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第38話 巨人の袋

朝は、静かに始まった。


夜通し続いていた地響きが、ふっと消えている。

あの寝息の振動の圧力が無くなると、体を取り巻く空気が何だか軽い。


空は薄い灰色。微かに空の青みを感じる。

焚き火の炭は赤く残り、煙が細く立ち昇っている。


タングニョーストが鼻を鳴らした。

タングリスニルも首を振る。

霜のついた草をかじっている。美味しいのかどうかはわからないけれど、長い首を伸ばして手当たり次第にむしり取って食べている。


「静かだね...」レスクヴァが背伸びした。


その時...

ドドォォォン...

地面が揺れた。

そして...ゆっくりと、山が動いた。

大巨人スクリューミルだ。起き上がろうとしている。

巨大な腕が地面を押す。

それだけで、遠く離れたこっちの地べたの砂や小石までが跳ねる。


フォォォォォォ

巨人は欠伸をした。

吐いた息が風になり、少し遅れて風が届いて、俺たちの焚き火の灰がブワッと舞い上がった。


スクリューミルは俺たちを見下ろした。

「おお」

重低音の声が上から落ちてくる。

音というか空気が振動して圧が降って来る。


「小さいのがいたな」またも重低音


ロキが手を振った。

「おはよう」


巨人は少し考える。

「そうか。昨日の葉っぱか...」


レスクヴァが吹き出した。

トールは何も言わない。


巨人はゆっくり立ち上がった。

立つと、さらに大きい。


丘の連なりのように見えていた場所は太腿だった。

遠くの小山は腰だろうか。


スクリューミルが背中の袋を下ろした。

袋はまるでドーム球場みたいだ。

革のような質感か。

袋の口をしばってあるヒモは、巨大なツタか太い木の地下茎のようだ。


巨人は袋を置いた。

ドドォォォォォォォン!

地面が揺れる。

「腹が減った」声の圧力で大気がバリバリと振動した

そして袋を指さした。

「中に食い物があるぞ。小さいお前ら、食え」

そう言って、また歩き出した。


ドォン、ドォン、ドォン、ドォン......

少し離れた大岩のそばに座る。


そして...もう眠った。

ゴォォゴォォォォォ......

また寝息が始まった。


「ねえ、これ...開けていいの?」レスクヴァが袋を見た

「開けろと言った」ロキがうなずいた


シャールヴィが紐をつかんで...引く。

びくともしない。

「固い!重い!」


俺も駆け寄って手伝う。ヒモは革の縄だ。

冷たくて硬い。そして太い!


引く。びくともしない。

レスクヴァも引っ張る。

「うーん!」

動かない。

「結び目をほどかなきゃ」雪乃が指差した


確かに結び目がある。だが、巨大過ぎる。

小屋ぐらいある。

ロキがほどきにかかるが...

「駄目だ」


トールが立ち上がった。

無言で歩み寄り、ヒモの結び目をつかむ。

力を込める。そして、踏ん張る。

体重をかけた足が大地に沈む。

ギシ...

ひもがきしむ。

だが...開かない。


怒りに満ちた顔でトールが静かにミョルニルの槌を持ち上げた。

「袋を壊すな!」ロキが言った


トールは少し考えた。

そして槌の柄を結び目の間にねじ込んでグリグリとほぐしにかかった。

ゴリッ、ゴリ、ゴリッ...

少し緩んだ。


そして俺たちはひもを引く。

雪乃もレスクヴァもひもに抱きついて、顔を真っ赤にして引く。

ようやく結び目がほどけていく!


袋が開いた。


中には...

肉。干し肉。骨付き肉。丸いパンのようなもの。樽もある。


「すごい!すごい!すごい!」レスクヴァが歓声を上げた


肉の匂いが広がる。そして塩っぽい匂い。脂の匂い。

皆でその辺の枯れ枝を集め、シャールヴィが手慣れた作業で焚き火が完成。

こういう地味な作業の時になるといつの間にかロキの姿が消えている。

食べる時になるとまた現れるんだけど...


様々な肉を火にかけると、音が出始めた。

ジャッ!ジュウ...ジュジュジュ...

脂がしたたり落ちる。

腹が鳴ってしまった。

「聞こえた」雪乃が笑った。

恥ずかしいけど、雪乃にそんなツッコミをされと何かうれしい...


俺は干し肉を試してみた。

美味い!何だこれ!?柔らかくて、噛みしめると肉汁の旨味がボワッと口の中に広がる。牛肉をもっとミルキーな味わいにしたような。

干し肉だろう? ほんと、何この美味しいの!


横では雪乃が鶏のももみたいなのを食べてる。ハフハフ熱そう♪

薄い唇の小さな口でモリモリ食べてる。あ、目を細めた!美味しいんだな。

俺も次はそれを食べてみよう。


「これさ、これ巨人のごはんでしょ。たくさん食べちゃっても大丈夫?」レスクヴァが肉を両手で持って聞く

「あのスクリューミルだ。奴の分はこれの百倍の百倍くらいだ。俺たちがちょっと食ったところでどうということはない」ロキがあっさりと言う


トールは黙って食べている。

だが袋を見てぽつりと言った。

「まだまだ重い...」


俺も思った...

俺たちはいっぱい食べているし、トールが鬼のように大量に食べている。

しかし袋はまだ小山のようにどっしりと膨らんだままだ。


シャールヴィが袋の端を持ち上げようとした。

びくともしない。

「まだ、中身が一杯みたいだぞ〜」

「家より重そうだな」ロキが骨付き肉を喰らいながら目を細めて言う


その時...影が落ちた。

スクリューミルが目の前に立っていた。巨大過ぎる!

なのに、いつの間にか起きて来たんだ。気配がわからなかった。


「食ったかぁ...」スクリューミルが俺たちを見下ろして言った

音のかたまりが落ちて来た。

それはまるで、巨大なトレーラーが目の前を走り抜けるような太い轟音。空気がバリバリ震える。


レスクヴァが肉を持ったまま目をまん丸くして歯を食いしばって固まる。


巨人は袋を見た。そして袋の口のヒモを見つめて言った。

「開いたな」少し驚いたような顔をしている

そしてトールを見る。

「お前か」

トールは答えない。


スクリューミルがゴゴゴと音を立てて屈んで袋を持ち上げた。

片手で。まるで綿菓子でも手に取るみたいに。

そして、

「お前ら、小さいのに力がある」

そう言って歩き始めた。

ドォン。ドォオン。ドォン。ドォオォォン


数歩歩いて振り向く。

「ウトガルドへ行く」


ロキが目を細めた。

「知っている」


スクリューミルが言った。

「道は長い」


そして歩き出した。

ドォン。ドォオォォン。ドォオン。ドォン


一歩ごとに地面が縦に激しく揺れる。

山が歩いている...そんな光景だ。


「行くか」ロキが笑う

トールがうなずいた。


ヤギたちが歩き出す。荷車がきしみ、前へと動く。

巨人の足跡が、前に続いている。

その一歩は...

俺たちの何百歩分だろうか。

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