後悔と決意
四十名余が磔刑に処され、杭に突き刺された無数の首級と首のない胴体が山積みにされている。それはローレン諸島で静かに暮らしていたミュンヘム族だった。
上半身は人のそれに似ているが、腰から下の足となる部分は蛇のそれと同じ様に鱗を帯びた長い尾になり、生前は髪や肌の色は人類のそれとは違う色彩を放っていたはずだが、いつかどこかで見た顔が在ったかも知れないが、蛆に集られるほどに腐りその顔を判別する事はできない。
レムリニアスの呪いから解放された彼女達は海賊と戦ったのだ、逃げ延びた海賊はルータニアンに援軍を要請したのか、勢力を失った海賊からルータニアンへと海図が渡ってしまったのか。
「――魔王軍の襲来という困難にもめげず、この魔獣達を島から駆逐する事に成功したカイザル王子ですが、しかし、しかぁしッ、帰還するために船に乗り込んでから十日後の事、最後の最後という所でございます、嵐の中それは現れたのです。
子供を殺され逆襲に燃えるウリンダロス、彼の怪物は我等の勇者たちが乗る船に襲い掛かりました、次々と、次々と沈む船、その中にカイザルの乗る旗艦イリダスもあったのです、そして、そして、王子と共に一万余の勇者達が海の中に消えたのでありました。
カイザル王子の死を聞いた我らの王その名も偉大なバルジャン様は、英雄達の霊を慰めるために逃げ延びた船に乗っていた全ての捕虜を処刑したのです、そして、そして、そして、その死体が目の前に在るこの山でございます」
長い独演の後、語部は首級の山からその一つを手に取り通行人にかざす、掴んでいた髪の毛が頭皮ごと抜け落ち頭骨が地面に転がる、それを見た通行人から悲鳴が上がり、口々に呪いの言葉を発すると馬車を走らせた。
止めろ、そんな言葉を言うな、彼等をそんな風に扱うな、彼女達が何をした、島で静かに暮らしていただけなのに、英雄談になるために殺したのか、彼等は殺されるために生まれたのではない、膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、何とかその場から離れ近くの森の中に入ると、脱力してそのまま座り込む。
「失敗した、失敗した、失敗した、残っているべきだった、残っていなければならなかった」
待ってもいない女のため、誰も待っていない家に死ぬ思いまでして帰る必要などなかった、何故、何のために帰って来たというのか、彼等が懸命に戦っている時に自分は何をしていた、何をしていた、何故傭兵という愚かな職業に満足し、彼女達の許に戻る努力を怠ったのだ。
戻りたい、五年前のあの時に、自分があの場所にいたのならば、一握りの情けもかけることなく海賊達を皆殺しにその船を海に沈めたのに、島の場所がルータニアンの連中に洩れない様にしたのに、どれだけの大軍が迫ろうとも自分がどうなろうと関係ない、彼女達を解放したのだからその安全が確認されるまで、その確証が得られるまで島に居るべきだったのだ、自分にはその責任があったのに、島を離れる際に呟いた言葉を激しく後悔する。
「ちくしょう、ちくしょうが、いつもそうだ、いつも失敗ばかりだ、何もうまく行かない、何もできない、無力だ、無力で何も成し遂げられないのか、何をしているのか俺は」
そうだ、何をしている、こんな所で脱力している場合ではない、島に戻らないと、生き残りがいるかもしれない、そう思い来た道を引き返そうと歩き出すが、直ぐにその足を止めて考える、生き残りが居たからといって自分が行ってどうなるというのだ、彼女達に会ってどうするというのだ。
この大陸で自分がやらなければならない事がある、あるはずだ。
再び歩き出す、総督府は何処だ、本当に全ての捕虜が殺されたのか、先ずは総督府の地下牢を確認しなければ、次に総督自身から捕虜の生き残りがいるかを聞き出さなければならない、それとこの作戦に参加した指揮官の名簿があるはずだ、探し出した指揮官から兵卒の名簿を手に入れよう。
「殺してやる、見つけ出して全員を殺してやる、ミュンヘム族と同じ様に串刺しにして殺してやる」
開戦を決断したルータニアン王は思い付く限り残酷な方法で殺してやる、爪を一枚ずつ全て剥がし、瞼を切り取り、足先から切り刻まれてゆく自らの体を凝視させてやる、睾丸を千切り取り口の中に詰め込んでやる、この世に生まれた事を後悔するほどに苦しめてやる。
