決戦・中
ライオネル・エメラルダ・キュキュンベル伯アーベル・ヴェツアーク王フーダン、それに各司令官に属する指揮官を招集し、騎馬に乗ったまま彼らに演説をする。
「敵の布陣は当初の予定通り、計画に変更はない。
ネルツヒトの騎兵が中央に残ったままであるが、奴らに連携する意思も手段もない事が証明されたに過ぎない。
気にする様な事態ではない、敵騎兵の背後に立ち並ぶ歩兵は、開戦時には戦力から外れた事になるからだ。
それと私とライオネルが使う術に対して、過度な期待している者もいる様だから言っておく、我々は力を使わない、貴方達の実力を十分に発揮し、敵に負けた言い訳を挟む余地をなくすためだ、この戦いは純粋に人間同士の力と知恵で勝利を得る。だから魔獣も騎兵を補うために最小限の数にしたのだ。
其々に勝利を求める理由がある。
私とライオネルの最終的な目標はパルミュラ王コーネス・ネイ・シーダの退位とベイル家の再興であり、今回の勝利が諸君たちとの信頼の証となり、我が主の栄光に繋がると考えている。
しかし私は個人としてこの会戦の勝利を誰よりも望んでいる、何故ならば殺された我がアンネリーゼのためであるからだ、あの美しく自らを犠牲にした女性のために、女王が望んだヴェツアークの独立を維持するためだ」
騎馬に乗ったまま真剣な表情をした司令官達、その後ろに控える一千余の指揮官達から不安な表情は見て取れず、一通り彼らを見渡した後に解散を命じた。
「手足を失おうと敵に四方を囲まれ様と、我が国の市民は最後まで戦場に留まるでしょう。
レムリニアス様は左翼の指揮に集中し、憎きゲルマネスへの報復をお果たし下さい」
真黒の鎧を身に着けたウルの王女エメラルダが言う、いつもの様に眉一つ動かす事なく鋭い目つきのまま、彼女はこちらの返答を待たずに自陣へ向かう。
真黒な長い髪を軽く後ろで纏めたその姿、普段見ることのないエメラルダの姿に見入っていたが。
「勿論だ、貴女が率いるウル軍の戦いぶりは尊敬に値する、彼らならば騎兵を確実に防ぎ、戦いを勝利に導く事が出来ると確信している」
彼女の後姿に言う、少しだけ振り向いたその横顔は笑っている様な気がした。
次いでエッパー伯の長男で、今回ヴェツアーク軍の背後に隠した騎兵一千の指揮を任せているライトに声を掛ける。
「この戦いが終われば、エッパー伯領に向けて進軍することになるだろう、勿論負ければその限りではない。
一千の騎兵は少ない様に感じるかも知れないが、この会戦での貴方の役割は大きい、ウルとヴェツアークの両方に援軍を向けることはできない、よく考えて兵を運用してほしい」
ライトを見送った後、フーダンが発言する。薄くなった頭部の代わりに豊かな顎鬚を生やした老境の元小領主は、いつもの様に太股を叩いてから口を開いた。
「この戦いが終わったらどうする積りなのかねミリドーよ。
いやいや、ベイル家の再興を果たした後の話だ。
想像するに、その時の君は今の私と同じ位の年齢になっているだろう。
実はヴェツアークの王位継承権の第一位に君の名前を入れていることを明かす、無論、頂いた王位だから寿命になるまで保持する積りだが、十年後には世界の様子はかなり変わっているはずだ、その時になれば必ず、ポートルコやパルミュラの市民という立場以外にも、小さくとも一国の主であるという事が君にとって心の拠所となると思うのだ」
この傭兵隊長は私を信頼してくれている。彼は小隊長の時から私の意見を聞き入れてくれていた。
もしもフーダンと出逢わなければ、大国との戦いで疲弊して行くヴェツアークとウルを見ている事しかできなかったかもしれない、本心では国家の命運などどうでもよい、しかし事の推移を見守るしかなく、全ての事情を理解する事が出来ていない自分が存在したのかも知れない、その事態を想像するだけで恐ろしく、今日に運命を動かす事が出来たのはこの男のおかけだ。
私の返事を聞くことなく、フーダンはヴェツアークの戦列に戻って行った。
フーダンを見送った後、最後まで残っていたキュキュンベル伯と目が合う。白銀の鎧を着込み、長く伸びた頭髪は白く、痩せた頬に切り揃えた口髭と顎鬚を持つ初老を迎えた男、炎の中から私を取り上げた男。
