第71話 灼かれる世界
レーヴァテインの剣...スルトの巨大な炎の剣が振り下ろされた。
大地震のような衝撃!手前の崖が大きく崩れ落ちた。
奈落の底から抜け出したスルトの巨体が大地を踏みしめる。
その頭と肩は崖の高さを遥かに越えて、そびえ立った。
スルトが一歩踏み出す。
踏み下ろした場所の岩が圧し潰され、乾いた音とともに砕ける。
地面が沈み込み、押し出された土が波のように広がる。遅れて振動が伝わり、崖の上まで揺れが届く。
スルトが炎の剣を横に払うと、斜面の木々がまとめて薙ぎ払われ、倒れた木がぶつかり合いながら燃え上がる。
火の粉が散り、下草に移った火が斜面をなめるように走る。
スルトが吠え、足が着くたびに地面が沈み、土の層がめくれ上がり、木々が宙に浮いて落ちる。
落ちた先で火が広がる。
岩場に出て剣を叩きつける。
岩の塊が砕けて飛び散る。破片が重い音を立てて転がり、ぶつかるたびに細かく割れ、その軌跡は炎の道となる。
斜面が崩れ、上にあった森を巻き込んで滑り落ちる。
湖の水面が沸騰して白い蒸気がもうもうと立ち上がる。
岸の低木がしおれ、茶色に変わり、火が移る。
スルトが剣で地面を切り裂き、炎が噴き上がる。
炎が風に猛り狂い四方に流れていく。
「世界が、全部、壊れる」レスクヴァが震えている
「本領発揮だな」ロキがポツリとつぶやいた
フレイヤが美しい顔の眉間に縦じわを寄せた。
「厄介な化け物!」
スルトがゆっくりと振り返る。顔がこちらへ向く。
視線が動き、俺のいる位置で止まる。見ている。遠くから強く見据えられている。脚がすくむ。
頭の上から憎悪の圧がかかる。胸が苦しい。
あの目...
雪乃の手が離れない。
「颯太」雪乃が呼ぶ
その声で息を止めていたことに気がついた
スルトが距離を詰めている。
あの剣を打ち込めば、ここまで届きそうな距離までまで戻って来た。
トールが前に出る。
フレイヤが切り裂くような手真似をする。
「雷は効きが浅い。ミョルニルで直接叩いて。同じ場所を狙えば傷が残るかもしれない」
「やってみよう」トールが応じる
トールが崖から激しく踏み切る。あの大きな体が宙を舞い、スルトの肩へ飛び乗った。
「斬る!」
スルトの太い首の付け根にミョルニルの槌を叩き込む。
外殻が裂け、内側から熱が噴き出した。
スルトが絶叫する。
巨大な手を振り、トールを肩から叩き落とす。
トール体が宙に放り出される。
落下の途中で体勢を変え、ミョルニルを振り上げ、スルトの膝の裏へ叩き込む。
鈍いドロッとした音。腱が断ち切られた。
スルトの脚が崩れ、巨体が支えを失い、地面へとスローモーションのように崩れていく。
周囲がガラガラと揺れ、炎がさらに広がる。
トールが着地して踏みとどまる。
だが、スルトの脚の裂けた部分がわずかずつ閉じ始める。
「しぶといやつだ」ロキがため息をついた
スルトの目がまたこちらを向く。
炎の剣を持ち上げる。
「神は壊すことしかできない。だから終わらない」ロキが口を歪ませる
「これは壊す相手じゃないのね」フレイヤが苦笑いをした
「だったら、違うやり方でやればいい」ロキが片目を閉じて笑った
スルトのあの眼差し...違うやり方...
頭の奥で何かが繋がる。あの教室。あの目、目、目...
あの残忍な目、スルトの目だ!
あれは恐れの眼差しだったんだ...
"違うやり方でやればいい"
今になって解った。
怖いから、気味が悪いから潰したい...
怖がっている目だったんだ。
そして、俺が心を殺していたから潰された
あの頃できなかったこと...
怒りをおもてに出す
不快を押し殺さない
相手も怖がっている
あるがままにここにいれば良い
雪乃が強く手を握る。俺も握り返す。
ここにいる。ただそれだけだ。
逃げたって、この世界が滅びれば生きてはいけない。
スルトが俺たちを見る。
進もうとしているが動きが遅い。
断ち切られた脚が戻りきっていない。炎の広がりも弱くなっている。
「スルトの力が消えていく」フレイヤがスルトの巨体を見据えている
俺と雪乃はスルトを迎えるように立つ。怖い。それは当たり前。
そして、当たり前に、ここにいる。
スルトの動きが止まった。振り上げていた剣をゆっくりと下ろす。
周囲で燃えていた火が勢いを失い、巨体が崩れ始める。
そして、砂のように崩れて落ちる。辺りから熱が消えていく。
最後に残った顔がこちらを向く。もう、さっきの目ではない。
うつろな眼差し。
そして、消え去った。




