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第十三話 真夜中の訓練

ラウルの夜は早い。


日が沈めば店は閉まり、人々は家へ帰る。


冒険者ギルドも例外ではない。


最後の冒険者を見送り。


依頼書を片付け。


帳簿を確認する。


「よし」


美咲は窓の鍵を確認する。


異常なし。


裏口も確認。


異常なし。


「お疲れさん」


ガルドが酒瓶を片手に言った。


「お疲れ様です」


「今日は特に問題なかったな」


「そうですね」


誘拐犯の件はあった。


だが表向きには何もなかったことになっている。


衛兵が連行し。


商人たちが処理し。


領主にも知られていない。


少なくとも今は。


「じゃあ帰ります」


「おう」


いつものやり取りだった。


美咲はギルドを後にする。


夜風が気持ちよかった。


祭りも終わり。


ラウルはいつもの静かな田舎町へ戻っている。


家に帰ると、まず二階へ向かった。


窓辺。


そこには二丁の拳銃が置かれている。


フェンリル。


勇者の聖剣。


今代の勇者である美咲の意思によって形を変えた神器。


今は二丁の拳銃という姿を取っている。


「ただいま」


『遅い』


頭の中に少女の声が響いた。


フェンリルだった。


「仕事です」


『受付嬢ごっこか』


「仕事です」


『勇者が受付嬢になるとは思わなかった』


「私も思いませんでした」


フェンリルが楽しそうに笑う。


長い付き合いだ。


機嫌が良いのが分かる。


『訓練か?』


「少しだけ」


『いい心掛けだ』


満足そうな声だった。


『鈍るなよ』


「分かってます」


『せっかく帰らずに済んだんだからな』


「まだ言いますか」


『言う』


即答だった。


『元の世界に帰っていたら私は倉庫送りだ』


「封印です」


『同じことだ』


美咲は苦笑する。


相変わらずだった。



軽装へ着替える。


黒い動きやすい服。


防具は付けない。


今日は訓練だからだ。


フェンリルを腰に差し、家を出る。


向かう先は村の外れにある森だった。


夜の森は静かだった。


虫の声。


木々のざわめき。


月明かり。


誰もいない。


しばらく歩く。


さらに奥へ。


中腹付近まで進む。


そこには開けた空間があった。


木の的。


石柱。


丸太。


岩場。


乱雑に配置された訓練場。


全て美咲が自分で作ったものだった。


「さて」


フェンリルを抜く。


二丁同時。


そして静かに呟く。


「サイレンサーモード」


二丁の銃が僅かに変形する。


本来なら轟音を響かせる武器。


だが今は違う。


発射音は極限まで抑えられる。


村人を起こしては迷惑だからだ。


美咲は構える。


動かない。


一歩も。


足を動かさない。


ただ立つ。


そして。


発砲。


プシュッ。


小さな音。


最初の的が吹き飛ぶ。


二発目。


三発目。


四発目。


次々と木の的が砕け散る。


だが。


本命はその先だった。


岩陰。


直接見えない場所。


そこにも的が置かれている。


美咲は迷わず引き金を引く。


弾丸が岩へ当たる。


跳ねる。


さらに別の岩へ当たる。


角度を変える。


そして。


見えない位置に置かれた的を貫いた。


バキッ。


木片が飛び散る。


さらに発砲。


跳弾。


跳弾。


跳弾。


見えていないはずの的が次々と砕けていく。


普通なら不可能。


だが美咲にはできた。


勇者だからではない。


単純に。


何万回と繰り返した結果だった。


十分後。


最後の的が砕け散る。


静寂。


「鈍ってませんね」


『当然だ』


フェンリルが答える。


『お前は昔からそうだった』


「昔ですか」


その言葉に。


美咲はふと夜空を見上げた。


そして。


思い出す。


あの日のことを。


魔王との最後の戦いを。



仲間たちを置いて。


私は一人で魔王城へ向かった。


皆を連れて行けば犠牲が出る。


だから一人で行った。


城門を突破し。


魔族軍を蹴散らし。


最短距離で魔王の間へ向かう。


無数の魔族たちが立ちはだかった。


だが。


その時だった。


「止まれ」


魔王の声が響いた。


その一言だけで。


数え切れないほどいた魔族たちが動きを止める。


魔王が玉座から立ち上がる。


圧倒的な魔力。


城全体が震える。


そして。


魔王は部下たちを見渡した。


「手出し無用だ」


静かな声だった。


だが誰一人逆らわない。


「しかし魔王様!」


四天王の一人が声を上げる。


魔王は視線だけ向けた。


それだけで黙った。


「聞こえなかったか?」


絶対的な威圧感。


「この戦いに誰も介入するな」


魔王は笑った。


心の底から楽しそうに。


「勇者は余の獲物だ」


誰も何も言えなかった。


魔王は絶対だった。


そして。


玉座の階段を降りる。


私の前まで歩いてくる。


数メートル。


そこで止まった。


魔王は笑っていた。


私も笑っていたと思う。


今なら分かる。


あいつは私と同類だった。


戦いそのものを楽しむ人種だった。


だから。


私は言った。


「Shall we Dance?」


異世界翻訳でどう聞こえたのかは分からない。


だが。


魔王は理解した。


満面の笑みを浮かべる。


そして。


大剣を肩に担ぎながら叫んだ。


「心躍るまで、踊ろうじゃないか!!」


戦いが始まった。


城が崩れる。


大地が裂ける。


空が震える。


勇者と魔王。


世界最強同士の激突。


互いに傷付き。


互いに笑い。


互いに限界を超える。


何時間続いたのかも覚えていない。


ただ。


最後だけは覚えている。


倒れていたのは魔王だった。


立っていたのは私だった。


それだけだ。



「……」


美咲は静かに目を閉じる。


『懐かしいか?』


フェンリルが聞く。


「少しだけ」


『あの馬鹿は強かったな』


「ええ」


それは認める。


間違いなく。


人生で最も強い相手だった。


『だが勝ったのはお前だ』


「そうですね」


『そして今は受付嬢だ』


「落差が酷いですね」


『私は嫌いじゃない』


フェンリルは楽しそうだった。


美咲も少し笑う。


もう勇者はいない。


魔王もいない。


世界は平和になった。


だから。


明日もまた。


何事もなかったように受付へ座る。


それが今の自分の日常なのだから。


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