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第52話 鍋と匂い

荷車は雪原をゆっくり進んでいた。

ヤギの蹄が雪を踏むたび、キュッ、キュッと乾いた音がする。

荷台が小さく揺れて、その振動が腰に伝わる。


朝の光はだいぶ白くなってきた。

空は薄い青。

雪の面がその色を映して、静かに光っている。


レスクヴァが荷台の横板から身を乗り出した。

「ねえ、煙!」


丘の向こうに、細い白い煙が立ち昇っている。

フワフワと昇って、途中で風に流され消えていく。


「火だな」シャールヴィが目を細めた


トールが手綱を少し引き、ヤギが進む向きを変えた。

荷車がなだらかな丘を回り込む。


近づくにつれて、匂いが届いてきた。

煙の匂い。

それと、煮えている肉の匂い。


腹がぐぅと鳴る。

「いい匂いね!」レスクヴァが笑った


丘を越えると、小さな家が見えた。

石と木で組んだ低くどっしりした感じの家だ。屋根に雪が積もっている。


家の前に火があった。

丸い鍋がかかっていて、湯気がもくもく上がっている。


鍋のそばに老人が座っている。

毛皮の帽子をかぶり、背中は少し曲がっている。

でも腕は太い。

老人がこちらを見て、ゆっくりと立ち上がった。


ヤギが足を止めた。

「通るぞ」トールが老人に言った。


老人は俺たちを順番に見た。

トール。ロキ。シャールヴィ。レスクヴァ。雪乃。俺。

それから鍋を指した。

「食ってくか」

「食べる!」レスクヴァの顔がぱっと明るくなった

「遠慮がねえな」シャールヴィが笑った。


俺たちは荷車から降りた。

鍋の中では白い湯がぐつぐつ煮えている。

骨と肉、それに細い根が浮いている。

湯気が顔に当たる。

温かい。

こんな世界だと、ほんと湯気が優しい。


「鹿だ」老人が木の匙でかき回した。

「鹿!」レスクヴァが前のめりになって鍋をのぞく


木の椀が配られた。

スープが注がれる。

手に持つと椀に温もりがある。

指先がじんわり。

熱気が、凍えた顔の皮膚を温める。


俺はそっとすすった。

うまっ!美味い!

塩は薄いけれど、肉の味が濃い。

汁は熱々でコクがあって、体の奥まで温まる。


「うま〜!」レスクヴァはもう半分飲んでいる。

「速いな。俺の走りみたいに、食うのが速い」シャールヴィがケタケタ笑った。


雪乃は椀を両手で持って、少しずつ飲んでいる。

「鹿肉って初めて...」

それから鍋の中を見た。

「この根...」

「山根だ。甘くなる」老人が教えてくれた

「うん、いい匂いね」雪乃がうなずく


レスクヴァがそれをかじった。

「ほんとだ、甘い!」


火がパチッと弾け、燃えている木が少し崩れ落ちた。

ヤギたちが鍋のそばまで歩いて来た。

老人が肉をひと欠片投げた。

ヤギがそれをかじる。

「やっぱり肉を食べるんだ」

もぐもぐ食べるヤギを、雪乃が眺めて言った。


老人が火をいじる。

煙がふわっと湧いて流れた。

しばらく誰もしゃべらなかった。

火の音と、鍋の煮える音だけ。


雪乃が地面を見ている。

雪の間から、小さな芽。

それを指でそっと摘み、鼻に近づける。

少しだけ首を傾げた。

「どうしたの?」俺が聞いてみると、

雪乃はもう一度、芽の匂いを嗅いだ。


「この草...」

「少し...変」雪乃は静かに言った。

ロキがそれを聞いて、ほんのわずか口元を上げた。


火がまたパチパチと弾けた。

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