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第55話 湯と鍋と寝床

俺たちは村に泊めてもらった。


村には母屋が7軒。1軒はもう数年間空き家だそうな。

おかみさんの家の隣は、少し大きな家屋で、おかみさんの叔母さんの老婆が独りで暮らしている。


男たちは狩りの遠征に出て、なかなか帰ってこないから、村は女と老人と子供ばかり。


どの家も、長くて丈の高い木造で、床は固めた地べた。屋内の両脇に寝台や台や長椅子がならぶ。家に中に個別の部屋や仕切りは無くて、中央に長方形の囲炉裏には鍋が掛けてある。

大体シャールヴィの家と同じだ。

あの家、どうなったのかな......


おかみさんの家の隣の老婆の家で、風呂を使わせてもらうことになった。

俺はシャールヴィと二人で湯を使った。

トールとロキは、特に体を洗うなどはしなくて良いらしい。


婆さまは出て行ってはくれず、椅子に座ってウトウトしている。

嫌だなぁとは思ったけれど、婆さまは男の裸に興味があるわけでも無いらしい。

まぁいいや...


シャールヴィはヒョロッとしてると思ってたら、細くても筋肉の筋が張ってる。足は速いし、色々な作業を黙々とこなせるわけだ。

逆に俺は、シャールヴィに、弱そうだ、もっと鍛えろ!とか、あそこが小さい、やっぱり子供なのか?大丈夫か?と心配された。

婆さまが「ブフッ」と吹いた。

眠ってないじゃん。。


湯浴みを終えて、おかみさんの家に戻ったら、今度は女子たちが婆さまの家に湯浴みに行った。

雪乃とレスクヴァだけでなくて、おかみさんも一緒に入るそうだ。


俺は囲炉裏のそばに敷いてある藁の上に寝っ転がった。

囲炉裏の火の香りと暖かさが嬉しい。

そして、旅の疲れですぐに寝てしまった。


女子たちの賑やかな話し声で目が覚めた。

彼女たちも湯浴みを終えたらしい。

「おかみさんのおっぱい、すごく大っきかった!触らせてもらった♪」と、レスクヴァが、両手で何か大きな物を抱えて持ち上げるような動作をした。

雪乃がケタケタ笑ってる。雪乃、明るくなったなぁ...なんだか、とても嬉しい。

おかみさんが「こんな娘たちが欲しかった。能天気な旦那とアホ息子は、家を散らかすし、遠征に行ったら帰ってこないし」と笑った


夕方、皆で囲炉裏を囲んで、わらの上に座って、鍋の煮物を食べた。

鹿やトカゲの肉とタンポポの葉やイラクサをたっぷり入れスープを食べた。

雪乃のアイデアで、スカンポという野草を入れたら、酸味が増して、味も締まって、みんなモリモリ食べた。

おかみさんが大喜びして雪乃を抱きしめた。

雪乃は苦しそうに困りながら笑った。



トールが憮然とした顔で出て行った。

いびきが破壊的だからと、おかみさんに文句を言われ、村はずれの空き家に追いやられた。

それでも、トールのいびきは地響きとなって、こっちの家にまで到達した。

ロキはいつの間にか姿を消していた。


俺とシャールヴィは囲炉裏のそばのわらの上で寝た。

雪乃とレスクヴァは、わらを敷いた大きな寝台の上で、おかみさんの両脇に寝かされ、抱き抱えられて寝た。

レスクヴァのはしゃぎ声、雪乃のクスクス笑いを聞いているうちに眠ってしまった。




朝になると、囲炉裏の煙の匂いが毛皮に移っていた。悪くない匂い。なんか懐かしいような和むような匂い。

外へ出たらやっぱり寒い。

しかし家の中の暖かさが、まだ体に残っている。


おかみさんはもう起きていて、水桶を運んでいた。雪乃はそれを見ると、すぐに駆け寄った。

「持ちます」おかみさんの横に並んで雪乃が言った


おかみさんは目を丸くして雪乃を見てから、

「いいよ」と言って笑った

「でも...」雪乃はそのまま片方を持ってしまう。

おかみさんが呆れたように息をついた。

「本当に働き者だね、あんたは」

雪乃は少し困ったみたいに笑った。



俺たちはまた少し村の手伝いをした。

トールは村を囲む獣除けの柵の倒れかけた部分に杭を打ち込み直し、

シャールヴィは雪で詰まった水路を掘り返して水を流れやすくした。

レスクヴァは子供たちに混じって鶏小屋を襲いに来た小動物を追い払ってはしゃいでいる。

ロキは何もしていないように見えて、風で戸が閉まらない家をコッソリ直したりしていた。



昼すぎ、囲炉裏のそばで少し落ち着いた時だった。

雪乃が、薪をくべていたおかみさんに言った。

「お願いがあるんです」

「なんだい」

「小物を入れる袋を作りたくて。旅でとても不便だったんです。余っている布地があれば、少し分けてもらえませんか」

おかみさんは首を横に振った。

「布はねぇ、本当に貴重なんだよ」

灰をかきながら続ける。

「服は擦り切れるまで着る。着られなくなったら雑巾にする。もっと駄目になったら当て布だ。最後まで使う」


そうか。布を織るのは大変だ。ここには布を気軽に使う余裕なんて無いのだろう...

