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第一人者  作者: 近衛 キイチ
最終章
56/63

話のかみ合わない男

 牢獄に入れられていることから、アービエルは自分と志を同じとする人物かと期待したが、どうやらその期待は外れた様だ、その忠誠心がどこから来ているものかは判らないが、彼は牢に入れられているというのに魔王を庇っている。

 処刑される自分とは違い、何れは家族の許に帰り、美味い食事や清潔で心地の良い寝台で寝る事ができるのだろう。


 だが言っておかなければならない事がある、私の口が動く内に言わなければならない事がある。

「私と貴方では生きている世界も見えている景色も違うようだ、本当に貴方が魔王を賛美するならば、独り丸腰で外の世界に出てから、今言い放った言葉をもう一度演説してみなさい、本当に貴方が正しいのならば人々は貴方に拍手を送り賛美するでしょう。

 だが貴方はそんな事はしない、する訳がない、卑怯で傲慢で無能な貴族は現実を見る事を拒み、空想の中で人々を支配しては、自分を優秀な人間と思い込む、そして誰からも尊敬も敬愛されずに老い行く。

 預言しましょう、貴方が死の床で聞く最後の言葉は、息子や娘の愛情がこもった言葉でもなければ、妻の別れを悲しむ言葉でもなく、遺産目的で集まった親戚縁者の罵り合う声となることを、そして、そこで初めて惨めで虚しい人生だったと悟ることでしょう」


 これはもう考えて喋っているのではない、鉄格子の間に顔を押し付け右の牢に少しでも聞こえる様に叫んだ。

「貴方には貴方の人生がある、それは苦しく辛く惨めな時もあるだろう、しかし覚えておくがいい、貴方が食べる物も、貴方が飲む清潔な水も、貴方が貯め込んでいる金貨も、貴方が使う革も、貴方が使う椅子も机も寝台も寝具も墨も薪ですら、本来は誰かが使うべき物、貴方達はそれを勝手に使っているに過ぎない、何の権利もなく使っているに過ぎない、盗み取っているのだ。

 貴方が肥える分だけ誰かが痩せ細り、貴方が渇きを潤す度に作物は枯れる、貴方の富が増える度に誰かが首を吊る、貴方が上等な衣服を買う度に墓標に文字が刻まれる、貴方が生きているだけで多くの者が不幸になる、その事を忘れないでもらおう、それは事実だ、どんなに言葉で濁そうとこれは事実だ」


 何かが憑りついているかの様に言葉が溢れ出て来て止まらない、そして、鉄格子から手を放すと牢の中央へ歩き叫ぶ。

「嗚呼、神よ、嗚呼、黄金の玉座に座する神々よ、我々はこのまま搾取され滅びを待つ運命なのですか、我々はこのまま何をする事もできず、貴方の息子を迎えることなく死に行くのですか、なんと何と呪われた運命であろうか」

 両手を天井に向け、悲壮感を込めて叫ぶ、天界へ向けて叫んだ。


「無責任な奴め、本当に望むならばお前自身が魔王を斃しに行けばいい、存在しない英雄にお前の望みを押し付けるな」

 一体どの部分が彼を苛立たせたのだろうか、アービエルは語気を荒くして言う。しかしその言葉には対してはこちらも言い返さなければならない。


「レムリニアス以外にどうやって闇の大公を斃すというのだ、我々は魔法を使う事もできず、魔獣の大軍に対しても無力だ、それなのに、どうやって我々が魔王と戦って勝つ可能性が存在する。

 今は少しでも魔獣達の王の機嫌を損ねない様に我慢するしかないのに、お前は自分には関係ないと、他者を死の境地へ向かわせるのか、お前は自分が安心して生きて行けるからといって、最悪に嘆く者を馬鹿にするのか、ならばお前の心は腐っている、腐り果てている」


 鉄格子を叩く音がする、そして、アービエルはより一層怒気を強くして言う。

「お前達の期待が奴を死の淵へと追いやる、勝つことが出来るか判らない戦いに奴を追いやる、自分達では剣を振るう事なく、ただエサを与えられるひな鳥の様に自分達では何もせず、日が昇れば魔王が斃れ世界が平和になるなどと勝手な期待を懐き、あの男を直視しようとはしない、彼にも彼の人生があるという事を忘れ、ただ自分達の理想を押し付ける、それがどれ程残酷か何故解らない」


 彼の声に釣られてしまい、こちらもさらなる怒りが湧いて来る。

「何故期待してはならない、何故理想を押し付けてはならない。

 我々は人間だ、気まぐれでいい加減で移ろい易い人間だ。

 一年の内で一日でもいいから腹一杯になるまで飲み食いしたい、無給で他人の田畑を耕す事に時間を割かれる事なく、仕事のない日には存分に休みたい、酒を飲んで不平不満や人生を語り合いたい、夢を追い希望を懐き人生を謳歌し、その上で挫折を味わうのも悪くない、しかし、死を迎える際には良い時代に生まれた、幸せな人生だった、そう思いたいではないか。

