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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第五章
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追放

 十日の猶予を約束した総司令官が退去すると共に衛兵から解き放たれるが、立ち上がる事もできずに地面に両手両膝を着き、そのままの姿で息を整える。

「君は何をしているのだ、折角エッパー伯領での戦闘と今回の接収で十分な収穫を持ち帰った事で、この戦役では他の誰よりも功績を上げ信頼を得たのに、この様な愚かしい行動に出て一体どうする積りだ、自分の命と捕虜の命を同列に置くなど愚かにも程がある。

 部下の事を考えたのか、君が失敗すれば部下はどうなる、中隊長が処刑された不吉な部隊として忌み嫌われる事になるのだぞ」

 フーダンとパミットから叱責されるが、それはどうでもいい、都市の攻略後の問題に対し自分はまだ総司令官に頼み事をしなければならないのだから、この行動を反省などする積りはない。


 その日の夜、捕虜を助けるために市内から兵が出て来るのではないかと期待したが、レッタの市門が開かれる事はなかった。帰還する敵に対して並行追撃し市壁の中に入り込めるかと考えていたが、行動に至ることなくこの戦術は潰える。

 接城土手の完成はまだかなりの日数が掛かる、坑道も掘られているが、敵の攻撃によって進まないどころか、夜中の内に埋め戻されている有様だ。

 十日の内に市内の食糧が尽きたりする奇跡は起こりえない、ここまでの攻防から見て市内の意志は統一されているから叛乱などは起きないだろう、存在しない叛乱分子とは接触する事もできない。

 無産階級に土地を与える事を約束すれば、市壁内に居る有産階級との間に疑心暗鬼を生む事が出来るかも知れないが、既に捕虜の一人が処刑された事を考えれば、あの総司令官との約束を信じる者はどれ位いるだろうか。

 待っていてもこの都市を落とす事はできないのなら攻めるしかない、接城土手も坑道も掘らず、もっと直接的な方法であの壁を攻略しなければならない。


 六日後に作戦の決行を決めた自分だが、全軍を挙げての総攻撃を掛けなければこの作戦は成功しないので、総司令官にもう一度面会を求めると共に、その席で彼に更なる注文を出した。

「承服しかねます、あの巨大で堅牢な都市を落とした褒美が、たかが捕虜数十名の命と私如き粗末な者の命では釣合いが取れません。

 褒美として私が求めるのは、レッタの住民全ての命、彼等には自身の身代金を支払う代わりに、略奪と一切の処刑を命じない事を誓っていただきたい。

 それともあの都市の陥落に貢献するというのは、その程度の褒美も頂けない程の物でございましょうか。

 ならばいっそのこと豊かで略奪の甲斐があるランツに向かうべきでしょう」

 目の端に見えるアービエルは不満と怒りを滲ませていたが、余程追いつめられていたのか約束する事を明言した。

 言うべき事は言ったし、取り付けるべき約束は取り付けた、後は自分の任務を成功させればいいのだ。



 六日の深夜から行動を開始する、配下の中隊から十人隊を四個、軽装備の徒歩と弓兵及び弩兵のみで倍給兵もいなければ馬もいない、馬の嘶く声も鎧が擦れる音も敵に聞かれる訳にはいかないからだ、彼らと共に西の市壁に近い森の中に移動してそのまま夜を明かした。

 周辺に潜む敵の伏兵はフーダンとギノウスが接収部隊を派遣したことで出払い、さらに秋が近づき森の中は包囲を開始した当初よりも薄暗くなっているので、顔を泥で汚し息を潜める我々を発見することは相当に困難な事となっている。


 その上さらに自分達が目的とする西の市壁は、到着した頃には存在しなかった日影が現れており、まだそこには闇夜が留まっているかの様に暗い、こんな攻囲に最適な場所だが、崖の高さを合わせても壁の高さは四十ペキュス(二十メートル前後)はあるために壁に取り付こうと考える者はいない、防衛側もこの場所から攻め込むとは考えないから見張り塔も他の防壁に比べて離れているし、警戒する物見の兵も殆ど通らない、だからこそこの場所から壁を登る、登り易い所を登り、登りにくい所は杭を打ち込み足場を造る、杭打ちが一番敵に発見される可能性が有るが、崖の上に在る壁その物は他の市壁よりも作りが荒く背も低いので、鎚を大きく振らなくとも杭を打ち込む隙間は十分にある、これさえ慎重に行い一人でも防壁の上に登る事ができれば、後は縄梯子を降ろせばいい。

