第8話 時間を食う者
第8話です。
【寿命:残り336日】
数字が、静かに浮かんでいる。
森は、静かだった。
ついさっきまで、
人間の怒鳴り声が響いていたのに、
今は風と虫の音だけだ。
俺は、まだ震えていた。
怒りの余韻。
恐怖の残り火。
それでも――
逃げなかった。
拒否した。
その結果、寿命は増えた。
だが、
増えたことよりも、
別のことが気になっていた。
さっきから、
森の空気が重い。
まるで、
時間そのものが、淀んでいるみたいに。
⸻
最初に気づいたのは、音だった。
――静かすぎる。
虫の声が、消えた。
風の音もない。
森が、息を止めている。
その瞬間。
何かが、落ちた。
どさり。
振り向く。
さっき怒鳴っていた人間の一人が、
地面に倒れていた。
「……え?」
誰も触っていない。
剣も振られていない。
なのに、
その男は、
一瞬で老けていた。
髪が白い。
肌がしわだらけだ。
さっきまで若かったのに。
周囲がざわめく。
「お、おい……」
「何が起きた?」
次の瞬間。
もう一人が、崩れ落ちた。
そして、また一人。
人間たちは、
混乱している。
だが、
俺には見えていた。
彼らの頭上。
【寿命:残り0日】
数字が、
次々と、
消えていく。
⸻
そのとき。
森の奥から、
何かが歩いてきた。
ゆっくり。
足音は、ほとんどない。
人の形に近い。
だが、人間ではない。
身体は、細い。
影のように黒い。
そして――
その頭上。
数字が、見えない。
いや。
違う。
数字が、
ありすぎて読めない。
【????????】
数字が、
流れている。
まるで滝のように。
増えている。
増え続けている。
その存在は、
倒れた人間のそばに立った。
手を伸ばす。
触れる。
その瞬間。
人間の身体が、
灰のように崩れた。
そして――
【????????】
数字が、
さらに増えた。
俺は、理解した。
あれは――
寿命を食っている。
⸻
人間たちは、逃げ始めた。
「ば、化け物だ!!」
「逃げろ!!」
だが、遅い。
黒い存在は、
一歩、踏み出す。
それだけで、
近くの男が倒れた。
【寿命:残り0日】
吸われた。
距離があっても。
触れていなくても。
時間そのものを奪う。
俺の背中に、冷たい汗が流れた。
【寿命:残り336日】
俺の数字。
まだ、ある。
だが――
あいつは、
それを、
全部食える。
⸻
黒い存在が、
ゆっくりと顔を向けた。
俺を見る。
その瞬間。
世界が、凍った。
俺の頭上を、
あいつが見ている。
見えている。
俺と同じように。
そして――
笑った。
声は、ない。
だが、
確実に、笑った。
まるで、
「いい餌を見つけた」
と言うみたいに。
【寿命:残り335日】
数字が、
一つ、減った。
何もしていないのに。
ただ、
見られただけで。
背筋が凍る。
逃げろ。
頭が叫ぶ。
だが、足が動かない。
あいつが、
ゆっくり、近づいてくる。
森の中の死体が、
次々と灰になる。
そのたび、
あいつの数字が増える。
【????????】
時間を、
食う。
時間を、
奪う。
時間を、
積み上げる。
俺は、初めて理解した。
この世界には、
寿命を渡す者もいる。
だが――
寿命を狩る者もいる。
俺の数字は、
そいつにとって、
ただの食事だ。
黒い存在が、
俺の前で止まる。
そして、
手を伸ばした。
その指が、
俺の額に触れようとした。
その瞬間。
俺は、叫んだ。
「キュルァァァ!!」
全力で、
逃げた。
【寿命:残り333日】
二日減る。
構わない。
今は、生きる。
森を、
転がるように走る。
背後で、
黒い存在が、
ゆっくりと歩いてくる。
急いでいない。
逃げられないと、
知っているみたいに。
俺は、
初めて思った。
この世界で、
一番恐ろしいのは、
寿命が減ることじゃない。
寿命を奪う存在に、見つかることだ。
そして――
俺は、
見つかってしまった。
【寿命:残り333日】
数字が、
小さく震えている。
まるで、
恐怖を感じているみたいに。
闘いが始まります。




