決戦・下
「我はレムリニアス、お前達が第一人者と呼び、王の中の王と称賛した者である。
我はこの大地の支配者であり法である、その我が目覚めた今、我の名と血を偽証し玉座にしがみ付く王達よ、お前達は地方の行政官でしかないにも係わらず、その権限を振りかざすは叛逆にしか過ぎない、この無法者達と心を共にして剣を持ち我に刃向うは、我を遣わした神々に剣を向けると同義である、お前達の魂は冥界の王に捧げられ、神々の暮らす宮殿の灯りを見ながら永遠に苦しむ事だろう」
最期の話し合いをすると思い出て来たゲルマネスを無視して、立ち並ぶ敵兵の表情が窺える距離まで馬を走らせ彼らに語り掛ける、すると農兵の戦列から不安の色をしたどよめきが湧き起こった、それを確認して自軍の許に戻るが、途中両軍の中央まで出て来ていた敵総司令官の怒りに満ちた視線が向けられる。
突撃を開始した魔獣五千の叫び声に呼応して両軍の騎兵が駆け出す、パルミュラ騎兵に向かう魔獣達は、人間の歩ならば一度休息を取らなければ息が上がってしまう距離を走り切る。
次に左翼キュキュンベル軍歩兵に組み込まれた軽装兵による、弩と弓矢及び投石が順次パルミュラ軍の歩兵に向けられる。
「ブランダクス、敵右翼の背後に予備兵力として騎兵が潜んでいるはずだ、奴らを抑え込みこちらに近づけるな」
親衛隊として残していたブランダクス率いる騎兵三百を放つ、これで完全に敵の右側面は無防備となったはずだ。
軽装兵による遠距離からの攻撃は白兵戦が行われるまでの時間を稼ぎ、その間にキュキュンベル軍の背後に控えている傭兵二万の内左翼の九千が動く、彼らは回れ左をして前進しながら三つに分かれる。
「このために半年以上もの時間を費やしたんだ、自堕落で使い勝手の悪いこいつ等を本物にするための時間だ、予備兵力として残していた訳でもなければ、恐れて敗走しようとするキュキュンベル軍を威嚇するために残している訳でもない」
自分にそう言い聞かせる、この作戦が失敗しない様にと。
戦場の遥か前方、砂煙の中で魔獣と敵騎兵が戦うのが一瞬だけ見えた、その光景は魔獣の圧勝だった、思わず「よし」と叫ぶ、これで良い、魔獣は人間に似ているがその体格は人間の比ではない、裸同然で武器も不揃いならば、隊列を整えた重装歩兵に正面から当たれば打ち負ける、しかし相応しい武具を与え隊伍を保つ事を教え込めば、魔獣は同数の重装騎兵とでも互角以上に戦えると思っていた。
我が傭兵九千は一息つく間もなく、砂煙の中を進むパルミュラ軍の右側面を正面に見る、元から耳まで覆う兜で前方以外はよく見えず周囲の声も聞こえない上に、騎兵の援護を信じて正面を向く事に慣れ切った敵は、砂煙とキュキュンベル軍及び弩兵の陽動により、完全に側面に対する警戒を怠っていた。
「角笛を吹き太鼓を打ち鳴らせ、そして歌い叫べ、敵に事態を把握させるな」
戦列に組み込まれた軽装兵による投石と矢と投げ槍による攻撃の後、傭兵達は卑猥な歌を歌いながら、従来通りの槍を構えて次々とパルミュラ軍の横腹に突撃を開始した。
警戒していなかった右翼からの攻撃により、パルミュラ軍の隊列からは助けを呼ぶ声や混乱を叫ぶ声が聞こえるが、その声は次々と到着する傭兵達の怒号と楽隊の音にかき消されてゆく。
「隊列を横に向かせる事ができないだろう、縦深と槍を長くし過ぎたせいだ、正面の敵にばかりに気を取られているからそうなる」
自らの長所により発展し、その長所により自滅する。
ゲルマネスが早々に側面の我々に気付き隊列を変化させたとしても、手許に在る十五個大隊を使い、正面を囮にして両側面から攻撃する方法も有れば、キュキュンベル軍及びポートルコの弩兵にその側面を襲わせる事も可能だ。
しかしゲルマネスは私の差し向けた親衛隊と戦っていたために、自軍が我々の陽動により想像した以上に戦場を移動している事にも気付く事ができず、パルミュラ軍の右翼と中央の隊列が崩壊し多数の脱走者が出始めると、自らの戦術が敗北したこと悟り逃走に転じた。
ランツ軍の騎兵はキュキュンベル伯が率いる五倍の騎兵を前にして、当初から士気が下がっており、開戦と同時に敗走を始める、これを見たランツの農兵は戦列から一歩も前に出る事なく逃走、一万の敵傭兵もこれに続いた。
キュキュンベル軍の歩兵が陽動のために後方に下がる中で、ウル軍はその場に留まり、最前列と側面が素早く地面に杭を打ち付け防柵とし、彼らはその内に籠る、勇気と蛮勇の区別がつかないネルツヒト騎兵は防柵に向かい突撃するが、投石紐や弓を使った攻撃により多くが負傷し、防柵に到達した者も槍に驚き騎馬が暴れたために落馬、騎馬が疲れて使い物にならなくなった時、左側面から突撃を開始したライトが率いる騎兵に降伏するしかなかった。
歩兵を騎兵の子供としか考えていないネルツヒト軍は、歩兵を騎兵の邪魔にならない様にと突撃する事を認めず、敗走する味方の騎兵によって損害を受けると共に、キュキュンベル騎兵の急襲とパルミュラ軍の敗走に怖気付き逃げ出すしかなかった。
ランツはこの戦いで王以外は完全に戦意を失うが、レムリア半島の技術者が造った攻城兵器による王都の破壊を見て恐怖し、三十日間の籠城の後に我々と同盟を結んだので、ヴェツアークの独立は担保された様に見えたが、ネルツヒトは私が送り出した特使を殺害して抵抗の意を示していたのでまだ警戒しなければならない。
私とライオネルにはこの戦いの勝利で得た成果は殆どないが、潜在的には対魔王同盟に参加していた諸国を動揺させたはず、予言の者を持たずに正統性のないパルミュラを盟主として敬っていたのは、その国力とゲルマネスの無敗神話を恐れていたからにすぎない、しかし今回の敗北により一つ以上の疑問符が付いたはず、パルミュラが偽者と吹聴していた私を本物の予言の者ではないかと思い、自分達の今迄の行いを恐怖し始めているだろう。




