第十二話 お断りします
豊穣祭の翌日。
祭りの熱気はすっかり消えていた。
広場に並んでいた露店は撤去され、あれだけ賑わっていた通りもいつもの静かなラウルへ戻っている。
もっとも。
祭りが終わったからといって仕事がなくなるわけではない。
むしろ増える。
「面倒ですねぇ……」
美咲は帳簿をめくりながら呟いた。
祭り期間中に発生した売上報告。
臨時出店の許可証。
行商人の出入り記録。
宿泊者の確認。
その他諸々。
書類の山が机の上に積み上がっている。
「祭りの後は毎年こうだ」
ガルドが酒を飲みながら言った。
「手伝ってください」
「嫌だ」
即答だった。
腹が立った。
「ギルマスですよね?」
「ギルマスだな」
「仕事してください」
「お前がいるだろ」
「帰りますよ?」
「帰るな」
いつものやり取りだった。
レナも苦笑しながら書類整理をしている。
そんな平和な午前中。
ギルドの扉が開いた。
カラン。
来客だった。
「いらっしゃいませ」
反射的に営業スマイルを浮かべる。
受付嬢の習性である。
そして。
来客を見て少し驚いた。
「エリナ様?」
昨日の領主令嬢だった。
今日は騎士を二人だけ連れている。
昨日よりは随分大人しい。
というか。
妙に落ち着いていた。
「あ、あの……」
エリナが珍しく歯切れ悪く話す。
美咲は少し違和感を覚えた。
昨日までなら。
「ミサ!」
と大声で呼んでいたはずだ。
「どうかなさいましたか?」
営業スマイルのまま尋ねる。
エリナがもじもじする。
ガルドとレナが興味津々で見ている。
護衛騎士たちは何故か生暖かい目をしていた。
「その……」
エリナが視線を逸らす。
耳が少し赤い。
何だろう。
非常に嫌な予感がした。
「ミサさん」
「はい」
「お願いがあります」
やっぱり面倒事だった。
「内容によります」
「わたくしの」
そこで一度言葉を切る。
深呼吸。
そして。
意を決したように言った。
「わたくし専属の護衛騎士になってくれませんか?」
ギルド内が静まり返った。
レナが固まる。
護衛騎士たちが天井を見上げる。
ガルドは酒を吹き出した。
「ぶふっ!」
「汚いですよ」
美咲は冷静だった。
そして。
即答した。
「だが断る」
エリナが固まる。
「え?」
「断ります」
「な、なんでですの!?」
素が出た。
昨日までの高飛車モードが戻っている。
少し安心した。
「理由はたくさんあります」
美咲は指を折る。
「まず受付嬢を辞めたくありません」
一本。
「田舎暮らしが気に入っています」
二本。
「王都に行きたくありません」
三本。
「貴族と関わりたくありません」
四本。
「面倒です」
五本。
エリナがショックを受けていた。
「そんな……」
「そんなです」
即答だった。
「給料も出ますわ!」
「今でも生活できます」
「領主家ですよ!?」
「だから嫌なんです」
本音だった。
王都。
貴族。
権力。
全部嫌いである。
だから逃げてきた。
今さら戻る気はない。
「ですが!」
「断ります」
「まだ何も言ってませんわ!」
「どうせ面倒事です」
図星だったらしい。
エリナが言葉に詰まる。
美咲はにっこり笑った。
そして。
どこかで聞いたような台詞を口にした。
「このミサが最も好きな事のひとつは」
全員が聞いている。
「自分で強いと思ってるやつに」
エリナが首を傾げる。
「『NO』と断ってやる事です」
沈黙。
数秒後。
ガルドが大爆笑した。
「はっはっはっはっ!」
レナも笑いを堪えている。
護衛騎士たちは顔を覆った。
エリナは真っ赤になった。
「わ、わたくしは強いと思ってませんわ!」
「そうですか」
「そうですわ!」
「なら問題ありませんね」
「ありますわ!」
話が進まない。
美咲は受付に戻る。
そして帳簿を開いた。
仕事再開である。
「というわけでお断りします」
「うぅ……」
エリナが肩を落とす。
本気で残念そうだった。
だが。
美咲の意志は硬い。
何せ元勇者である。
魔王すら倒した。
十歳の令嬢に説得される程度では揺るがない。
「ですが」
美咲は少し考えてから言った。
エリナが顔を上げる。
「祭りの日くらいなら相手しますよ」
「本当ですの!?」
ぱっと顔が明るくなる。
分かりやすい。
「暇ならですけど」
「約束ですわ!」
「はいはい」
完全に子供だった。
美咲は少しだけ笑う。
昨日の一件で変な縁ができてしまったらしい。
まあ。
祭りの日に一緒に歩くくらいなら構わないだろう。
王都へ行くよりは百倍マシである。
そんなことを考えながら。
美咲は山積みの書類へ視線を戻した。
平和な田舎暮らしは。
まだまだ続きそうだった。