今の自分に出来るのはこれくらいだ、報復する事もできない彼らの代わりをしよう。そう思うと少しだけ心が安らぐ。
「でも、どうやって」
どうやってそれを実行すると言うのだ、立ち止まり天を仰ぎ見る。
どの様にして総督府に潜入するというのだ、そうではない、潜入し名簿を盗む事も総督どころかルータニアン王を暗殺する事も可能だ、しかし、どうやって数万を超える傭兵や農兵を見つけ出して殺すというのだ。
それだけではない、身分を偽る盗賊や無法者をどうやって捜し出す、今の自分に何ができる、軍を組織する様な権力も権威なく、傭兵として積み上げてきた栄光への道は崩れ落ちた、名誉を回復できる機会が巡って来るのは何時の事になるだろうか、時間が立てば経つほど目的を達成するのは困難になるのではないのか。
誰の協力を仰げばいいのか、パルミュラ王に協力してもらい軍勢を借りる方法はどうだろう、仮に自分がアービエルであると証明する事ができても、その代りの条件としてどんな事を要求されるのか、魔王軍と戦えというのか、自分の目的は友であり命の恩人である魔獣を殺された事に対する報復であるのに、その様な要求に応える事はできない、そもそも魔獣のために軍勢を出す事など認める訳がない。
それに遠征軍にいた兵卒の中にもローレン諸島へ行っていた奴がいるのではないだろうか、傭兵を使い戦いを挑むのは難しいか、だからと言って国家を相手に独りで何ができる。
何もできない、自分独りでは何もできない。
「あゝ、何て惨めだ、何故だ、何故なのだ、何故自分には何もないのだ、力が欲しい、軍勢がこの手に在れば彼らの無念を少しでも晴らす事ができると言うのに」
そう言いながら、天に伸ばした両手を強く握り締めると顔を覆い、余りにも惨めで、無力な自分に苛立ち、声にならない叫び声を発した。それから思いっきり息を吸い込み、今度は力の限り叫ぶ。
「何が予言の者だ、何もできないではないか、魔王を斃す者だと、今の俺は人間をこの世から消し去りたい想いで一杯だ、レムリニアスよお前は嘘つきだ、嘘つきで傲慢で欺瞞でこの世の禍の全てだ。
お前さえ存在しなければ、予言なんてこの世になければ。
もうイヤだ、もうイヤだ、もうイヤだ、もうイヤだ、こんな人生もうイヤだ、誰か何とかしてくれ」
膝と両手を地面に付き、独り森の中で叫ぶ。
「アービエル殿泣かないでください、誰も貴方の事を恨んでなどいません、あのまま何も知らずに殺される仲間を見送る愚かな事をせずに、自分達の運命を決断する事ができました。皆は悪夢から目覚めさせてくれた貴方に感謝していました」
頭上から声がして振り向くと、そこには木の幹に蛇の様な下半身を巻き付け、葉の隙間からこちらをのぞき込むダムロがいた。
「ダムロ、ダムロなのか、幽霊じゃないのか、本当に君なのか、生きている君なのか」
木から下りて来たダムロと手を取り合い、再び涙が溢れ出て来て膝から崩れ落ちそうになる、そんな自分をダムロは支える。
「自分はこんな結果を望んでいた訳ではない、君たちを自由にしたかっただけだ、それがこんな事になるなんて、許してくれなんて言わない、俺は君たちを見捨てたんだ、自分が家に帰りたいばかりに自分の事だけを考え、身勝手で自分勝手な行動をしてしまったんだ、自己満足で君たちの種族をこんな絶望に突き落としてしまった」
ダムロは静かに首を振り、優しい声色で言う。
「それは、別れの挨拶もなしに旅立った事は残念に思いましたよ、オリームも貴方が無事に帰る事ができたのか、最後の最後まで心配していました」
ダムロは話してくれた、海賊との戦いで死んでしまったオリームの事、魔王軍の船も関係なく襲うウリンダロス、子供達と共に魔王の船に乗るダムロ、そして島に残り戦う事を決めた大人達。
「船に乗って逃げ延びたのは子供達と自分だけですが、僅かですが傷付きながらも海や森に潜み生き残った大人もいます。
大丈夫ですよ、これだけ生き残っていれば少し時間は掛かると思いますが島を再建する事はできます。再建しなければなりません、自分が生き残ったのはそのためなのですから」
島で出逢った様々な顔を思い出す、彼らがどの様にして戦ったのか、どの様な想いで戦ったのか、それを想像すると悲しくて悔しくて再び涙が溢れ出した。
ひとしきり泣いてから、息を整えダムロを見る。
