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第一人者  作者: 近衛 キイチ
最終章
57/63

脱獄

 自分の居る牢の右側から現れ出口の方に向かうのは、今まで話しをしていた男しかない、どうやって出てきたのかは判らないが、私は慌てて鉄格子の前まで走る、顔が伸びるのではないかと思う程に、二本の鉄棒の間に顔を押し付け通り過ぎた人影を凝視する。


 左手には所々破けた靴を握り、右手には抜き身の剣を握り締めている。

 灰色がかった銀色の髪は腰の辺りまで伸び、生まれてから一度も櫛を通した事がないかのように毛並みは乱れている。

 揺れる髪の間から見える後姿は、服が肩の辺りで完全に破け、上半身は裸の状態になっており、腰に巻いた帯で何とか落ちずにその役割を果たしているが、その背中はあばら骨や背骨が透けて見えるほどに痩せ細り、枯れ枝の様な両腕は今にも折れてしまいそうに見えた。

 感想としてはそんな満身創痍の状態で動けるなど、常人では不可能ではないのかと思った、それ位にその後ろ姿は衰弱している様に見えた。


 一体どうやって牢から出たのか、一体何時からこの牢獄に入れられていたのか、それとも始めから彼の牢には錠前がなかったのか、始めから満身創痍の状態であったのか、気になる事は多かったが、その疑問を口にする前に言わなければならない事がある。

「待て、待ってくれ、私も出してくれ、一緒に連れて行ってくれ、お願いだ」

 彼は一瞬立ち止まるが、何も聞こえなかったかの様に再び歩き出す。

「独りで逃げるつもりか、まだお前との話は終わってないぞ」

 しかし、彼は歩みを止めない。

「明日には処刑される私を見捨てるのか、こんな牢獄に独りで置いて行くのか、お願いだこんな所に置いて行かないでくれ、独りにしないでくれ」


 私の叫びが彼の心に響いたのか、アービエルはこちらを振り向かずに立ち止まる、靴を持つ左手の小指で三度頭を掻き、ようやく私の方を振り向く、その顔は髭で覆われており表情は判らないが、あきれた様子が感じ取れた。


「別に俺は逃げ出す訳ではない、城内がどうなっているか判らないが、今お前が一人で出て行っても途中で魔獣に見つかって殺されるかも知れない、この場に居た方が生き延びる可能性が高いと思うのだがね」

 アービエルは落ち着いた声で私の問いに返事をする。


「そうではない、ここに放っておかれる位ならば、外に出て殺される方がましだ、この暗く狭く不潔な場所で一人にされるのは嫌だ、これ以上壁に向かって喋り続けるのは嫌だ、誰かと話していたい、どんな相手でもいいから反応が欲しい」

 どんなに話が通じない相手でも、そこに人が居るというだけでも良いのだ。


 アービエルは溜息を一つ付くと少し考える様に上を見上げた後、再び私に目をやる、その意図は解らないが、今まで作った事のない真剣な表情で私は彼の目を見返す、やがて何かに納得したのかアービエルは引き返して来る、その姿には似つかわしくない、不遜で堂々とした歩き方だった。


 彼は鉄格子にはめられている錠前に触れる、そして、私には聞き取れないし理解できない言葉を呟く、それは魔獣が話している言葉に近い様に感じた。

 呪文を唱え終わり彼は錠から手を放す、すると、まるで焼き菓子で作られていたかの様な音を立てて錠が割れた、何が起きたのか認識する間もなく、落ちて行く錠を目で追う、そして、それは先ほどとは違い重い金属音を立てて地面に転がった。


 目の前で起きた事が理解できずに硬直している私を無視して、アービエルは出口に向かい歩き出そうとするが、立ち止まりこちらを振り向くと。

「逃げるなり、ここに留まるなり、好きにすればいい、俺はお前の生死に責任を持たないからな、自分の命は自分で守れ」

 彼は吐き捨てる様にそう言うと再び歩き出す、無論私は彼の後を追いその後ろに従う。

 牢獄を出る際、後ろを振り向きアービエルが入っていた牢が在るはずの方向を見る、しかし、そこには石造りの壁しかなく、間違いなく行き止まりであった。


 

 錠前の事、存在しない四番目の牢、何故剣を持って牢内に居たのか、色々と聞きたいが恐ろしい答えが返ってきそうな気がして口が動かない、言い合いの中で得た心象から、本当は私の様な下層市民と喋る事も共に歩く事すらできない人物ではないか、その様な考えが頭の隅にまとわり付く、しかし、それが事実ならば、この男がいるべき場所、それは王の中の王と呼ばれる男の隣ではないのか、何故あの様な場所に居たのかの説明が付かない。


 歴史にあるアービエル・ネイ・レムリニアス、彼が未だに健在ならばなどと愚かな妄想をしてしまう、確かな話ではなく、噂程度の確証しかないが、ネイ・レムリニアスが歴史から姿を消す直前、ライオネルに対して叛逆を起こしたという話がある。大広間で二人が剣を交えたとか、このドネティーク城が揺れる程の戦いが行われたとか。

 まさかその罰で幽閉でもされていたのか、そう思い彼の男の後姿を見るが、抜き身の剣を携えているその事を考えればその様な訳はないと、首を振って考えを改める。


 沈黙の中、長くもない階段を上がり地下から抜け出す、段を上がる度に空気から息苦しい位の湿り気や不快感を催すカビの臭いが消えて行くと共に、緊張と希望が心に湧いて来る。


 地下への出入り口は、右側にだけ幾つもの扉がある通路の一番奥に繋がっている、その間隔が短いことから部屋の中は狭い事を思わせる、想像するにそこは使用人の寝室なのだろう、誰かに見つかる事を恐れる私を余所に、アービエルは使用人室の扉を無造作に開ける。


 恐怖の余り小さな声を出してしまうが、幸運な事に室内には誰もおらず、アービエルは掛けてあった短衣と埃よけの布を羽織ると、腰に巻き付け帯にした布に剣を差し、これまた見つけた靴を履く、私としては急いで外に逃げたいと思っているのだが、彼は大胆にも、置いてあった小刀を砥石で研ぐと綺麗に髭を剃り、乱れた髪を手で撫でつけ、髪を後ろで縛り上げ身なりを整え始めた。


「お前は好きに行きたい所に往けばいい、運が良ければ無傷で外に出られるかも知れないぜ」

 焦りの表情で彼を見ていた私に対して、アービエルはそっけなくそんなことを言い放つ、しかし、そういう彼の顔は本気でそう言っている風ではなく、口元が微かに上がっており、その表情は残忍に笑っている様にも見える、そんな顔で言われてしまえば、ますます別行動を執る気にはなれなかった。

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