第十八話 元Aランク冒険者
訓練場での一件からしばらく後。
美咲は再び領主館の応接室へ呼び出されていた。
理由は聞いていない。
だが、何となく察しは付いている。
恐らく訓練場の件だろう。
「失礼します」
いつも通りの営業スマイル。
応接室には領主とエリナがいた。
「来てくれたか」
「ご用件は何でしょうか?」
席に着いた美咲へ、領主は早速本題を切り出した。
「魔装について聞きたい」
やはりそれか。
美咲は内心でため息を吐いた。
訓練場であれだけ派手にやったのだから当然ではある。
「魔装ですか」
「うむ」
「簡単に言えば、魔力で作る鎧です」
領主は腕を組む。
「騎士たちから話は聞いた」
「はい」
「だが信じ難い」
それも当然だった。
木の枝で甲冑を貫き。
大木を貫通し。
最後には城壁へ突き刺したのだ。
普通なら与太話で終わる。
「まず大前提として」
美咲は真面目な顔になる。
「魔装は誰でも使える技術ではありません」
「才能が必要なのか?」
「必要です」
即答だった。
「魔装の才能は魔術師としての才能に匹敵します」
エリナが首を傾げる。
「それほどですの?」
「はい」
美咲は頷く。
「魔力を細かく制御する能力が必要になります」
「なるほど」
領主も納得したように頷いた。
「それだけならまだいいんです」
「まだ?」
「戦士としての才能も必要になります」
今度はエリナが目を丸くした。
「両方ですの!?」
「両方です」
美咲は肩を竦める。
「剣術の才能」
「身体能力」
「戦闘経験」
「魔力制御能力」
「全部必要です」
エリナが頭を抱える。
「要求されるものが多すぎますわ!」
「だから広まりません」
美咲はあっさり答えた。
「魔術師なら魔術を極めた方が早い」
「騎士なら剣を極めた方が早い」
「魔装を選ぶ理由がないんです」
領主も納得する。
確かにその通りだった。
「ですから」
美咲は営業スマイルに戻る。
「伝授してくれと言われても、いくら私でも無理です」
「そんなものなのか」
「ええ」
美咲は頷く。
「よっぽどの理由が無い限り取得する意味がありません」
「例えば?」
エリナが尋ねる。
「魔術師なのに最前線で戦わなければならないとか」
「普通ありませんわ」
「ですよね」
美咲も頷いた。
「それに」
美咲は続ける。
「魔装は元々、魔術師が編み出した技法なんですよ」
「魔術師が?」
「接近戦で生き残るためですね」
領主が感心したように頷く。
「なるほど」
「だから本来は魔術師向けの技術なんです」
すると。
エリナがふと思い出したように尋ねた。
「そういえば」
「はい?」
「ミサさんは魔術を使えるんですの?」
領主も興味深そうに視線を向ける。
魔装を扱うほどの使い手。
ならば魔術も使えるのではないか。
そう考えるのは自然だった。
だが。
美咲は首を横に振った。
「使えません」
沈黙。
「……はい?」
エリナが固まる。
「使えません」
「初級魔術も?」
「無理です」
即答だった。
「火球も出ません」
「水球も?」
「無理です」
「光球は?」
「無理です」
「何なら出来ますの!?」
エリナが思わず叫ぶ。
「受付業務」
「そういう話ではありませんわ!」
領主が思わず吹き出した。
美咲は肩を竦める。
「私は魔術師としての才能がありません」
「才能が無い?」
「はい」
「初級呪文すら発動しません」
応接室が静まり返る。
そして。
数秒後。
エリナがはっとした顔になった。
「お待ちくださいまし」
「はい?」
「それ、おかしくありませんこと?」
「何がです?」
「先ほどミサさんご自身が」
エリナは指を突き付ける。
「魔装には魔術師並みの才能が必要と仰いましたわよね!?」
「ああ」
「なのにミサさんは魔術師の才能が無い!」
「ええ」
「矛盾してますわ!!」
領主も納得したように頷く。
確かにそうだ。
魔術師の才能が必要なのに。
本人は魔術が使えない。
話が噛み合わない。
だが。
美咲は平然としていた。
「ああ、そのことですか」
「そのことですわ!」
美咲は紅茶を一口飲む。
そして説明を始めた。
「魔術師の才能って一種類じゃないんですよ」
「違いますの?」
「大きく分けて二種類あります」
人差し指を一本立てる。
「一つ目は魔術を執行する才能」
さらにもう一本立てる。
「二つ目は魔力量の才能です」
領主が興味深そうに頷く。
「なるほど」
「前者は本当の意味での才能です」
