第7話 渡さないと決めた日
第七話です。
【寿命:残り332日】
数字は、嘘をつかない。
だが、数字は、慰めもしない。
洞窟の奥で、俺は丸くなっていた。
あの女の顔が、離れない。
七日。
俺の七日。
意味はあったのか。
延びたのは、苦しみだけじゃなかったか。
その問いが、胸の奥に刺さったままだ。
⸻
翌朝。
洞窟の外が、騒がしかった。
足音が多い。
怒鳴り声も混じっている。
嫌な予感がした。
岩陰から覗くと、
森の開けた場所に、人が集まっていた。
その中心に――
あの宗教者たちがいる。
「寿命を分けられる魔物がいる」
誰かが言った。
空気が凍った。
「そいつが、渡せば助かった命がある」
「なぜ渡さなかった?」
……俺のことだ。
誰かが、俺を見た。
視線が刺さる。
俺は、動かなかった。
「お前だろ」
若い男が前に出る。
目は赤い。
泣き腫らしている。
「あいつを、助けられたんだろ?」
胸の奥が、ずきりと痛む。
「渡せたんだろ?
寿命」
知っている。
知っているが、理解していない。
俺は、一歩、前に出た。
【寿命:残り332日】
減らない。
「キュル」
声は、小さい。
「答えろ!」
怒号。
人間たちの視線が、
まるで刃のように集まる。
「自分は七日失ってもいいって顔してたくせに」
「次は惜しくなったのか?」
「魔物のくせに、選ぶのか?」
――選ぶ。
その言葉が、俺を揺らした。
俺は、選ぶ。
選べる。
だから、重い。
⸻
宗教者の女が、前に出た。
「渡せば、助かるかもしれない」
静かな声。
「渡さなければ、確実に死ぬ」
理屈は、正しい。
正しすぎる。
だが、俺は知っている。
渡しても、助からないことがある。
延びるのは、時間だけだ。
俺は、数字を見上げた。
【寿命:残り332日】
俺の時間だ。
俺のものだ。
七日を失ったとき、
俺は、選んだ。
だが、
結果は、死だった。
「……キュル」
小さく鳴く。
拒否の音。
人間たちがざわつく。
「渡せ」
「少しでいい」
「お前はまだ三百日あるんだろ?」
……見えているのか?
いや、見えていない。
ただ、知っているだけだ。
噂で。
「少しなら減ってもいいだろ!」
怒鳴り声。
俺の中で、何かが、はっきりした。
――違う。
これは、救いじゃない。
これは、
責任の押し付けだ。
俺が渡せば、
彼らは安心できる。
「やることはやった」と。
だが、死ねば、
また、次を探す。
俺は、歯を食いしばった。
「キュル!」
強く鳴いた。
拒絶の音。
空気が、張り詰める。
【寿命:残り335日】
……増えた。
三日。
増えた。
怒りが、
はっきりとした意志が、
寿命を押し上げた。
俺は、震えた。
拒否して、増えた。
「……なんだと?」
宗教者の女が、目を細める。
俺は、一歩、前に出る。
「キュル」
俺は、渡さない。
救えないかもしれない命に、
自分の時間を、
言われるままには、渡さない。
助けるなら、
選んで助ける。
押し付けられては、やらない。
それが、
今の俺の答えだ。
人間たちは、怒った。
「冷たい魔物だ」
「見捨てるのか」
「化け物め」
石が、飛んできた。
肩に当たる。
【寿命:残り334日】
一日減る。
痛みは、小さい。
だが、胸の奥は、熱い。
もう一度、鳴いた。
「キュル!!」
森に響く。
俺は、逃げなかった。
立っていた。
自分の選択の上に。
【寿命:残り336日】
二日、増えた。
怒りと、恐怖と、覚悟。
それらが混ざり合い、
寿命を押し上げる。
人間たちは、やがて去っていった。
罵声を残して。
⸻
森に静けさが戻る。
俺は、膝をついた。
【寿命:残り336日】
さっきより、増えている。
渡さなかった。
拒否した。
それで、増えた。
救えなかった命があるかもしれない。
だが、
自分を手放さなかった。
その事実が、
数字を押し戻した。
俺は、ようやく理解し始める。
寿命は――
善意でも、自己犠牲でもない。
選んだ責任の重さに、
反応している。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
苔喰いモルの余命は、
まだ終わらない。
むしろ、
今、初めて、本当に始まった。
この話は、しばらくかかりそうです。主人公が,面倒です。




