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第68話 雪乃の過去

黒いドロドロは、土と根で押さえ込んだ。

鍬で掘り、泥を積み、火のついた枝を押し当てる。

ジュッと音がして、黒い表面が焼けて固まる。

しかし、にじんで、またゆっくり広がる。

煙が上がり、鼻の奥を刺す匂いが漂う。


「まだ出てる...」レスクヴァが言う。

横穴の奥でズブズブと音がして、黒いものがまた押し出されてくる。


トールが前に出て、ミョルニルの槌を振り下ろす。白い閃光、鈍い音。

雷の衝撃で崩れた根と土が積もり、流れが止まる。


「今は、これでなんとか」シャールヴィが言った。だがその目は横穴を見ている。ドロドロは止まっていない。


森の年長の男が土の壁を足で踏み、固さを確かめる。しばらく黙り、それから顔を上げた。

「これでは止まらん」皆が無言でうなずく

「押さえても、また出る」

横穴から黒いドロドロがじりじりと動く。


「どうすればいい」若い男が言う。

年長の男は答えず、少しだけ遠くを見る。それから手を上げ、木立の向こうを指した。


枝の隙間、空が開けている。その奥に、ぼんやりと何かが見える。

巨木だ。遠すぎて輪郭がにじんでいるが、太く、高く伸びて枝葉を広げている。

上は見えない。雲に入っている。


「源は、あそこだ」

誰もがただ彼方の巨木を見つめる。

「でか...」レスクヴァが目を細める。

「ユグドラシル...」ロキが少しだけ口元を上げた

シャールヴィは黙ったまま、トールはただ見ている。

雪乃もじっと見ている。


「あそこまで行くのか?」口に出た。誰に聞いたのか分からない

「行けるわけがない」森の男が言う

「余所者が」「何も分かっていない」さっきまでの協力が消え、森の者たちとの距離が遠のく


「お前らはここで終わりにしろ」年長の男がいかめしい声で言った

「それ以上は踏み込むな」


雪乃が一歩前に出る。足が少し揺れる。

「無理だよ。危ないし...雪乃は」俺は思わず言った



雪乃の動きが止まる。ほんの一瞬。

そして苦悶に顔を歪め、身を縮めた。


『お前には無理だ。黙って従えばいい』

父さんが怖い...見下ろす 冷たい目

汚い物を見るような目


『雪乃 お前を見損なった』


いつも、いつも、父さんは...


身体が震える

ごめんなさい もっと 頑張る から


『しね...』

世界が揺れる


・・・死んだのは お父さん だった・・・

海外の赴任先でテロに巻き込まれた


葬儀の通夜...

『この子 父親が死んでも泣かないの 冷たい娘だ』

親戚たち、叔母さんの目つき...


ごめんなさい......



音が戻る。風。煙の匂い。黒いドロドロのにじむ音。


雪乃が顔を上げた。よろよろと一歩前に出る。

そして、歩き始めた。


森の男たちがざわつく。

「おい」「やめておけ」声が飛ぶ


黒い流れの跡のそばを抜けて、森の奥へ、そして彼方にそびえる巨木ユグドラシルをまっすぐに見据えて。


「雪乃!」追おうとして足がもつれた。踏み直して追う。

手を伸ばす。届かない。もう一歩、届かない。追いつく。肩に手が触れる。


雪乃が振り向く。一瞬だけ。今まで見たことの無い眼差し

何も言わず、また前を見て進んで行く。



「勝手に死にに行く気か」年長の男が舌打ちする

「違うさ。ようやく、自分で歩み出した」ロキが笑う


トールが歩き出す。その後を、シャールヴィとレスクヴァも続く。

木々の間に入り薄暗くなる。湿った匂いが濃い。

遠くで、また木の根の脈打つ音がする。ドク...ドク...


あの幹は遠い。でも見えている。

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