美咲は続ける。
「呪文を発動する才能」
「魔術適性」
「魔術回路」
「呼び方は色々ありますが」
「要するに魔術を使えるかどうかですね」
エリナが頷く。
「ミサさんに無い方ですわね」
「無いですね」
即答だった。
「初級呪文すら発動しません」
「そこまでですの?」
「そこまでです」
美咲は紅茶を置く。
「こちらは努力ではどうにもなりません」
「生まれ持った才能ということか」
「そうです」
美咲は頷いた。
「才能がある者は魔術を使える」
「無い者は一生使えない」
「それだけです」
そして。
二本目の指を示す。
「もう一つが魔力量の才能です」
「こちらは違いますの?」
「違います」
美咲は頷いた。
「魔力は鍛えれば増えます」
エリナが目を丸くする。
「増えるんですの?」
「増えます」
即答だった。
「筋肉と同じです」
「使えば増える」
「鍛えれば増える」
「限界まで追い込めばさらに増える」
領主が腕を組む。
「なら才能ではないのでは?」
「いえ」
美咲は首を振る。
「才能ですよ」
「何故だ?」
「最終的な伸び代が違うからです」
百で止まる者。
千まで伸びる者。
万まで届く者。
その差がある。
「ですが」
美咲は続けた。
「こちらは若いうちには分かりません」
「分からない?」
「どこまで伸びるかは本人にも分からないんです」
「なるほど」
「何年も鍛えて」
「何年も積み重ねて」
「ようやく見えてくるものです」
そして。
美咲は自分を指差した。
「私はこっちです」
「魔力量の方ですの?」
「はい」
「魔術を執行する才能はゼロ」
「魔力量だけは人並み外れていた」
「だから魔装を覚えました」
ようやくエリナも納得した。
「つまり」
「ミサさんは魔術師になれなかった魔術師みたいなものですの?」
美咲は少し考える。
そして頷いた。
「割と近いですね」
「魔術は使えない」
「でも魔力だけはある」
「だから魔力を直接使う方向に進んだ」
「それが魔装です」
領主が苦笑する。
「普通はそうならんと思うがな」
「私もそう思います」
美咲は頷いた。
すると領主が改めて尋ねた。
「その魔装を騎士たちに教えることはできないのか?」
美咲は即答した。
「無理です」
「早いですわ!?」
エリナが叫ぶ。
「魔装を実戦レベルで扱える人材なんて滅多にいません」
「百人に一人くらいですの?」
だが。
美咲は首を横に振った。
「いえ」
「違いますの?」
「今の話を聞いた後なら訂正します」
紅茶を一口飲む。
そして平然と言った。
「百人程度じゃ現れません」
応接室が静まり返る。
「え?」
「悪くて千人」
領主が眉を上げる。
だが。
美咲はさらに続けた。
「いや」
少し考える。
「万ですら現れないかもしれませんね」
沈黙。
エリナが固まった。
「……はい?」
「魔術を執行する才能」
「魔力量の才能」
「戦士としての才能」
「魔力制御能力」
「戦闘経験」
「全部必要ですから」
エリナは途中で考えるのをやめた。
「そんな人おりますの……?」
「いますよ」
美咲は当然のように答える。
「歴史上に名を残した剣聖とか」
「現存するAランク以上の冒険者とか」
「その辺りです」
「その辺りで済ませる話ではありませんわ!」
即座にツッコミが飛ぶ。
美咲は気にせず続けた。
「歴史上に名を残した者たち、例えば剣聖とかですね」
「現存するAランク以上の冒険者たち」
「全員が魔装を習得した者たちですからね」
領主が目を見開く。
エリナも言葉を失った。
「全員ですの?」
「少なくとも私は例外を知りません」
静寂が落ちる。
つまり。
魔装は強者になるための近道ではない。
強者だけが辿り着ける領域だった。
「逆に言えば」
美咲は続ける。
「魔装を使えない時点でAランク以上はまず無理です」
「そんなに重要でしたの……」
「かなり」
即答だった。
「Aランク以上になると相手も魔装を使いますから」
「魔装を使えない者は一方的に不利になります」
領主は深く頷く。
そして改めて理解した。
目の前にいる受付嬢が。
どれほど規格外なのかを。
「つまり」
エリナが疲れた顔で確認する。
「ミサさんは魔術師でもなく」
「はい」
「騎士でもなく」
「はい」
「受付嬢ですの?」
「受付嬢です」
即答だった。
エリナは天井を見上げた。
「受付嬢とは何だったのでしょう……」
領主の笑い声が応接室に響いた。