優しく頷き微笑むキュキュンベル伯に対して、私は全員が居る場では言えなかった不安を口にする。
「フーダンは優秀な人物です、しかし彼の指揮するヴェツアーク軍は脆いでしょう、今回最も危険が少ない様に配しましたが、ライトが率いる騎兵を斃した敵に背後を襲われる危険がないとは言い切れません。
キュキュンベル伯、ランツ騎兵を降した後は敵右翼の歩兵を蹴散らしてください、しかし追撃を行うのは控えてください、敵の伏兵を警戒しなければなりません、私が騎兵達に直接言うよりもゲルマネス殿の元副官である貴方の口から言う方が良いでしょう。
そして、全軍が危機に陥った時は貴方の率いる一万の騎兵が必要となるでしょう」
私の言葉を聞いた伯は首を振り、優しく穏やかな表情を崩すことなく返事をする。
「あの傭兵隊長とその副官達は貴方を信頼してここまできたのだ、これに応えるために死も顧みず最後まで指揮を執るだろう。無用な心配はしなくともよい。
若きアービエルよ、それは私にも言える、私は貴方のために戦える日を待ち望んでいたのだ」
彼は眼を輝かせて予てからの望みを言うと、表情を暗くしながら話しを続けた。
「二十三年前のあの時、私達はパルミュラ王に権力を集約させる事が正しいと信じてエリスを襲撃した。我々にとってあの程度の事は日常だったのだ。
しかし炎の中から赤子を取り上げた時、虚構だと思っていたものが現実になってこの目前に姿を現した時、自分の行いが野盗のそれと同じ事に気付いた、そして同時に私の使命も悟った、この子のために全てを投げ出しその意に従うことであると、そう胸に刻み込んだのだ。
我々の心配などしなくともよい、貴方が考えた作戦が失敗する訳がない、人類の第一人者よ、既に貴方は勝利を手にしている」
伯には勝利の光景に輝く姿がすでに見えているようで、笑顔になったその表情からは狂気じみたものを感じたが、自信なく不安な表情をされるよりも圧倒的にましなものではないか。
「その決意見せてもらう」
伯は力強く頷くと、騎馬を走らせ騎兵達の許に戻って行った。
持ち場に戻った司令官達は兵卒達の士気を高めるために、各国の事情に見合った信念を語るだろう。私も後でキュキュンベル軍の歩兵と配下の傭兵達に演説をしなければならないのだが、今はその前にライオネルを励ましておかなければならない、あのパルミュラの元王子は優しすぎる、この後に及んで話し合いで解決できるとか一滴の血も流したくないなど考えているかもしれないからだ。
「慌ててどうした、作戦に変更はないのだろう」
持ち場に戻るライオネルを引き留める、黄金に輝く鎧を身に着け馬に乗る彼は、こちらを振り返らず真直ぐ前を向いたまま返事をした。病による後遺症のためにその右半分は仮面により見えないが、左の目元や口元から読み取れる表情を見て安堵する。
「貴方がまた流血を嫌がっていたら説教をしてやろうかと思ったのだが、私の杞憂だった様だ」
「今もその様に考えているが、今回は君の言に従い非情に徹する、それが正しい事だとは思わない、だがコーネスが王位か退かない限り流血は続く、ならばその間に失う命を少なくするために行動すべきだと判断した」
ライオネルも大丈夫だ、立派にパルミュラ軍騎兵の相手を務めてくれるだろう。
「この様な体にされた事、約束されていた王位を簒奪された事、あらゆる手段で名を貶められた事、これらに対して私はもっと怒りを懐いて良いのかもしれないな」
ライオネルは呟いた。
その言葉は遅すぎるとしか思えないがそれもそのはずだ、初めの内は噂の通り正々堂々とした性格だと思ったがそれは違った、憎しみや怒りは相手を同格と見なした時に起きる感情、彼は王になるために生まれた男、人の上に立つ事を幼い頃から当然と考えて来た男、何者にも対等な感情を懐くこともその精神が揺らぐことのない存在。
もしも、ライオネルにその気高い意志がなければ、志半ばで生を終えた者の声に心を奪われていれば、ボナリウスの手も私の手も借りる必要などない位に、この戦いは始めからライオネルの勝利で終わっていたはず、我々が内に秘める力は、我々自身でも想像ができない程に強力で底が知れないもの、それは今から始まる会戦も馬鹿らしくなる程の力。




