第十一話 少しだけ変わった距離
祭りの喧騒は相変わらず続いていた。
楽団の演奏。
子供たちの笑い声。
露店の呼び込み。
焼き串の香ばしい匂い。
つい先ほどまで誘拐未遂事件が起きていたとは思えないほど平和だった。
もっとも。
美咲としてはその方がありがたかった。
騒ぎになる方が面倒である。
「ダリオさん」
「はい?」
行商人のダリオが顔を出す。
美咲は少し離れた路地を指差した。
「後始末お願いします」
ダリオは一瞬だけ路地を見る。
そして全てを察した。
「ああ……またですか」
「またです」
「今度は何人です?」
「三人」
「生きてます?」
「多分」
ダリオは深いため息を吐いた。
慣れていた。
非常に慣れていた。
「衛兵には?」
「適当にお願いします」
「適当で済む話ですかねぇ……」
「頑張ってください」
「丸投げですか」
「はい」
即答だった。
ダリオは頭を抱えた。
だが断らない。
長い付き合いである。
ミサが面倒事を持ち込むことにも慣れていた。
「分かりました」
「ありがとうございます」
「貸し一つですよ?」
「今度何か思いついたら教えます」
「それは大きいですね」
ダリオの顔が明るくなった。
商人は現金だった。
◇
その後。
美咲とエリナは屋台が並ぶ広場へ戻った。
昼食の時間だった。
焼き鳥に似た串焼き。
野菜のスープ。
焼き立てのパン。
祭り用の簡素な食事だが味は悪くない。
美咲は木製の椅子に座りながら串焼きを食べていた。
向かいにはエリナがいる。
しかし。
静かだった。
異様なほど静かだった。
今までのエリナなら、
「あれは何?」
「次はどこ?」
「これ買いなさい!」
などと騒いでいたはずだ。
だが今は違う。
黙々とパンを食べている。
美咲は特に気にしていなかった。
誘拐されかけたのだ。
十歳の子供なら怖くて当然である。
心の整理がついていないのだろう。
だから無理に話しかけることもしなかった。
しばらく沈黙が続く。
そして。
先に口を開いたのはエリナだった。
「ミサさん」
「はい?」
美咲は少し驚く。
口調が違った。
今までの命令口調ではない。
妙に丁寧だった。
「ミサさんは、お強いのですね」
美咲は串焼きを咀嚼しながら答える。
「元上級冒険者ですから」
嘘ではない。
かなり省略しているだけだ。
勇者だったとは言っていない。
「上級冒険者はみんなあんな感じなのですか?」
「そんな訳ありません」
即答だった。
あんなのが大勢いてたまるか。
「ただ、A級以上になると物理攻撃は効きにくくなりますね」
「そうなのですか?」
「はい」
美咲はスープを飲む。
「魔力が身体そのものを強化しますから」
一般人には分からない話だった。
だが冒険者なら常識でもある。
「A級以上になると剣や斧くらいでは怪我をしなくなります」
「……」
エリナが少し引いていた。
美咲は気付かない。
「人間をやめていると言われることもあります」
「なるほど……」
エリナは遠い目をした。
つい先ほど。
目の前でナイフを弾いていた人間がいた。
納得してしまった。
◇
昼食後も祭りは続いた。
二人は露店を見て回る。
玩具屋。
雑貨屋。
服屋。
果実飴の店。
だが。
エリナはほとんど喋らなかった。
先ほどまでの高飛車な態度はどこかへ消えていた。
代わりに。
ミサの少し後ろを歩いている。
まるで護衛対象と護衛の立場が逆転したようだった。
「欲しい物はありませんか?」
美咲が聞く。
「特には……」
「珍しいですね」
「そうでしょうか?」
「かなり」
今までなら全部欲しがっていた。
エリナも自覚があるのか、少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
◇
そのまま時間は過ぎていく。
夕方。
太陽がゆっくり傾き始める。
祭りも終盤に差し掛かっていた。
そして。
村の入口から一台の馬車が入ってくる。
領主の馬車だった。
「戻ってきたみたいですね」
美咲が言う。
エリナは馬車を見る。
そして。
少しだけ。
本当に少しだけ残念そうな顔をした。
「帰りますか」
「……はい」
素直だった。
今日一日で随分変わった気がする。
美咲はそんなことを考えながら馬車へ向かった。
その時。
彼女はまだ知らない。
帰ってきた領主が。
娘のあまりの変化に困惑することになるのを。




