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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第七章
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決戦・上

 ランツの南東、隠れ潜む森も迂回しなければならない丘も存在せず、五世代前に行われた上流部の灌漑事業によって土地は乾き、僅かに降る雨も草木を地中深く根付かせる事はできずに枯れ果ててゆく土地。

 この大地に立つのは、十五万の歩兵と一万の騎兵を擁するパルミュラ・ランツ・ネルツヒトの連合軍、西の大国として名の知れたこの三国と向き合うのは、ライオネル・ウル・ヴェツアーク・キュキュンベルの連合軍、私が率いる二万余の傭兵を入れても約七万の歩兵と一万一千余の騎兵のみ。


「すごい数」

 私の肩に座る握り拳ほどの大きさしかない者が話し掛ける。

 人の形をしているそれはもちろん腕も脚もある、しかし手と足の先には指の代わりに二本の鉤爪が伸びており、紅い頭髪は陽の光を反射して輝き、その背からは虫の様に透明な四枚の羽が生えている、奇妙なのはそれだけではない、顔を見れば良く磨かれた宝石の様に瞳のない真赤な眼球が填め込まれており、些細な表情の変化は感じ取れないが常に口角を上げ笑っている様な顔をしている。

 この小さき者は人々が精霊と呼ぶ存在、この個体の名前はミーミン、高音の声色は女性の様な雰囲気を持つが、衣服を身に付けないその体には、胸の膨らみや乳頭はなく、生殖器も排泄器官も見当たらない、生物としての概念がない存在。


「ランツとネルツヒトの歩兵は国土を防衛するために集まった志願者ではない、殆どが強制的に集められた農民だ、経験不足で戦闘に投入されたとしても我々の戦列を突き崩す様な力はない。

 残りを占める傭兵もあらゆる地域で残忍と非情で恐怖されているが、幾許かの経験により農民との差が存在するだけ、実態は経験不足で戦列を組む意味を理解していない者に対して強気にでることができるだけで、奴ら傭兵も農民と同じで纏まりのない無秩序な集団にしか過ぎない。

 ウルやヴェツアークの市民兵が最強の名をほしいまましているのが良い証拠、しかしそれすらも千年以上前に行われていた殺し合いではなく、身代金や商売に重きを置く現在の戦闘方式での話だ。

 歩兵だけの話ではなく騎兵も同じ、黙読も満足にできない貴族は背を向け逃げる烏合の衆に向かって突撃する事しか知らない、隊列を整えた槍兵や遠距離からの攻撃に対して無力である事を未だに理解できず、一度の突撃でその役割を終える無能者達ばかりだ。

 我々が最も警戒するべき相手は、見世物の延長線上で戦争を考えることのない、パルミュラ王コーネスの弟で現在最も有能で有名な傭兵隊長ゲルマネスだ、そして彼と共に魔族に加えて北方の蛮族との戦いで鍛えられた傭兵達、彼らこそが本当の技と勇気を持つ精鋭と称すべき存在だ、この会戦では彼等を斃す事が事実上の勝利となるだろうな」

 どうせ理解できないだろう。そう思いながらもミーミンに語り掛ける。


「突撃の合図を出さずに三日、幾ら頭で理解していようと、戦闘が始まれば相手の数に怖気付く者も出て来るかも知れないか……」

 我々の戦列の内訳は、中央にウル軍一万六千、右翼にヴェツアーク軍一万七千とその背後に騎兵一千を隠し、最右翼にキュキュンベル伯が指揮する一万の騎兵、左翼はポートルコの弩兵二千を含むキュキュンベル軍の一万に、精鋭の傭兵二万がその背後に就く、そして、最左翼にライオネル麾下の五千余の魔族が並ぶ。

 我が軍の戦列の長さはネルツヒト軍と殆ど同じ。


「我々の戦列の短さを見て、相手は勝利を確信して笑っているだろか。

 だが相手の戦列に合わせて縦深を減らす様な愚かな真似はしない。

 この戦いは騎士による華やかな騎兵戦でもなければ、傭兵達による流血を必要としない戦闘でもない、歩兵により行われる殲滅戦だ」

 若いヴェツアーク王の死により、ウルとランツがその王位を巡り小競り合いを始める、パルミュラがウルの支援を決めた事でランツとネルツヒトの同盟という事態に発展、隣国であるが故に互いを敵視していた両国であったが、この同盟を予想していた者は多い。

