表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/59

第37話 巨人の夜

夕方になる頃、空の色が少し変わった。


灰色だった雲の底が、わずかに赤い。

遠くの地平線の向こうで、火が燃えているのかもしれない。

気持ちの悪い赤い色...



シャールヴィのヤギ骨やらかし事件からずっとヤギの歩みは遅いままだ。

もう治らないのかなぁ。

脚をかばって歩むタングニョースト。

蹄が凍った土を踏むたび、乾いた音が続いた。


裂け目は少し遠ざかっていたが、風の中にはまだ、あの匂いがある。

氷。焦げ。

凍える冷たさと、喉の奥がざらつく不快感。



「ここで休む」

トールが言った。

荷車が止まる。

あたりは低い丘と岩ばかりだった。

木は無い。枯れた草が地面に張りついている。


シャールヴィがすぐに動いた。

乾いた草を集め、石を並べ、火を起こす。

パチッと小さな火花。やがて火が育つ。

これならトールの雷ライターも要らないな。

俺じゃ火ひとつ起こせない。


煙は細く上がり、すぐ風に流された。

「おつかれ」レスクヴァがヤギの首を撫でている

ヤギが鼻を鳴らした。


俺は肩掛けを掛け直した。

火はありがたい。指先がじんわり温まる。

雪乃も手を火にかざしている。

ホッとした表情。炎に照らされてオレンジ色に色づくほっぺた。

長いまつ毛、瞳が焚き火を映して輝いてる。

ほんと...綺麗な子だなぁ...



その時...

ヴォオォォン!

地面が揺れた。

火の灰がふわりと舞う。


「え!なに!?」レスクヴァが声を上げた


もう一度。

ヴォォオォォォォォォン!

今度は少し長い揺れ。


「地震...?」俺は思わず立ち上がって周囲を見まわした

「違うな」ロキが肩をすくめた

トールは動かない。ただ、遠くを見ている。


また揺れた。

今度は低い音が混じる。

ヴヴォォォヲォォ……


いや。違う。音ではない。

これは...

息だ!


地平線の向こう。丘の向こう側。

何かが横たわっている。

最初は岩山に見えた。

だが違う。


その山が、ゆっくり上下している。

息。

巨大な胸が上下している。


「...人?...」雪乃が呆然とした眼差しでつぶやいた

「大きいな」ロキが笑う


また揺れる。

衝撃波のような振動とともに、ドドォォォン!!!


今度ははっきり見えた。

腕。

岩のように太い腕が、地面に投げ出されている。

指が動いた。

それだけで、空気が振動し、俺たちの周りの砂がぱらぱらと踊る。


「...大きい...デッカ過ぎぃ!」レスクヴァがぽかんと口を開けた

「山じゃん」シャールヴィも大きさに呆れている


「スクリューミル」トールが言った


俺は言葉を失った。

あれも、巨人?

いや、巨人というより...

地形だよ。

山並みだと思っていたものは、肩だった。

丘だと思っていたものは、膝だった。


雲が低く流れている。

その雲が、巨人の胸に触れて割れた。



夜が訪れた。

スクリューミルは眠っている。

口が少し開いているのだろうか、

息を吐くたび、風が起きる。

フォォォ......


そして...

ヴォォオォォォン!

地面が揺れる。

「うるさい!」レスクヴァが耳を押さえた

「ずいぶんな寝息だ」ロキが笑う

「これでは眠れん」トールが顔をしかめる


ヴォォオォォオオォン!

今度は少し長く揺れた。

火の上の鍋が揺れている。


トールが立ち上がった。ミョルニルを握る。

「やめとけ」ロキが笑う


トールは答えずに、巨人スクリューミルに近づいて行った。

山のようなスクリューミルと比べるとトールは蟻のようだ。


トールは槌を持ち上げ、スクリューミルに向けて振るった。

ドォォォォォン!!

雷のような音。こっちもうるさい。。

地面が揺れた。遠くの岩が崩れる。


ようやく、スクリューミルは目を開けた。

ゆっくりと眠そうな顔でトールを見る。

「...ん?」低過ぎて耳では聞き取れないような重低音が、数秒遅れてゴワワワと伝わって来た。

まるで地震の予兆のような響き。


「葉っぱか?」巨人は頭をかいた。また声の重低音が、ゴワワワワワと伝わって来た。

トールの顔が固まる。

ロキが腹を抱えて笑った。


トールはもう一度、槌を振り下ろした。

ドォォォォォォォォン!!

衝撃で地面が沈む。

遠くの岩壁が崩れる。


スクリューミルはまた目を開けた。

少し考え...「鳥か...?」

そしてまた眠った。

ヴォォォォ...

寝息。地面が揺れる。


「やめとけ」ロキが笑った

トールは黙ったまま戻ってきた。

火の前に座る。何も言わない。


トールは、あの巨大なスクリューミルを二度も殴った。

それでも...葉っぱ...鳥。

それだけ。


「世界って...」そう言いかけて、雪乃がため息をついた

俺も同じことを感じていた。

雷を落とすトールがいる。

巨人がいる。

裂け目がある。

山のような巨人もいる。

この世界は広い。知らない事ばかりだ。


遠くでスクリューミルの寝息が続いていた。

ヴォォオォォォン!

焚き火の炎が揺れた。


巨人の夜は、長かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