる。


何となく嫌な予感がした。


「風邪ですかね」


そう呟きながらペンを走らせる。


自分が今まさに領主たちの話題の中心になっているとは、夢にも思わないのだった。


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