第十九話 纏い
領主との話し合いは予想以上に長引いた。
魔装の説明。
Aランク冒険者の話。
魔術の才能と魔力量の話。
気が付けば空はすっかり暗くなり、街と村を結ぶ最終便の馬車はとっくに出発した後だった。
「申し訳ないな」
領主が苦笑する。
「こちらが呼び出しておいて帰れなくなるとは」
「いえ、別に構いません」
美咲は営業スマイルを崩さない。
すると。
「でしたら!」
エリナが勢いよく立ち上がった。
「私の部屋へどうぞですわ!」
「断ります」
即答だった。
「何故ですの!?」
「何故も何もありません」
美咲は呆れたように言う。
「私は客人です」
「私は領主の娘ですわ!」
「だからです」
「意味が分かりませんわ!」
その後も数分ほど攻防が続いたが。
最終的には領主の判断で客人用の部屋が用意された。
エリナは最後まで不満そうだったが。
美咲は無事に一人部屋を確保したのだった。
翌朝。
いや。
まだ朝ですらなかった。
空は暗く。
館の大半の人間は夢の中にいる時間帯。
美咲は静かに目を覚ました。
長年の習慣だった。
勇者時代から続く生活リズムは、そう簡単には変わらない。
軽く身支度を整える。
暇だった。
もう一眠りする気にもなれない。
「散歩でもしますか」
誰に言うでもなく呟く。
静かな廊下を歩き。
館の外へ出る。
ひんやりとした朝の空気が頬を撫でた。
何となく足を向けた先は訓練場だった。
すると。
「せいっ!」
まだ誰もいないと思っていた訓練場から声が聞こえる。
木剣を振る一人の騎士。
若い。
恐らく新米だろう。
汗を流しながら一心不乱に素振りを繰り返していた。
美咲は少し感心する。
「こんな時間からですか」
声を掛ける。
騎士は驚いたように振り返った。
そして。
「あっ!」
姿勢を正した。
「姐御!」
「誰が姐御ですか」
即座に否定する。
だが騎士は気にしていない。
「昨日の訓練場で見てました!」
「ああ」
納得した。
木の枝を城壁へ突き刺した張本人だ。
騎士たちの間では既に伝説になっているのかもしれない。
「こんな時間から訓練ですか?」
「はい!」
騎士は元気よく頷いた。
「俺、新米なんです!」
「なるほど」
「だから誰よりも強くなりたくて!」
美咲は少し笑った。
その目は真剣だった。
こういう人間は嫌いではない。
「良い心掛けですね」
「本当ですか!?」
「ええ」
美咲は頷く。
「努力を続ける人は好きですよ」
騎士の顔が明るくなる。
そして。
気になっていたことを聞き始めた。
「姐御は本当に元Aランクなんですか?」
「本当ですよ」
「何で受付嬢なんてやってるんですか?」
「働かないと生きていけませんから」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
美咲は苦笑した。
「色々あったんですよ」
「言えないことですか?」
「言えないことです」
勇者だったこと。
魔王を倒したこと。
王都から姿を消したこと。
どれも言えない。
「じゃあ今の仕事は好きなんですか?」
「好きですよ」
それだけは即答だった。
「平和ですし」
「平和ですか」
騎士は不思議そうな顔をする。
だが美咲にとっては本音だった。
魔王軍との戦争。
命のやり取り。
仲間の死。
そんな日々と比べれば。
ギルドの受付など天国みたいなものだ。
しばらく雑談した後。
美咲はふと騎士の剣を見る。
そして。
「そうだ」
「?」
「一つだけ教えてあげましょうか」
騎士の目が輝く。
「本当ですか!?」
「魔装は無理ですけどね」
「はい」
「でも纏いくらいなら出来るかもしれません」
「纏い……ですか?」
美咲は騎士の剣を借りた。
ゆっくりと構える。
そして。
薄く。
本当に薄く。
魔力を剣身へ流し込む。
ほんの僅かな光。
だが。
それだけで剣の雰囲気が変わった。
「コツは魔力を極限まで薄く纏わせること」
美咲は説明する。
「薄く?」
「そう」
騎士は首を傾げる。
すると美咲は剣を軽く持ち上げた。
「大抵の人は勘違いするんですよ」
「勘違いですか?」
「魔力を大量に流し込めば強くなると思っている」
それは自然な発想だった。
魔力が多ければ強い。
誰もがそう考える。
だが。
美咲は首を横に振る。
「厚く纏わせても意味はありません」
「そうなんですか?」
「ええ」
美咲は頷いた。
「厚くすると剣としての価値がなくなります」
「価値がなくなる?」
「刃が鈍るんですよ」
騎士が目を見開く。
「魔力を纏わせるのが目的じゃない」
美咲は剣身を指でなぞる。
「剣は斬るための道具です」
「はい」
「だから刃の鋭さを殺してはいけません」
美咲は続ける。
「理想は紙一枚」
「紙一枚?」
「いえ」
少し考える。
「紙よりも薄くですね」
騎士が思わず唾を飲む。
「そんな精密な制御を……」
「だから難しいんです」
美咲は苦笑した。
「極限まで薄く」
「極限まで均一に」
「刃全体へ纏わせる」
「そうすることで初めて、この剣は本来の切れ味を超える」
そして。
近くにあった大岩へ歩く。
剣先を軽く当てる。
振り下ろしすらしない。
ただ。
滑らせる。
それだけだった。
スッ――――。
まるで最初からそこに切れ目があったかのように。
岩が真っ二つに割れた。
騎士が固まる。
「え?」
「これが纏いです」
絶句。
それしか出来なかった。
美咲は剣を返した。
「やってみなさい」
騎士は慌てて剣を握る。
言われた通りに魔力を流す。
だが。
難しい。
魔力が剣へ定着しない。
放出した瞬間に空気中へ拡散してしまう。
数秒後。
「はぁ……はぁ……」
騎士が膝をついた。
魔力切れだった。
美咲は苦笑する。
「最初のうちはそんなものですよ」
「難しすぎます……」
「でしょうね」
纏いは簡単ではない。
ただ魔力を出すだけなら誰でも出来る。
問題はそこから先だった。
放出した魔力を逃がさず。
武器へ留める。
形を維持する。
そして制御する。
言葉にすると簡単だが。
実際は恐ろしく難しい。
だからこそ技術なのだ。
騎士は再び立ち上がる。
剣を握る。
失敗。
もう一度。
失敗。
さらにもう一度。
失敗。
それでも諦めない。
美咲はそんな姿を見て少しだけ笑った。
「悪くありませんね」
騎士は気付かない。
既に美咲が認め始めていることに。
そして。
美咲は踵を返した。
「姐御!」
騎士が呼び止める。
「何ですか?」
「また教えてもらえますか!?」
美咲は少しだけ考えた。
そして。
小さく笑う。
「出来たらまた会いましょう」
その一言だけ残して。
訓練場を後にした。
残された騎士は再び剣を構える。
魔力を纏う。
失敗する。
それでも諦めない。
朝日が昇り始めても。
他の騎士たちがやって来ても。
彼はただひたすらに剣へ魔力を纏わせ続けていた。
いつか。
再び「姐御」に会うその日まで。