 何故絶望の中に産み落とされなければならない、この混沌とした状況を怨み、唯一の望みである予言の者に希望や期待を懐いてはならないというのだ。

 そもそも、お前は彼ではないのだから私が何と言おうと勝手ではないか、お前に何が分かると言うのだ」


「なぜネイ・レムリニアスが人間を裏切ったと思う、彼の絶望を考えた事があるか。

 幼い子供に掛けられる期待がどれ程の重圧なのかを。

 死ぬ思い荒れる海を渡り、帰り着いた家には誰も待っていなかった時。

 積み上げた名声を嫉妬により剥奪された時。

 助けてくれた魔獣を人間に殺された時の憎しみ。

 信じていた女性に裏切られその首を刎ねる時。

 苦しむ友人を支える事ができなかった時。

 お前は理解できるのか」

 物語の副題を話す様にアーベルの人生を短く語る、しかし、そんな知ったかでは私を説得する事はできない。


「確かに彼の才能は素晴らしい。

 私は知っている。

 かつての世界には、闇の大公と予言の者が戦う物語が数多く存在したのを私は知っている。

 周りからの期待と自分の無力さを比べた時、少年の心に生じた卑屈な気分も解らないではない。

 半人半蛇の魔獣が人間に殺された時の怒りも、友人が殺されたと思えば容易に想像できる。

 旧知のウル王を処刑しなければならなかった悲しみ、正しくはないかもしれないが想像することはできる。

 しかし、私はアービエル・ネイ・レムリニアスではない、彼の男が健在ならば、発作的に起きる魔獣の軍団による暴走はなかったかも知れない、しかし、彼はその責任を放棄して消えたではないか。

 ネイ・レムリニアスの亡き後、どれだけの都市が魔獣により攻め込まれた、どれだけの住民が住む場所を奪われたと思っている。

 確かに彼には彼の人生があったのだろう、しかし、我々にも我々の人生があるのだ、彼の人生に共感できるならば、何故、我々に共感する事ができない、我々は過去に生きている訳ではないのだ、今を生きているのだ、今を生きる我々が救いを求めているのに、何故それを否定する。

 あの忌むべき大将軍は自分の高祖母が子供の頃に生きていた人物、祖先と同じ様に既に土の中で骨とも塵ともなり果てているはずだ、彼に共感するならば、我々の絶望にも共感してほしい。

 もしも、私が伝説に在るレムリニアスならば、今もこの城の大広間に据えられている玉座に座るあの男を斃しに行く、人々の絶望を愉しんでいるあの者を斃し、人々を恐怖から解放――」


「そうか、ライオネルはまだこの城に居るのか……」

 消えてしまいそうな位に小さな声でアービエルは呟く、危うく聞き逃しそうになるところだった、どうしたと云うのだろうか、私の様に自暴自棄に成っている人間ではなく、彼はここから出る事ができる人間ではないのか、誰も聞いていないとしても、魔王を敬称もなく名指しで呼ぶ事に恐怖を感じないのか、彼は魔王の治世を擁護していたではないのか。


「今の言葉を誰かが聞いていたらどうする、貴方には明日が在るのではないのか、帰るべき家があるのではないのか、護るべき家族がるのではないのか」

「お前の思い込みの話などどうでもいい、奴は今どうしている」

 単純な私の疑問に対して、アービエルは感情を込めず吐き捨てる様に訊ねる、腹を立て返事をしない選択肢もあったが、私はまだ彼に興味があったので、その言葉に従う。

 巷の噂話や風説で聞く限り。そう前置きをしてから、私はネイ・レムリニアス亡き後の魔王の様子を伝える。事情通でなくとも知っているはずの事柄を、誰でも知っているはずの噂話を。


 魔王はこの城から一切出ることも、玉座から立ち上がることもなく。

 最後にパルミュラ王と謁見した王都の行政長官を宰相に任命してからというもの、政治を含め全てを官僚に任せたこと。

 使用人を含めて全ての人間が城から追い出され、それに伴い大広間の門は閉ざされてしまい、王とは誰とも会うことができなくなったこと、

 新たに指名された歴代の宰相は、大広間の外で王の任命を受けるだけ。

 ある商人が言う話では、大広間の中から独り言ともうめき声とも取れない声が聞こえて来るらしいこと。

 私が話す間、アービエルは返事をするでもなく沈黙を続けた、一体に何を考えているのか、何を思っての沈黙であるのかは分からないが、先ほどとは違い空気が重く冷たくなった様に感じる。


 アービエルからの返事がなくなったので、私は床に座り壁に背を持たれて考える、このまま彼と会話を続けるべきかと、その時である、鉄の塊が床に落ちた音がした、何ごとかと思ったものの、手足を動かす気にはなれず首を横に向け鉄格子の方を見た、するとどうであろうか、それまで真っ暗だった獄内に明かりが射していた、通路の壁に掛けられていた松明に火が灯り、暗かった獄内を照らしているのだ。

 驚きの余り目を見開き通路側を見ていると、私の牢の前を通り出口に向かう人影が見えた。

レントスが感じている不満は、中世では当然とされる様な内容だけど、これをライオネルの統治の所為だと勘違いしている。

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