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第58話 根

荷車は悪路をゆっくりと慎重に進む。

ヤギの蹄が雪を踏む。

車輪が軋み荷台がガタンゴトンと揺れる。

俺は横板に手をかけて体を支えた。


さっきの川のことが、まだ頭から離れない。

水が形に...人のような姿になって、消えた。


雪乃が隣で黙っている。

しばらくして、ぽつりと言った。

「ねえ」

「ん?」

「根って...何だろうね」

俺は色々考えたけれど、単純な答えしか見つからない。

「木の根...かな?」

「うん...でも、あの言い方は...」雪乃は唇にミトンの猫絵袋を当て、首をかしげた


「世界の骨みたいなものさ」ロキが後ろ苦虫をかみ潰したような顔をして言った

レスクヴァが振り返る。

「骨?」

「木の世界だろう?この世界は」ロキが大袈裟に両腕を広げて天を仰いだ

「相変わらず分かるようで分からねえ説明だなぁ」シャールヴィが苦笑する


トールは何も言わない。ただ前を見ている。


ヤギが歩調を変えた。

雪原の地形が変わってきた。

地面に大小の岩が混じり始める。

雪の下から黒い石が顔を出している。


荷車がガタンと揺れた。

「うわぁっ!」レスクヴァが荷台にしがみつく

「みんな、気をつけろよ〜」シャールヴィが声をかける


その時、低い音が流れて来た。

ゴォォオォォォォォ...

遠くの雷みたいな音。

でも空じゃない。

地面の下からの響きのようだ。


トールが手綱を引き、荷車が停まった。


「今の音、聞いたか?」シャールヴィが周囲を見回す

また聞こえた。

ゴオオオォォオォォォ...

今度ははっきりしている。


俺は荷台から降りた。

「うわっ!ととと...」地面の石でバランスが崩れた

そして気がついた。

地面の一部が溶けている。

黒い土が見えている。

「変だな...」あの亡霊...ドラウグルが現れた時に似ている


嫌だなぁと警戒しつつ、手袋を外して地面に触った

冷たい。

雪が溶けているのに温かくない。


「ほんとだ」レスクヴァが覗き込む

雪乃も降りてきた。

「ここ...」綺麗な眉を寄せた

「同じ匂いがする」

「何の?」

「さっきの川の水と同じ」

シャールヴィが顔をしかめた。

「嫌な話だな...嫌な事が続く」


トールが歩き出し、岩の間を進む。

俺たちもついていく。


眼前に、地面が割れている光景が広がった。

大きな裂け目。幅は3メートルくらいか。

奥が暗くて底が見えない。

そこから黒い霧みたいなものが、ゆっくり上がっている。


匂いがする。湿った土。鉄。

そして...腐った水。

「くっさ!」レスクヴァが鼻をつまんだ。

シャールヴィが裂け目の端から覗き込んだ。

「深いなぁ...」


そして、ゴォォオォォォ...

またあの音!

今度は裂け目の奥から轟いて来る。

俺は後ろに下がった。


ロキが裂け目の端に立ち、下を覗く。

「なるほど」


「何?」レスクヴァが聞く

「見ろ」ロキが顎で裂け目の奥を細長い指で指し示す


俺も覗いた。暗闇に目が慣れると、うっすらと見えてきた。

最初は岩だと思った。だけど違う。

太い。とてつもなく太い、木の根だ。

巨木のように太い。

それが裂け目の壁を貫くように伸びている。何本も。


根は黒ずんだ嫌な色をしている。

表面が割れて、黒い液がにじんでいる。

ところどころ腐っているようだ。


ポタ...液が落ちて、裂け目の奥に消えた。


「木?」レスクヴァが不思議そうに声を出す

「ユグドラシル」ロキがはっきりとした声で言った。


雪乃が顔を上げてロキを見る。

「ユグドラシルって神話の世界樹?」

ロキが頷く。

「その根だ」


「おいおい...」シャールヴィが息を吐いた


ドクン.....根が動いた。ほんの少し。でも確かに動いた。

「今動いぞ!」俺は声を上げた

「え!?」レスクヴァがビクッとして飛びのいた


根の表面が膨らみ、そしてゆっくり沈む。

ドクンドクン

まるで脈を打つみたいに。

でも、なぜか生き生きとしている感じじゃない。

腐った肉みたいな嫌な質感。


雪乃が膝をついた。

「雪乃!」俺が駆け寄り、そばにしゃがんだ


雪乃は地面に手をつく。

目を閉じている。

息が荒い。苦しそうな顔


俺は裂け目を見る。

腐った根。黒い液。

水の精霊の言葉が頭に浮かぶ。

『根』『痛む』『深く』


「水が狂うわけだ」ロキが静かに言い、そして少し顔を歪めて笑った

トールも裂け目を見ている。

「世界の根が腐ってる」大きな手でミョルニルの槌を強く握っている


そして...

「行くぞ」トールが重々しく口を開いた


「大丈夫?」俺は雪乃の肩にそっと手を添えた。

雪乃はゆっくり頷いた。

「うん」

でも顔は青い。


俺たちも荷車に戻った。

ヤギがまた歩き出す。

荷車は揺れる。

裂け目がだんだん遠くなる。


俺は何度か振り返った。

あの黒い根が、

ドクドクと、ゆっくり動いている姿を思い浮かべながら

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