第十五話 領主の娘
「お父様! ミサさん来てるの!?」
応接室の扉が勢いよく開いた。
ノックなどなかった。
領主が額を押さえる。
「エリナ」
「はい、お父様!」
「ノックを覚えろ」
「今度から気を付けますわ!」
たぶん気を付けない。
領主は諦めたようにため息を吐いた。
美咲はその様子を見て少しだけ親近感を覚える。
ガルドとレナを見ているようだった。
「ミサさん!」
エリナが駆け寄ってくる。
そして期待に満ちた目で見上げてきた。
嫌な予感しかしない。
「もしかして!」
来た。
「護衛騎士のお話を受けてくださったのですわね!」
やっぱりだった。
美咲は一切迷わない。
「断ります」
即答。
エリナが固まる。
「えっ」
「断ります」
二回目。
「まだ何も言ってませんわ!」
「前回聞きました」
「聞きましたけれど!」
「答えも前回と同じです」
完。
話は終わりである。
だがエリナは諦めなかった。
「どうしてですの!?」
「受付嬢だからです」
「護衛騎士になればいいではありませんか!」
「嫌です」
「どうしてですの!」
「平和だからです」
エリナが首を傾げる。
意味が分からないらしい。
美咲は椅子へ座り直した。
「朝起きて」
「はい」
「ギルドへ行って」
「はい」
「受付して」
「はい」
「書類整理して」
「はい」
「帰る」
「はい」
「最高です」
本気だった。
領主が吹き出しそうになっている。
エリナは納得できていない。
「それだけですの!?」
「それだけです」
「夢がありませんわ!」
「ありますよ」
「どんな夢ですの?」
「定年退職です」
領主がついに吹き出した。
「ぶふっ!」
「お父様!?」
「すまん」
笑いを堪えられなかったらしい。
しばらくして。
ようやく場が落ち着く。
領主が紅茶を口にした。
「しかし、本当に断るのだな」
「はい」
「娘は諦めていないようだが」
「知っています」
横を見る。
エリナが頬を膨らませていた。
完全に不満顔だった。
「ミサさんは強いんですの」
「普通です」
「普通ではありませんわ!」
即座に否定された。
当然だった。
祭りの日の出来事を思い出しているのだろう。
美咲としては隠したつもりだった。
だが無理だったらしい。
「少なくとも私の騎士より強いですわ」
「それは言い過ぎです」
「言い過ぎではありません」
今度は領主が言った。
美咲が嫌そうな顔をする。
「旦那様まで」
「娘から話は聞いている」
聞かれていたらしい。
「大したことはしてません」
「人の腕を握り潰すのは大したことだ」
反論できなかった。
エリナは少しだけ真面目な顔になる。
「ミサさん」
「はい」
「どうしてそんなに強いんですの?」
少しだけ。
部屋の空気が変わった。
領主も娘を見る。
純粋な疑問だった。
美咲は少し考える。
答えは簡単だった。
だが。
本当のことは言えない。
勇者だったから。
そんなことは言えない。
だから。
少しだけ本当を混ぜる。
「死なないためです」
エリナが目を瞬く。
「死なないため?」
「そうです」
美咲は静かに言う。
「世の中には強くならないと生きていけない場所があります」
王都。
口には出さない。
「だから強くなりました」
それは嘘ではない。
勇者になる前も。
勇者になった後も。
生き残るために戦ってきた。
その結果が今だ。
エリナは黙って聞いている。
領主も何も言わない。
「だから」
美咲は少しだけ笑う。
「エリナ様は強くならなくていいんです」
「どうしてですの?」
「守ってくれる人がいますから」
美咲は領主を見る。
領主も娘を見る。
エリナは少し照れくさそうだった。
「お父様が?」
「もちろんだ」
領主は即答した。
その返事があまりにも早くて。
エリナが少しだけ笑う。
しばらく紅茶を飲む音だけが響く。
すると領主が時計へ目を向けた。
「ああ、そうだ」
「はい?」
「ちょうど良かった」
何が良かったのか。
美咲は少し嫌な予感がした。
領主は執事を呼ぶ。
「ガルド宛ての返書を用意してくれ」
「かしこまりました」
執事が一礼する。
どうやらギルドへの返事を書くつもりらしい。
「今からですか?」
「今からだ」
領主は頷く。
「書類を確認して返書を書く。少し時間が掛かる」
美咲は立ち上がろうとしていた体勢を戻した。
帰れないらしい。
「終わるまで待っていてくれ」
「分かりました」
仕方ない。
仕事だ。
すると。
領主が意味深な笑みを浮かべた。
嫌な予感しかしない。
「その間だ」
「はい」
「エリナと屋敷を見て回ってくれ」
沈黙。
美咲は聞き間違いを疑った。
「……私がですか?」
「お前しかいないだろう」
「護衛騎士の方々は?」
「仕事中だ」
「使用人の方々は?」
「仕事中だ」
「私は?」
「暇だろう」
「暇じゃありません」
即答だった。
だが領主は聞いていない。
エリナは目を輝かせていた。
完全に期待している。
まずい。
非常にまずい。
「お父様!」
「何だ」
「ありがとうございます!」
「うむ」
決定したらしい。
美咲の意見はどこにもなかった。
「ではミサさん!」
エリナが勢いよく立ち上がる。
「屋敷を案内しますわ!」
「遠慮します」
「却下ですわ!」
「なぜ」
「わたくしが案内したいからです!」
理不尽だった。
領主は面白そうに眺めている。
完全に娘へ押し付けた顔だった。
「ガルドには私から言伝を送っておく」
「何をですか?」
「ミサは少し借りる、と」
「返してください」
「夕方には返す」
物扱いだった。
「さあ行きますわ!」
エリナに腕を引っ張られる。
「ちょっ――」
抵抗する間もない。
応接室から連行される。
領主はそんな二人を見送りながら苦笑した。
「仲良くなったな」
「全然なってませんわー!」
廊下の向こうから美咲の声が響く。
だが。
どこか楽しそうにも聞こえた。
領主はそれを聞きながら机の上の書類へ手を伸ばした。
「さて」
今度は自分の仕事である。
一方その頃。
美咲はエリナに腕を引っ張られながら思っていた。
(帰りたい……)
しかし。
それはそれとして。
領主館見学は始まってしまったのだった。




