第61話 浜辺
砂と小石が混ざる海沿いの道は、ヤギたちにとってはつらそうだ。
荷車の車輪が砂に沈む。荷車がグラリと揺れた。
「うおっと」俺は荷台の横板をつかんだ
ヤギたちが嫌そうに鼻を鳴らす。
「海が嫌いなんだろうな」シャールヴィが、ヤギたちを励まし誘導しながら言った
「海からの臭いが強いよね」雪乃が答えた
風がまた吹く。潮の匂い。だけど嫌な臭い。
「寒い」レスクヴァが荷台の藁の上で丸くなっている。
「海の風は山より冷たいな」シャールヴィがヤギを引きながら荷台を振り返る
「湿った寒さって嫌」レスクヴァが鼻をすすった
「海はだいたいそうだ」目を細めてロキが笑う
「ずっと?」レスクヴァがロキを見上げて言った
「ずっと」素っ気ない答え
「やっぱり海は嫌だ」レスクヴァが口を尖らせた
トールは黙ったまま海を見ている。
波の音が強い。
さっき見た長い影。あれは本当に何だろう。
ヤギが急に足を止めた。
「おい、どうしたの」シャールヴィが綱を引く。
砂に蹄が埋まる。
「もう少しだ、がんばれ」ヤギの首を軽く叩いて励ます
「がんばれー」レスクヴァが身を乗り出す。
ヤギは振り向かない。
「聞いてないなぁ」俺はそんな気がして言った
「爽太より頑固♪」レスクヴァが笑った
「え〜!?」
レスクヴァが藁を投げてくる。
胸に当たる。
雪乃がクスッと笑ってる。
ヤギが変な鳴き方をした。
沖の海がゆっくり盛り上がる。
あれは波じゃない。海の下を、黒い線がうねる。
果てしなく長い。
「また、あいつだ〜!」レスクヴァが俺の腕をつかむ
「デカいな」シャールヴィも海を見る。
影がゆっくり曲がり、うねりながら波の下へと沈んでいく。
トールの眉が少し動いた。
「あれでも、まだ起きてはいない」ロキの口元が歪む
「ずっと寝ててほしい」レスクヴァが顔をしかめる。
影が沈み海が長く揺れる。
べェェェッ!
ヤギが一斉にうめいた。
「落ち着け!」シャールヴィが綱で抑える
ヤギが震えている。
レスクヴァが俺の腕に両腕を巻き付ける
何か柔らかいものが腕を包む...
「ヤギたちが怖がってる」
「レスクヴァもだろ」恥ずかし紛れに俺が言うと、
「うるさい」そう言って、レスクヴァが俺の肩にほっぺたを押し付けた
腕をがっちり絡め、柔らかいものを当てたまま。
「レスクヴァ、随分と颯太に引っ付いてるなぁ」シャールヴィが振り返って意外そうな顔で見てる
「だって、海、嫌!颯太に引っ付くと何か安心する」
あー、海に来て、レスクヴァは気持ちがまいっていたのか...
「俺に引っ付けば良いだろ〜?」シャールヴィがニコニコしてる
「え〜!?兄ちゃんに引っ付くなんて変だよ〜!子供じゃないんだからぁ」レスクヴァが口をとがらせた
「なんだそりゃぁ」シャールヴィが呆れた顔をしてる
そして、雪乃の目つきがなんだか冷たい...
それに...雪乃は疲れた顔をしている。
当たり前だ。訳のわからない異世界、寒い、野宿...
制服もずいぶん汚れてきた。
可哀想だけど、俺もどうにもならない...
「岩場だ」トールが太い腕を挙げてミョルニルの土で示す
少し先に大きな岩の塊がある。
風を防げそうだ。
シャールヴィが頷いた。
「よし、あそこだ、頑張れよ〜」ヤギを引く
砂で車輪が沈み、荷車がグラリと揺れる。
「うわ!」
レスクヴァが俺にしがみついた。
「揺れるからぁ!砂だからぁ」俺の肩にまたほっぺたをすり寄せ、腕に二つの柔らかい圧力...
「知ってる!」レスクヴァは腕は離さない
俺はどうすればいいんだ!?
「レスクヴァ」能面のような顔をして、雪乃が静かに言った
「なに?」
「颯太が、困ってる」
「良くない...」ニヤニヤしながらロキが低い声でトールの口真似をした
レスクヴァが顔を上げて俺を見る。
それから、うつむいて腕を離した。
「別に」藁の上に座り直した。
「人間は大変だな」ロキが片目を閉じた
レスクヴァがにらむ。
「ロキは黙って」
「ふっ」ロキが鼻で笑った
砂浜が終わり岩場が近づく。
「ここでちょっと止めよう!」シャールヴィが叫んだ
トールがヤギを止める。
荷車がギシィとうなって、ゆっくり止まった。
岩が風を防ぐ。海の音が少し遠くなる。
「火!焚き火!」レクヴァが立ち上がった
俺は荷台から降りた。
砂が靴に入る。嫌だなぁ...
浜には流木が転がっている。くねくね曲がり白く乾いた木。
拾うと潮や海の生物の死骸の臭いがする。
「颯太、その木いいね!」レスクヴァが指差す
「良く燃えそう!」
雪乃が眉尻を下げて笑った。
ロキは海を見ている。
遠くの波はまだ大きくそして変な揺れ方をしている。
また沖の海がまた盛り上がり、
黒い巨影が現れ、波の下に潜って行った。