「だが最終局面となった現在、両国にとって最大の仮想敵国であり、当初はウルの支援を宣言していたパルミュラと手を結ぶなど、この事態を想像できた者は少なかっただろうな」


 ミーミンに語りかけている積りで喋っていたのだが、気が付くと小さき者は肩に座ってはおらず、はるか上空で仲間と羽を羽ばたかせて遊んでいた。

「本当に独り言になってしまったではないか」

 ただでさえ独り言が多い上に、常人には見えない者に語りかけている姿を見て兵士は気味悪がっているというのに、こんな高所で独り言を言わされるとは、暫くアレと話すのは自重しよう。



「右翼のパルミュラは軍旗の数から歩兵が三万、全員が完全武装し、我々が使う物よりも長い槍を装備しています、騎兵は五千余、それと総司令官ゲルマネス殿を右翼後方に確認しました。

 中央のネルツヒトは軍旗の数で計算すると歩兵は四万となりますが、実際には八万を超えると思われます、ただその半数以上が十分な装備を身に着けておらず、武装しているのは二万程と思われます、騎兵は三千で確実かと。

 左翼、ランツの歩兵は三万、十分な装備を身に付けているのは一万程度で、騎兵は二千に満たないようです」

 櫓を駈け上がって来た物見の兵が報告をする。

 想定よりも騎兵の数が少ないのはランツ国内に留まっている事が影響したのだろう、この国の騎士階級や有力な商人は最後まで王の援軍要請を無視したようだ。

 我々に忠誠を誓う使者を送らずに独立を保つ事が出来ると考えているのか、弱者の中立など強者を利するのみ、信用に値しない配下を持って哀れなことだ。


「全司令官に作戦の変更はないと伝えよ」

 伝令を各戦列に向けて走らせた。

 ランツやネルツヒトが騎兵を歩兵の正面に置いているのに対して、こちらから見て左に位置する右翼のパルミュラ軍は、騎兵を歩兵の右側面に移動させており、遠目だが櫓の上から観察すれば、歩兵も装備が統一され乱れもなく綺麗に並んでいるのがよく見える。

 ゲルマネスは情報通り魔獣が歩兵と騎兵の特性を持つ事を悟り、従来のように歩兵を騎兵の飾りと侮ってはおらず、歩兵を実際に使える戦力としなければ対抗できないと気が付いているようだ。

 正面の敵に整列させたまま突撃を命じるならば、長い槍を使う方が有利なのは当然のことだが「どちらがより長い槍を使うか」その様な愚かな競争はしない。

 長く黒い髪を後ろで固く縛り筋骨たくましい肉体、左の頬から口元まで長く細い傷跡を持つ男の顔を思い出す、白髪交じりの痩せた顔ではない、十三年前のゲルマネスを思い出す、自らの経験を語る叔父さんの顔を思い出す。

「貴方の思い通りにはなりませんよ、ゲルマネスさん」

 かつての師に対して呟く。


 ヴェツアーク軍は戦列を後退させ、キュキュンベル伯が率いる一万の騎兵が右翼からさらに右に移動を始める、最左翼のライオネル軍と左翼に置かれている歩兵もパルミュラ軍の正面に移動する。

「さぁどうする、これでランツの歩兵は完全に、ネルツヒト軍の歩兵も半分が遊兵と化した。背後を衝かれる事を理解しながらその場に留まるか、それとも自軍より三倍はある騎兵と戦う事を選ぶか」

 ランツは必ず騎兵を歩兵の側面に移動させる。中央のネルツヒトが突然戦術を理解し騎兵と歩兵の位置を入れ替えても良い、彼らと対するウルの槍兵ならば戦列を乱す事無く十分に持ち堪える事が出来るし、隠している騎兵一千が奇襲を仕掛ければ相手の騎兵は総崩れとなる。


 この半年間ランツ国内に留まり続けていたのは、道に迷っていた訳でもなければ、食糧を求めてさ迷っていた訳でもない、お前らが集結する前に叩く事もその王都に侵攻する事も隘路で待ち構える事もできた、だがそれを行わない我々を無能と思い侮ったか、違うな、全てはこの日のこの場所で会戦を行うための陽動だ。

「敵の出方は殆ど予想通りだ、後は味方が作戦通りに行動してくれるかが問題になってくるか」


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