「君がここにいるのは、遺体を回収するためなのかい、しかし独りでどうする積りだったんだい」
「貴方と共に協力してです、貴方がここに来る事をライオネル様から教えていただきました、貴方ならば必ず協力してくれるだろうと」
ライオネルとはあの魔王の事か、魔王は君が自分と協力する事を許したのか。
「ライオネル様です、あの方を魔獣の王と呼ばないであげて下さい、あの方は人間と戦争をしている訳ではありません、自らの王位を認めない王達と戦っているだけで、貴方と同じ様に心の優しく、貴方と同じ様に自らの運命に逆らおうとしている人間です」
ライオネルは自分と同じ人間……
「これ以上はあの方に付いて何も言う事はありません、私が見ている物と貴方が見ている物が同じとは限りませんから」
ライオネル・ネイ・ベイル、堕ちた神に魂を売り払い人間に戦いを挑んだ男、しかし単に人間が彼を敵と呼んでいるだけで、彼自身は人類を恨んでいる訳でないのか。
取り敢えずこの話は置いておこう、それで何か策は在るのか。そう聞くと、ダムロは首を左右に振り、何も策がない事を認める。
「あの様な姿の仲間を人間達に晒すのは絶えられません、持ち運ぶ事ができないのならば、せめて骨の一部でも持ち帰りたいものです」
「そうか、協力させてくれ、君は子供達のために傷一つ負ってはダメだ」
自分は立ち上がり頬の涙を拭く、そして深く深く呼吸してから、背嚢に入れていた護身用の剣を取り出す。
「もう終わりだ、終わりにしてやる」
ダムロに待っている様に言うと、森を出てミュンヘム族の遺体が積み重ねられている十字路に向かう、自分でも途轍もない形相をしている事が分かっていた、語部は自分の持つ剣と人相を見て恐怖の顔を一瞬するが、直ぐに意を決した顔をすると言った。
「オイ、お前あっちに行け、この遺骸を傷つければルータニアン王の勅令に触れる事になるぞ、お前の恨みは解るがここに在る魔獣の遺骸は王の所有物だ、落ち着いてくれ」
「黙れ、兵士でも王でも何でも勝手に呼んで来ればいい」
近づいて来る語部に冷たく言い放ち、剣先を指に当てて血を絞り出し唱えた。
「オルディニスト アーベル フラーマ コンビシィット」
ローレン島を出る時を思い出す、もう二度と唱える事はないと心に決めていたはずなのに、どんな些細な事であろうと他者の自由を奪う事等許される訳がない、その想いを封じて小さき者達に命じた。
精霊は集まり死体の一つ一つを取り囲む、そして炎が生まれ火柱となりミュンヘム族の遺体は瞬く間に焼き尽くされて骨となる。
語部は目の前で起きた事に驚き地面に尻を着く、都市に入るために十字路を通りかかった商人は、目の前の光景に驚き乗っていた馬車を捨てて、神の名を叫ぶと来た道を走り去る、市壁の上から緊急を知らせる叫び声が聞こえる、この様子を見ていた兵士の叫び声だ。
振り返り都市の方を見ると、市壁の上と市門に兵士が殺到し、剣を抜きこちらの様子を窺う、だが恐怖で動けないようだった。
自分はまだ血が流れる左手を振り上げる、大きく息を吸い込み、大声で叫んだ。
「ゲヘナ ヌウルベム キルキム ダーティッ」
市壁の周りから炎が湧く、その炎は市壁よりも高く上がり、炎に包まれた兵士達の叫び声とそれを見て恐怖する者達の悲鳴が響き渡る。
――誰が死のうと構うものか――
仲間の遺灰を壺に詰めそれを背負うダムロ、彼は別れ際に言った
「先ほどから、貴方を監視している人がいますよ、今も森の中でこちらを見ています、敵意とか殺意は感じません、寧ろ先ほどの魔法を見て腰を抜かして怯えている様です」
あの森も多くの森と同じ様に諸侯の私有地であろうから、自分が無許可で入った事に対して警戒心を懐いていた番人だろう、気に掛ける事はせずに僅かに頷き、ダムロが森の中に消えるのを見送る。
市壁を囲む炎はまだ燃えてはいるが、その勢力は弱まっている様で彼方の景色が透けてきている。
ミュンヘム族の仇である傭兵ごとあの街を焼き尽くそうかと思ったが、それでも関係のない人間があそこにはいる。だが開戦を支持した者を許す事はできない、十字路の真ん中に剣に突き刺しこの道を封じると。
「ここにこの者達の霊廟を築け、王の物よりも豪華で巨大な物をだ、さもなければお前達を全員殺す」
呆然とし地面に座り込んでいる語部に向かい吐き捨てると、自分は商人が残した馬に乗りその場を立ち去った。