 その後は市門がある壁の上を占拠し、フラックスが率いる我が中隊が油の入った革袋と木材を門の外に並べて火を点せばいい、いくら鉄で補強されているとしても一日も燃えつづければ盾兵に護られた破城槌による攻撃には耐えられないはず、九日目には崩れた市門から市内へ侵攻できれば敵は降伏するかも知れない、だが彼らが抵抗する意思を持ち続け約束の十日目を過ぎても降伏しない場合は……

 

 早朝になりにわかに陣営と市内が騒がしくなってきた、そろそろ総攻撃が開始される時間、周囲に居る四十名余に目配せする、

 しかし肝心の総攻撃が起きなかった、幾ら待っても本隊から発せられるはずの鬨の声は聞こえなかった、昼過ぎまで待つが何も起きなかった、その間に目前の壁により作られていた大きく暗い影は、次第に小さくて薄い物となり、作戦その物が実行不可能な状態に近づく。

 隊員達から緊張感が消えてしまい、空腹と眠気により集中力が途切れ始める、もう身動きをせずに留まる事は不可能だ。

「何故、本隊は動かない」

 そう呟くが、判り切った事であった、総司令官がそれを命じていないからだ。

 ――謀られた――奴は始めから総攻撃を仕掛ける積りなどなかった、奴を信じるべきではなかった、総攻撃を頼んだ時から自分は終わっていたのだ、あの時からこの作戦の主導権は自分ではなく、総司令官である奴に移った事に気付くべきだった。


 始めから自分を陥れるために捕虜をフーダンの陣営で処刑したのではないのか、先の谷間での戦いはフーダンが攻撃の主導権を握っていたから自分は行動に出られたが、もしも奴に攻撃を依頼していればどうなっていた。

 中隊長程度に対してここまでの事をするのか、どこまで小さい男だ、閲兵の際に目を見た事が余程気に入らないのか。

「終わった、終わりだ、時間だ」

 自分は口の中でそう呟くと。

「まだ時間はあります、自分達だけでも作戦を実行すべきではなでしょうか、これが最後で唯一の機会かも知れないでしょう」

「大丈夫だ、後三日ある。このまま終わりしない、別の策を考えるさ」

 自分の隣を陣取っていたゴンフロースに言うと、彼は涙を流しながら頷く、彼は理解したのだろう彼の中隊長が諦めた事を。


 陣営に帰るとフーダンは居なかった、彼だけではなくパミット以下の中隊長も居なかった、小隊長は残されていたがフラックスの姿はなく、連隊内は事情を把握できずに混乱しており、戻って来た自分に事情の説明と指示を求める、事情を把握できていないのは自分も同じだったが、大方の予想は付いている、居ない者達は総司令官から呼び出され拘束されているか引き留められているのだろう、斬首される恐怖から逃げ出したい気持ちで一杯だったが、ここで自分まで陣営から離れては隊の者が処罰される上に連隊全体が崩壊する危険もあったので、フーダンの天幕でただひたすら彼らの帰りを待った。


 何故こうなった、何処で間違えた、後三日で実行可能な作戦は有るのか――

 あの砦から飛び出した日

 奴隷として売られ市場に立たされた日

 オスロへ行く決意を固めた日

 南の島から脱した日

 募兵官の前に立った日


 夕刻になりフーダンと中隊長が戻ってくる。

「何とか総司令官殿を説得しようとしたのだが何もできなった。

 君が今すぐ荷物を纏めて出て行けば、命の保証はするとの約束は取り付けた。部隊の事は心配しなくてもいい。

 折りを見て呼び戻す、それまで今回の事を反省して大人しくしておくことだ」

 フーダンから一千六百ギー分の金貨とメッサリカまでの紹介状を受け取り、長剣と槍に丸盾を身に着け、食糧及び飼葉を馬に乗せると日が暮れる前に陣営を離れた。


 共に従う事を望むフラックスを説得し、フーダンが就けた護衛と共に夕焼けを横目に馬を走らせる、できるだけ遠くへ、一刻も早くキュキュンベル領を抜けなければならない、エッパー領へ入る事はできないから、ランツから船でレムリア半島へ向かわなければならない。今まで一個中隊を率いていた自分が野盗の群れを恐れなければならないとは、その惨めさに涙が出そうになる。

 ……

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