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第二十話 新米騎士の挑戦

――これは美咲が村へ帰った後の話である。


領主館の訓練場。


朝日が昇る前。


まだ誰もいない時間帯。


一人の騎士が木剣を振っていた。


「せいっ!」


汗を流しながら振る。


何度も。


何度も。


何度も。


彼は元々、人一倍努力する騎士だった。


誰よりも早く起きる。


誰よりも長く訓練する。


誰よりも多く素振りをする。


だからこそ。


あの日、美咲に認められたのかもしれない。


そして。


彼には新たな課題が増えていた。


纏い。


あの日。


美咲から教えられた技術。


当然ながら誰にも話していない。


あれがどれほど貴重な技術なのか。


彼にも分かっていた。


だから朝と夕方。


一日二回。


必ず纏いの練習を行う。


魔力を剣へ流す。


維持する。


そして薄くする。


さらに薄くする。


もっと薄くする。


だが。


それだけでは終わらない。


素振りを始める。


振っている最中も魔力制御を続ける。


少しでも意識が逸れれば霧散する。


少しでも力を入れ過ぎれば厚くなる。


その繰り返しだった。


正直。


普通の訓練より遥かに辛かった。


剣術は体力があれば続けられる。


だが纏いは違う。


集中力を削る。


精神力を削る。


魔力を削る。


毎回へとへとになる。


それでも。


彼はやめなかった。


美咲との約束があったからだ。


『出来たらまた会いましょう』


その言葉を思い出すたび。


自然と剣を握っていた。


そして。


そんなある日のことだった。


領主館が騒がしくなる。


理由は一つ。


各領地合同の騎士団親睦会。


名目上は親睦会。


実際には各領地の若手騎士たちによる大会だった。


参加資格はほぼ新米騎士限定。


将来有望な若手を見せ合う場でもある。


だが。


エリナの領地にとっては嫌な行事だった。


なぜなら――


毎年最下位だからである。


毎年。


本当に毎年。


勝てない。


一回戦負け。


あるいは最下位。


それが当たり前になっていた。


当然。


他領地から馬鹿にされる。


領主も。


騎士団も。


そして。


エリナも。


「お嬢様!」


彼はエリナの前で頭を下げる。


「今度こそ勝利を捥ぎ取ってみせます!!」


エリナは少し驚いた。


いつもなら。


「頑張ります」


「善処します」


そんな言葉しか言わない。


だが今日は違う。


その瞳に迷いが無かった。


「……期待していますわ」


エリナは小さく微笑んだ。


そして。


親睦会当日。


巨大な闘技場。


各領地から騎士団が集まる。


貴族たちも集まる。


その子供たちも集まる。


豪華な席で談笑する貴族。


派閥を作る子供たち。


「今年も我が家が優勝ですわ」


「当然ですわね」


「去年の覇者ですもの」


「お父様もそう仰っていましたわ」


そんな会話が飛び交う。


一方で。


エリナの席では。


誰も近寄らない。


いや。


正確には違う。


近寄る価値が無いと思われていた。


「よく来れたものね」


「今年も最下位でしょう?」


「見に来るだけ無駄ですわ」


陰口。


嘲笑。


見下し。


エリナは拳を握る。


だが言い返せない。


成績が全てだからだ。


そして。


騎士団入場。


他領地の騎士団が堂々と歩く。


歓声が上がる。


だが。


エリナの騎士団が現れた瞬間。


空気が変わった。


「あれか」


「最下位騎士団」


「今年も駄目そうね」


失笑。


誰も期待していない。


それでも。


彼だけは違った。


静かに剣を握る。


そして。


運命の一回戦。


相手は前年度優勝騎士団。


誰もが勝負にならないと思った。


事実。


先鋒戦。


予想通り敗北。


誰も驚かない。


「ほら見ろ」


そんな声すら聞こえた。


そして。


次鋒戦。


相手は前年度優勝騎士団の副将格。


名のある騎士の息子だった。


だが。


結果は誰も予想していなかった。


試合開始。


交差は一度。


次の瞬間。


相手の剣が真っ二つになっていた。


会場がざわつく。


「なっ!?」


「何が起きた!?」


審判による確認。


不正なし。


ただの鉄剣。


勝者。


エリナ領騎士団。


続く中堅戦。


今度は優勝騎士団期待の若手。


将来有望と呼ばれる騎士だった。


しかし。


結果は変わらない。


一合。


たった一合。


再び相手の剣が折れた。


観客席の空気が変わる。


「おい……」


「何なんだあの騎士は……」


「聞いてないぞ……」


ざわめきが広がる。


そして。


大将戦。


会場の空気が張り詰める。


相手として現れたのは、一人の若い騎士だった。


その名が呼ばれた瞬間。


観客席がどよめく。


「騎士団長の息子だ……」


「今年も優勝は決まりだな」


誰もがそう思っていた。


前年度優勝騎士団。


その大将。


騎士団長の息子。


同世代最強と名高い若き騎士だった。


対するは。


最下位騎士団の無名騎士。


誰も勝負になるとは思っていない。


「始め!」


審判の合図。


両者が剣を構える。


騎士団長の息子は余裕の笑みを浮かべていた。


「先ほどから見ていたぞ」


彼へ向けて剣を突き付ける。


「何をしたのかは知らないが――」


周囲の騎士たちも頷く。


誰も仕掛けが分からなかった。


ただ剣が折れる。


それだけだった。


「この私には通用しない!!」


力強く宣言する。


同時に地面を蹴った。


速い。


これまでの相手とは比較にならない。


まさしく優勝騎士団の大将。


会場から歓声が上がる。


だが。


彼は慌てなかった。


美咲の言葉を思い出す。


『この纏いには力なんて要らない』


『ただ……添えるだけでいい』


剣に魔力を流す。


極限まで薄く。


目視すら出来ないほどに。


そして。


騎士団長の息子の剣が振り下ろされる。


その瞬間。


彼もまた剣を振るった。


交差。


一瞬だった。


キィィィィン――――!!


甲高い金属音。


次の瞬間。


会場が静まり返る。


誰も動けなかった。


騎士団長の息子が目を見開く。


視線は自分の剣へ。


パキッ。


乾いた音。


そして。


名剣の刀身が根元から滑り落ちた。


「な……」


言葉が出ない。


信じられない。


自分が負けたことではない。


自分の剣が斬られたことが信じられなかった。


「馬鹿な……」


代々受け継がれてきた名剣。


数々の戦場を生き抜いた業物。


それが。


ただの鉄剣によって斬られた。


「ありえない……」


膝から力が抜ける。


会場中が騒然となる。


貴族たちが立ち上がる。


騎士たちも声を上げる。


何が起きたのか理解出来ない。


ただ一人。


エリナだけが拳を握り締めていた。


そして。


審判が静かに旗を上げる。


「勝者!」


一拍置いて。


「エリナ領騎士団!!」


爆発したようなどよめきが会場を包み込んだ。


前年度優勝騎士団。


しかも騎士団長の息子を擁する最強チーム。


それを。


毎年最下位だった騎士団が打ち破った。


歴史的大番狂わせ。


その瞬間だった。


そして観客席で。


エリナは誰にも聞こえないよう、小さく呟く。


「やりましたわ……」


脳裏に浮かぶのは、一人の受付嬢。


朝早く訓練場で出会った、新米騎士に道を示した人物。


無愛想で。


面倒臭がりで。


けれど確かに強者だった。


エリナは小さく笑う。


「ミサさん……」


その名を呟きながら。


彼女は初めて、胸を張って前を向いた。


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