第43話 ウトガルド城・巨人たちの宴
広間では巨人たちの低い声が、床と壁を震わせている。
ゴゥオゴゥ ゴボブボォ ボゴゥブボボ...
遠くの雷みたいな音だ。
俺はゾワゾワして心臓が苦しいのに、
レスクヴァはもの珍しそうに目を丸くして何か楽しそうだし、
雪乃は静かな眼差しで巨人たちを見つめている。
スクリューミルは広間の中央で立ち止まった。
ドォォン
その振動で床のほこりが舞った。
俺からすればちょっとした砂嵐だ。
巨人たちのざわめきが止まった。
奥の椅子に座っている王が、ゆっくり腕を動かす。
「皆の者、座れ」低い威厳のある声。
巨人たちが動き始め、それぞれの椅子を引き座った。
ギギイ〜 ゴゴン ドーン
その度に空気が震え、床が上下し、俺たちは足が宙に浮いた。
「あ、これからご飯だね」レスクヴァが声を弾ませた
「宴だな」ロキが答える
テーブルの上には骨付きの巨大な肉。壺。樽...
匂いが広間に広がる。
脂の匂い。煙の匂い。少し酸っぱい酒の匂い。
グゥ...
俺の腹が鳴った。
雪乃がちらっとこっちを見た。そして、微笑む。
王がスクリューミルを見る。
「旅はどうだった」
スクリューミルが肩をゆったりと動かした。
「静かだった」
そして、こちらを指す。
「小さいのを拾った」
巨人たちがどっと笑った。
ゴボォォ...ボババババ!
広間の空気が震える。
「拾われてないよ〜!」レスクヴァが腕を組んだ
シャールヴィが吹き出す。
王の目がこちらに向いた。冷たい眼差し。
でも、どこか楽しそうにも見える。
「人間か」
そしてトールを見る。
「神もいる」
トールは答えない。
ただ腕を組んでいる。
「客だ」ロキが一歩前に出た。
王は黙ったまま俺たちを見つめた。
そして言った。
「客は歓迎する」
広間の巨人たちがうなずく。
「食え」王がテーブルを指した
「ほんと!?」レスクヴァが目を輝かせ、ぱっと顔を上げた。
「歓迎らしいぞ」ロキがゆったりと笑った
俺たちはテーブルへと近づいた。
食事にありつくには、まず問題があった。
テーブルの台は遥かな上。
そこに辿り着くには、テーブルの足を登らねばならないようだ。
高速道路の橋脚みたいなサイズのを。
無理じゃん。。
「登る!」レスクヴァが、タンタンタンと駆け出した。三段跳びのように
そして、まるでムササビが飛んで木の幹に張り付くように、巨大なテーブルの足に飛びついた!
自分の背より高いところに!
そこからカブトムシのように手足を交互に動かしてテーブルの足を登り始めた。
え〜!?レスクヴァ、人間だろう?
しかし高速道路の橋脚みたいな高さのテーブルの足だ。やっぱり無理だろうと見ていると、
まだ3メートルくらいしか登っていないはずなのに、テーブルの上にたどり着いた!
え!え!え? 距離のスケールが狂っている。
雪乃が珍しく口をポカンと開けて見上げている。
だよねぇ、絶対おかしいよ。。
「あんたたちも早く上がって来なさいよ〜♪」テーブルの上から顔を出して、レスクヴァが手を振っている
「おー、行くぞ〜」シャールヴィもモモンガとカブトムシみたいにあっという間に登って行った
「早く来いよ〜!ご馳走がいっぱいだぞ〜」レスクヴァとシャールヴィが手を振る
無理だって。。
雪乃が眉尻を下げてこっちを見る。
うん、無理...
突然、大巨人スクリューミルがしゃがみ込んだ。ゆったりとしたスローモーションのような動きだが。
その膝がビキバキとものすごい音を立てた。耳が痛い。。
膝関節が鳴るのは人間と一緒だな。
などと、のんきな事を考えていたら...
風圧と共に巨大な岩のような手が両側から迫って来た!
潰される!!
手は俺と雪乃を囲むようにして静かに止まった。
「乗れ」大気の振動が落ちて来た
見上げると、大巨人スクリューミルの大きな顔が、頭上遥か上から俺たちを見つめている。
いや、怖いよ...圧迫感。。
そして、驚くほど繊細な動きで巨木の丸太のような指が寄せて来た。
俺たちは恐る恐る手のひらに乗り、しゃがみ込んで、スクリューミルに身を任せた。
すごい速さで上昇する。壁の無いエレベーターだ。怖過ぎる。
雪乃の瞳が揺れている。身を縮めて俺の学生服の袖をつかんだ。
次の瞬間、巨人たちのテーブルの上にいた。
幅が10メートルか20メートルくらいの皿がズラリと並んでいる。
その上にはさまざまな肉の山、サラダのような料理も見える。
テーブルの中央には、ガスの貯蔵タンクのように大きな鍋があり、火で炊くのではなくて焼けた大石を鍋の中に入れている。
石の熱さで鍋の湯がボコボコと煮えたぎり、モクモクと湯気が上がっている。
その熱波がこちらまで届き迫力があり過ぎる。
「しかし、このデッカい肉の塊をどうやって食うんだ」シャールヴィが肉を見上げていた
「手で掘ってかじる!」レスクヴァが口をニタァと開けて笑う
雪乃が笑った。俺も笑っていた。
いつの間にかトールやロキもテーブルの上にいる。
彼らの場合、どうやって登ったのか?謎だ...
さっき、巨人たちがトールのことを神と言ってたっけ...
神かぁ...
あの大いびきと大喰らいの野生の巨大なおっさんがねぇ、よく見りゃ顔はイケメンだけど...
そのイケメンの神らしきおっさんは、既に肉の山にボスボスと手を突き込みむしって食べている。
「あ、このサラダの野菜はきっとタンポポの葉っぱ、こっちのお粥みたいなのに入ってるのはきっとハコベね」
雪乃の目が輝いている。
「よく判るね」俺が聞くと
「女の子が一人で野宿して野草や魚を獲って暮らすフランスの小説を読んでね、食べられる野菜を調べたり、試しに料理したりするの」
「すごいな〜」
「野菜、うれしい!シャールヴィの家の鍋料理で食べてっきりだったから」
あー、ほんとにそうだった。
「あ、この酸味、きっとスカンポで味付けしてる」雪乃は本当に嬉しそう
俺たちが肉の柔らかい所をほじり取って頬張ったり、野草の料理を噛みしめていたら、
王がこちらを見て言った。
「小さい者たち」ビリビリと空気を震わせ、声が広間を厳かに満たす
「力はあるのか」
巨人たちが顔を上げた。
空気が変わった。
「あるさ」ロキが笑った
王がゆっくりとうなずいた。
「ならば見せてみろ。たっぷり食べてからな」
巨人たちの目が光り、宴のざわめきが止った。
「何かが、始まる...」雪乃が硬い声でつぶやいた
ここは、ただの宴じゃない。
試される場所だ。




