第十四話 領主館への届け物
翌朝。
美咲は冒険者ギルドの受付で帳簿を整理していた。
静かな朝だった。
祭りも終わり、ラウルは完全にいつもの田舎へ戻っている。
「ミサ」
ガルドが呼ぶ。
「嫌です」
即答だった。
まだ何も言われていない。
だが分かる。
ろくな話ではない。
「まだ何も言ってねぇ」
「どうせ面倒事です」
「今回は俺のミスだ」
珍しく素直だった。
美咲は顔を上げる。
ガルドが一通の封筒を差し出した。
封蝋付き。
しかも領主家の紋章入り。
嫌な予感しかしない。
「……何です?」
「領主館への届け物」
「自分で行ってください」
「無理だ」
「なんで」
「昨日出すはずの書類を出し忘れた」
美咲は無言でガルドを見つめた。
「仕事してください」
「すまん」
「ギルマスですよね?」
「ギルマスだな」
「本当に仕事してください」
「だからお前に頼む」
丸投げだった。
「嫌です」
「馬車代は出す」
「嫌です」
「日当も出す」
「嫌です」
「領主家だぞ」
「だから嫌なんです」
本音だった。
貴族と関わりたくない。
王都から逃げてきた人間としては当然である。
ガルドはため息を吐いた。
そして珍しく真面目な顔になった。
「安心しろ」
「何がです?」
「王都の豚どもよりは、かなりマシな貴族だ」
美咲の表情が少しだけ緩む。
ガルドが「豚」と呼ぶのは王都貴族だけだ。
それ以外には意外と公平である。
「少なくともラウルの領主は、領民を売ったりしねぇ」
それだけで十分信用できた。
美咲は封筒を見る。
領主の娘――エリナの顔も思い浮かぶ。
面倒ではあったが、悪い家ではなさそうだ。
「……分かりました」
「助かる」
ガルドが露骨に安堵した。
「エリナ嬢もいるから顔を出してこい」
「それが一番嫌なんですが」
「諦めろ」
結局そうなった。
◇
馬車を乗り継ぐこと半日。
ラウルを出て街道を進み、領主が常駐する街へ到着した。
ラウルより遥かに大きい。
人も多い。
荷車が行き交い、商人の呼び込みが響く。
石畳の通りには店が並び、旅人の姿も目立つ。
「賑やかですね……」
思わず呟く。
王都ほどではない。
だがラウルとは別世界だ。
美咲は一瞬だけ露店街に目を向ける。
珍しい菓子。
輸入品らしい布。
高そうな装飾品。
普通なら少し寄り道したくなる光景だった。
だが。
「帰りたいので最短で済ませましょう」
即座に視線を切る。
観光気分はゼロである。
◇
領主館は街の中心から少し外れた高台に建っていた。
白い石造りの館。
派手ではないが、地方領主としては十分立派だ。
門番が二人立っている。
美咲はギルドの身分証を見せた。
「ラウル冒険者ギルドのミサ・レインです。ギルマスター・ガルドから領主様への届け物があります」
門番は封蝋を確認する。
顔色が変わった。
どうやら本物らしい。
「少々お待ちください」
一人が館の中へ走っていく。
待つ。
数分後。
戻ってきた門番が頭を下げた。
「許可が下りました。こちらへ」
美咲は門を通る。
手入れされた庭。
噴水。
花壇。
田舎育ちのレナなら感動したかもしれない。
美咲は特に感想を持たなかった。
王都でもっと豪華な物を見てきたからだ。
案内された応接室で少し待つ。
やがて扉が開いた。
「よく来てくれた」
領主だった。
昨日より少し疲れているように見える。
「ギルドマスターからの書類です」
美咲は封筒を差し出す。
領主が受け取り、中身を確認する。
数枚の書類をめくり、眉をひそめた。
「あいつ……本当に出し忘れていたのか」
「はい」
「祭りのどさくさに紛れたな」
「多分そうです」
ガルドなら十分あり得る。
領主はため息を吐いた。
「後で文句を言っておこう」
「頑張ってください」
他人事だった。
仕事は終わった。
美咲は一礼する。
「では、失礼します」
帰る。
そのつもりだった。
だが。
「待て」
領主に呼び止められる。
嫌な予感がした。
非常に嫌な予感がした。
「何でしょう」
「エリナがな」
やっぱりそれだった。
美咲は天井を見上げる。
帰りたい。
本気で帰りたい。
「先日から妙に静かなんだ」
「そうですか」
「お前、何をした?」
「何もしてません」
嘘ではない。
少なくとも表向きには何もしていない。
領主はじっと美咲を見る。
美咲も営業スマイルを崩さない。
沈黙。
そして。
応接室の扉が勢いよく開いた。
「お父様! ミサさん来てるの!?」
元気な声が響く。
どうやら。
まだ帰れそうになかった。




