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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第六章
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盟約

 休耕地を覆う薄氷は融け、耕された土に種が蒔かれる、少しでも高く商品を売ろうと商人は危険を冒して森を通り抜け、市場からは家畜の鳴き声が聞こえてくる。宮廷で陰謀と策略に時間を割くのを止め活動を開始する時が来た。

 私は王都に籠る傭兵に招集を掛け進発の号令を出す。

 冬の間に行っていた訓練と軍規の徹底と元傭兵の盗賊団との戦闘によって、怠け者で自堕落な傭兵達の性格は変化し、仲間意識に加えて、上官への忠誠心と恐怖によって規律正しくなっており、彼等は号令が掛かると、何処へ何のために行くのか、その理由や動機などを知らずとも整列し、私が命じるがまま王都を進発する。



 二十年前は市壁もなく寂れた街だったカイノスの近くには、マニシッサ河でも特別大きな中州が存在し、ヴェツアークで最初に魔獣が侵入する可能性が高いとされていた、勿論その側に在るカイノスは真っ先に攻撃を受けると認識されており、市壁や穀物庫が建造されると共に、防衛のために一部の税が免除される事を条件に、半強制的に移住者が呼び込まれて人口が増える。それに加えてヴェツアーク王ジョルジュと市民兵の半数が毎年この街で冬営していたことで、商人の往来が増えて経済的にとても豊かになっていた。


 人の歯を抜く事を趣味とし、浮かべる事のできない船の建造を計画しては職人と共に汗を流し、輿に乗ることなく国民と同じ目線で歩く、ジョルジュが持つ人の良さはカイノスの人々にも好かれており、彼等のアンネリーゼを含めたキンナ一族に対する哀惜の念は強く、ウルが擁した新たな王に対しては反感を持ちつつも従うが、昨今新たに王位に就いたフーダンに対しては強い不信感を持っており、例え予言の者が率いる軍勢であってもその市内に入れる事を拒んだ。


 攻囲戦の訓練にカイノスを利用しようかと思ったが、言う事を聞かないヴェツアークの兵士などは市壁の内に居てくれた方が良い、その様に私は判断すると、中州の防衛に残された三千余のヴェツアーク兵に給料を払ってその任を解き、代わって中州の防衛に配下の傭兵を就ける。


 数日遅れてウルの市民兵二千余を率いたエリザがカイノスの市域内に到着する。

 鎧を身に着け騎馬に乗った彼女に出迎えの挨拶をすると共に、ウルが収集した戦況が伝えられる。

「ランツ王は再び貴族達に奉公を求めている様ですが、貴方の噂を聞いた高貴な人々は、王の召集に従わずに日和見な態度を決め込む様です、その上さらに貴方が冬の間に兵を率いて無法者を討伐しておいた事で傭兵の集まりも悪い様子、金を持っていても兵を集めるのに時間が懸かる様です。

 ネルツヒト国内の高貴な人々も貴方の出現に勇気を得た様で、ネルツヒトは国内の混乱で暫くは動ける状態ではなくなりましょう。

 キルキア内で北方の蛮族と戦うラドベルの軍は、ゲルマネス将軍の様には行かずに苦戦している様子、冬前に補給地を奪われたために軍の再編に手間取っているとこの事、さらに同国の北部はすでに蛮族の侵入を許したとの報が齎されております。

 パルミュラ国内から進発したパルミュラ軍の様子は、私よりもキュキュンベル伯の方が詳しいでしょうから、伯の到着を待って報告を受けてください」


 陣営を築き数日後、キュキュンベル伯が百余の騎兵を率いて到着、その翌日にエッパー伯の代理として彼の長男ライトが十騎を率いて到着、その後も幾つかの国と都市の有力者が遣って来る。

「ゲルマネス率いるパルミュラ軍三万五千は、三に分かれてエッパー領を侵攻しております、我が軍の攻撃により幾らかの損害を与えることは可能でしょうが、秋を迎える前に同国の有力者達はパルミュラ王に忠誠を誓う事になるでしょう。

 我々だけの軍勢では河川を掌握する事は不可能、もしも海上を制圧し、パルミュラ軍の許に届く補給を半分でも減らす事ができればその行軍を遅らせ勝機も出てきましょう」

 自領内で展開していた戦術をエッパー伯領内で展開しようとしているキュキュンベル伯、彼の言葉はその場に居るポートルコの使節団に対する支援要請だった。


「やはり、ランツ王や帰ってしまったパルミュラの貴族連中は来ない様ですな。

 彼らが来れば、僅かながらでもパルミュラ王を動揺させる事ができたでしょうに」

 フーダンはそう呟く、彼もこの面子で出された決議が効力を発揮するのは不可能と見ている。たしかに冬の間に各国に向けて和平会議を宣言し、自分の名で使節を派遣していたが、予言の者か疑わしい男への返事を躊躇い、殆どの国は使節を無視して追い返した事を思えば、委員会名義の使者を派遣したポートルコはまだ誠実である。


 フーダンの心配は理解できるが、私としては技術を持ちメッサリカに強い影響力を持つポートルコさえ味方に引き入れれば後はどうでも良い、来なかった連中に対しては、来なかった事を理由にこちらの正当性を主張できる。

「なに噂が広まるのが少し遅れるだけのこと、この状況はそこまで深刻とは言えない」

 フーダンの問いにその様に応じるが、私が今待っている人物に比べれば小鳥の羽一枚分の重みもない連中だ、重要なのはこれから、本当に彼が現れるかどうか。


 相手も自分と同じと考える程に正々堂々とし、船に乗るのが好きで、汚れるのを構わず泥にはまった馬車を押し、食事に困っている人を見れば自らの指輪を差し出す様な少年、尊厳を傷つけられる様な噂を流され、得るはずだった全てを奪われた少年、二十年以上の長い年月が経っても純粋な心は残っているのか、気になるのはそれだけ、我等は剣と楯を使わなくても良い戦い方を知っている、もしも人類の全てが敵に就こうと関係ないではないか。



 兵卒達は対岸を向き整列する


 マニシッサ河から風が吹く


 その生暖かい風に全員が何かを感じ取る


 そして河の対岸に広がる森から怒号と共に砂煙が立ちこめた


 だが冬の間に行っていた訓練により逃げ出す者はいない


 高貴な者達は息を飲み事態の推移を見守る


 対岸に現われたのは魔獣の軍勢


 その中で黄金に輝く鎧を着込む男がいた


 魔獣が担ぐ輿に乗る男の名はライオネル


 彼は船に乗る自分と各国の貴人を待つ


 恐れる者は誰もいない


 皆がこの意味のない地で起きる事を想定できていた


 何が起きるか理解できない者は我々を拒絶した


 彼等は今日この場で起きた事を知って後悔するだろう

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