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第62話 雪乃の限界

トールが沖の黒い巨影を時々睨みつつヤギたちを操る。

荷車は悪い足場に不規則に沈み、傾きながら浜辺を行く。

車輪が砂にめり込むたび、ギシィと荷台が歪む。つらい...

ヤギたちの息が荒い。潮風が強く、顔に当たる。


雪乃は海を見ていた。けれど、なんだか様子がおかしい。

顔色が白い。肩が小さく震えている。


「寒い?」と声をかけると、少し遅れてこっちを見た。

「ううん。平気...」


あ...平気じゃない。声が弱い。抑揚も変だ。


荷車が大きく揺れた。

雪乃の体がふらっと傾く。俺はとっさに肩を支えた。軽い。

そして、熱い。

俺の首筋に当たった雪乃の頬が熱い。


「熱あるよ」


雪乃は少しだけ眉を寄せたが、すぐに首を振る。

「大丈夫...」

「大丈夫じゃない」

「顔、変だよ」レスクヴァが顔をのぞき込む

「言い方...」シャールヴィが呆れる

雪乃は小さく笑おうとしたが、うまく笑えなかった。


その直後、荷車がまた揺れた。雪乃の体が完全に力を失ったみたいに崩れる。


「雪乃!」

慌てて支える。呼吸が荒い。目がぼんやりしている。もう無理だと分かる。

「止めて!」俺は叫んだ


ヤギたちは止まらない。トールは前を見て手綱を操り荷車は激走する。


「止まって! 雪乃が...」叫ぶが、人に強く出られない俺の声は弱い


駄目だ。このままじゃ駄目だ。頭の中で何かが切れた。

荷台に立つ。揺れる。でも構わない。


「止まれ!! 雪乃が駄目だ!! このままじゃ無理だ!!」

声がもつれ裏返る。決死の思いで叫んだ。


トールが振り返る。目が合う。

怖い。でも、逸らずに俺はにらむ。


ヤギの蹄の音、風、波、その全部が一瞬止まったみたいになる。

やがてトールが手綱を引いた。ヤギたちが速度を落とし、荷車が止まった。


シャールヴィとレスクヴァがすぐに動いてくれた。

風を避けられる低い砂丘の陰へ移動し、荷台に藁をならして雪乃を寝かせる。

俺は毛皮の肩掛けを外して雪乃にかけた。

雪乃は目を閉じたまま、小さく息をしている。


「水!」「ある!」「火は?」「やる」皆で動く。

「雪乃、開けるよ...」雪乃の袋を開ける。

中に、乾いた野草。

「あ...」思い出した。元気が出る草、気持ちがスッキリ楽になる草...


鍋に水を入れ、干し肉を裂き、野草を細かく切り、干し肉も入れて火にかける。

湯気が立つ。肉の匂いと草の苦い匂いが混じる。


雪乃の体を起こす。「飲める?」

うっすら目が開き、小さくうなずく。

少しずつ飲ませる。最初は顔をしかめたが、ちゃんと飲む。

「すっ...ぱいね」雪乃が苦しそうに微笑んだ

「うん。でも効くかもしれない。体は温まるし」


しばらくは額に汗がにじみ苦しそうにしていたが、やがて呼吸が少し落ち着く。

ロキが鍋をのぞいて「悪くない」とうなずいた。

俺は雪乃の額を拭いた。熱が、さっきより下がっている。



突如、海の向こうで水が持ち上がった。黒い影が海面を割り、長大な城壁のようなヨルムンガンドが現れた。

長い胴がうねりながら海を横切り、宙に躍り上が流。

そして、彼方の浜へ乗り上げた!


波が砕け、砂と水が跳ね上がる。巨大な体が陸に上がり、ヌラヌラと前へ進み始めた。


「陸に上がった」とシャールヴィが低く言う。

トールは何も言わずそれをにらみつける。


「颯太...」雪乃がうっすらと目を開けた

「うん」

「止めてくれたんだね...トールを」

「うん...」


「ありがとう...」雪乃が目を細めた。唇が微かに震えている

そして、雪乃は目を閉じて眠った。

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