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第36話 縫えない裂け目

裂け目に沿って、荷車はゆっくり進んだ。


地面はもう湿地ではなくなっていた。

凍った土が乾き、細かくひび割れている。

ヤギの蹄がその上を叩くたび、

コツ、コツ、と乾いた音が続いた。


北から吹く風は鋭い。

骨にしみるほど冷たい。

そして、焦げたような匂い。

鼻の奥に嫌な刺激。


氷と火。

二つの匂いが、風となって吹き荒れる。


「ここで止まる」トールが手綱を引いた

ヤギが足踏みし、荷車が人揺れして止まった。


裂け目は、すぐ横だった。

地面の布を誰かが無理に裂いたように黒い口が開き、遠くまで一直線に続いている。

裂け目の中から冷たい風が吹き上がる。


俺たちは荷車から降りた。

裂け目の縁に近づくと、

やはり、足元の小石が勝手に転がり落ちて裂け目が崩れていく。


「近い」ミョルニルという槌を地面に立てトールが言った

そして、裂け目の端にしゃがみ、片手を地面に当てる。

しばらく動かない。

風だけが吹く。


「どうだ」ロキは腕を組み、裂け目の奥底を見つめている

「浅い」トールが返した

そして、立ち上がって、槌を高く掲げ、

「下がれ」と重々しく言った


俺たちは数歩離れた。

雪乃と顔を見合わせた。


トールの槌が振り下ろされた。

ドオォォォォォォォォン!

鈍く腹に響く音。


雷は落ちない。

だが地面が揺れた。

裂け目の縁が、わずかに動く。


パキッ...パキ......

凍った土が割れる音。

裂けた大地が、身をよじるように激しく揺れ、巨大な叫び声を上げた。


そして...

裂け目が、

ほんの少しだけ、閉じた


「ウソ〜ッ!!閉じた!」レスクヴァが声を上げた


だが次の瞬間。

パキン!!

そして激しい振動と共に、裂け目がまた開いた。

さっきより、むしろ少し広い裂け目に...


トールは槌を止め、黙って裂け目を見つめる。


風が強くなる。

さっきより冷たい。そして焦げた匂いも濃い。肺が腐りそうな空気。


「駄目だな」ロキが鼻で笑った


トールは裂け目の端に立ったまま、低い声で言った。

「根だ」

「やっぱりな」ロキが小さく頷く


トールは裂け目を見つめたまま続ける。

「縫い目じゃない」


俺は意味が分からない。


ロキがこちらを振り向いた。

「服を縫ったことあるか?」

「ないです」

「縫い目が裂けただけなら直せる」そう言ってロキが裂け目を指す

「だが布の繊維そのものがバラけていたら?」

「縫ってもしょうがないですね...」


風が吹き荒ぶ。

裂け目の奥からパキッ...と氷が割れる音。

そして、遠くで炎が踊り太く唸る。

ボォオォォォ...

北、そして南から。


「小さなギンヌンガガプだ」トールが冷たい声で言った

「世界の空白か...」ロキが肩をすくめる


俺はまた裂け目を見おろした。

空白。そう言われると、底の暗さが妙に深く感じる。


「寒いのに...熱い匂い」雪乃が怯えたような声で言った

ロキがうなずく。

「北と南が喧嘩してる」


シャールヴィが顔を上げて、風の匂いを嗅いでいる。

「静かだ」ただ、遠くを見詰めている


トールもそちらを見た。

地平線。灰色の雲。その奥。

雲がゆっくり揺れた。

最初は影だった。

だが違う。

雲の中で何かが動いている。


ドオォォォォォン。少し遅れて地面が震える。


「今の...」レスクヴァが目を丸くした

「でかいな」ロキは目を細める


雲がまた揺れる。

雲の中に影が見えた。

人の形!

だが山のように大きい。

一歩。また一歩。

ドオォォォンドオォォォン

地面が揺れる。


裂け目の端の石が、ガラガラと落ちて行く。


「巨人...?」雲の中の巨大なものを見て俺はつぶやいた

「スクリューミル」トールが言った

「その一族だろうな」ロキが笑う


雲の向こうで影が動く。

巨大な腕がゆっくり動いている。

雲がその肩に触れ、破裂して流れる。


トールが槌を肩に担いだ。

「行く」

「縫うんじゃないの?」レスクヴァが聞く


「今は縫えない」トールが答えた

「布をボロボロにする奴がいる」珍しくロキが困惑した表情でつぶやいた


巨大な影は、ゆっくり遠ざかっていく。


ロキが小さく笑った。

「世界は広いぞ、人間」


ヤギが歩き出す。荷車がきしむ。皆、言葉は無かった。

北の霧。南の火。

その間で、裂け目が静かに広がっていく。

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