雪乃は知った。


でも、おかみさんはそのあと、ふっと笑った。

「けど、皮ならあるよ」


壁際の籠から、何枚かの端革を持ってくる。鹿の皮らしい。茶色い。少し硬いけど、手で曲がる。


「獣はそこらにいくらでもいるからね。なめした皮は幾らでもとってある。好きに使いな」

「いいんですか」雪乃が目を丸くした。

「昨日も今日も、ずいぶん助かったからね」

おかみさんはそう言って、雪乃の肩を軽く叩いた。

「ほら、座りな。針も貸すよ」


雪乃は囲炉裏の明るいところへ座った。

革を手のひらに乗せて、触ってみる。皮の匂いがほんのりする。獣っぽいけど、嫌な匂いじゃない。火の熱で少し柔らかくなっていく。

雪乃は目頭が熱くなって目に涙が溜まった。

なぜか急に幸せな気持ちが込み上げて来たのだ。

大人に優しく包んでもらうこの感覚、初めて味わった感覚...


「袋なら作れそう...」

独り言みたいに言って、端を折る。指で大きさを見ている。


しばらくして、最初の袋ができた。

大学ノートくらいの大きさの皮袋。革紐付きで肩に掛けられる。

少し形が歪んでいるし、縫い目も真っすぐじゃない。でもちゃんと袋だ。


「すごい」それを見て、俺はびっくりしてつぶやいた


雪乃が振り向く。

「試しに作っただけ」

「これ、雪乃が?」

「うん...でも、結構いびつ」

袋を持ち上げて、ちょっと恥ずかしそうに見る。

「縫い目も乱れてるし、下手だよ」


「ううん、すごいよ」

ほんとにそう思った。袋があればなぁと...ずっと不便だった。

それを自分で作っちゃった!


雪乃は袋を指でつまんだまま、少し黙った。

「袋があると便利よね?」

「うん」

「どのくらいの大きさがいいかな」

「え!?俺にも?」

雪乃がにっこりと微笑み、うなずいた

なんてことだ!うれしすぎる!!

「あ、あの...その袋くらいが、ちょうどいいかな」雪乃が作った袋を見て言った

「これくらいで良いの?」

「うん。いい。とっても」

「じゃあ、作るね...」雪乃の頬が少し赤くなる。


雪乃が二つ目の袋を作り始めた。

台の上に置いた皮をナイフで切って形を整えていく。

だんだんと手が慣れてきたみたいだ。針が革を通る。糸がきゅっと締まる。

二つ目は少しだけ出来栄えが良くなった。


「はい」雪乃が差し出す。

「ありがとう」革の匂い。新鮮な気持ち。雪乃が作ってくれた。

「下手だけど...」

「嬉しい」そう言ったら、雪乃がますます赤くなった。


その時...

レスクヴァが横からぬっと顔を出した。

「あんたたち、ウチのお父さんとお母さんみたい♪」

「え?」俺と雪乃の声が重なる

レスクヴァはにやにやしている。

「夫婦みたいってこと♪」

「ち、違う!」雪乃が即座に言った

「う、うん!夫婦じゃないっ」俺も慌てた。


その言い方がまずかったのか、シャールヴィが吹き出した。

「息ぴったりじゃねえか」

レスクヴァは大笑い。おかみさんまで声を立てて笑っている。

ロキは少し離れた壁際で、口の端だけ上げていた。

雪乃は袋を持ったまま俯いている。耳まで赤い。


しばらくして、雪乃が皮の切れ端を見た。まだ少し残っている。

「もったいないな...」

そう呟いて、考え込む。

「これ、手袋も作れるかも」

「手袋?」

「ミトンなら作りやすいかも」

おかみさんが頷いた。

「五本指よりずっと楽だよ」


雪乃は俺を見た。少しだけためらう。

「手、貸して」

「え」

「大きさ合わせないと」


俺は呆然としながら、言われるままに手を出した。

雪乃がそっと取る。冷たい指。そして俺の手のひらを開き、親指の位置を見て、幅を指で確かめる。近い。真剣な顔。雪乃の耳はまだ赤い。

心臓がドクッと跳ねる。俺の心臓が持たない...


「うん...」雪乃が離した。

「これで作れる」


レスクヴァがまたニヤニヤしているから、見ないふりをする。

革のミトンは夕方前にでき上がった。中の毛を残してある皮。ふわっとしている。

「ほら」雪乃が手袋を広げる。

「毛を残したの。きっと暖かいと思う」

俺の手にはめてくれる。手首を引く。指先を押して整える。


「どう?」

握ってみた。

「あったかい」

中がふわっと、そして外の冷気をあまり通さない。


「良かった」雪乃が少し安心した顔をした


「良い袋だ」黙って見ていたトールが言った

少し間を置いて、

「手袋も良い」


雪乃は驚いた顔でトールを見た。

それから、小さくうなずいた。

「はい...」




旅立つ時、おかみさんは村はずれまで送ってくれた。


「つらかったら、いつでも戻って来な」そう言って、雪乃の肩を両手でつかんだ

雪乃の目が見開き、涙が溢れてきた。

おかみさんも、もう半分泣いている。

「無理して倒れたら駄目だよ。自分を大事にしな」


雪乃は、少しだけ困った顔をして、それから頭を下げた。

「はい......」


荷車に乗って、村が少しずつ遠ざかる。

俺は首から下げた皮袋を触った。

雪乃も、自分の袋を胸のあたりで押さえている。


ヤギの蹄が雪を踏む。

キュッ。キュッ。キュッ...


雪乃が作ってくれた皮袋と手袋。

あの家の煙の匂いが、まだ少し毛皮に残っていた。


雪乃が作ってくれた皮袋と手袋。

あの家の煙の匂いが、まだ少し毛皮に残っていた。

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