謀略
自分が食糧の調達に出ている間、アービエルが直接指揮する陣営の一つが奇襲を受けていた、焼け焦げた匂いと腐臭が陣営に漂い、物資を焼かれた農兵達は食事も満足に取れていない様で、兵士は汗と血まみれのまま天幕を張る事もできずに地面に眠らなければならず、このままでは疫病が発生するのではないのかと不安になるが。
「素晴らしいぞミリドー、これで兵卒達も力を得る事ができる。やはり肉だ、肉さえあれば何とでもなる」
アービエルの指揮する軍勢だけでなく、食糧が足りずに士気が下がっていたのは傭兵達も同じで、ギノウスが食糧調達に出していた一個中隊二千前後が、自分と同じ様な罠に掛けられて逃げ帰っており、パミットによれば自分も同じ様に罠に掛かっているのではないかとフーダンは案じていたらしく、持ち帰った百頭の羊を見てとても喜び自分の肩を叩き誉め讃えた、傭兵隊長の姿と笑顔を見れば誰もが彼のために惜しみない貢献と努力を尽したくなる。
「降伏しなければ捕虜の首を切る」
アービエルはブランダクスが捕らえた敵兵四十名余を一人頭六百ギーで買取ると、敵の攻撃が届かない所に捕虜を跪かせてそう宣言する。
よほど焦っているのか、自分の指揮する陣営の士気は下がり効果がないと判断したのか、フーダンが陣を張る西側の市壁でそれを行ったのだった。
攻囲戦で勝利した際に三日間略奪を許すという脅しや捕虜を見せしめにするとういう類のものは、護り手に命がけの防衛を決意させるだけで、攻める側にとっては殆ど良い事はない、いつの時代でもそうである様に市壁の上に立つ者には何の効果もなく、アービエルの声は空しく周囲に響き渡っただけであった。
総司令官は敵の心情を理解できない程に混乱しているか、もしくは、考えたくもないが、この蛮行を行う事で我々に何か良い効果が出るとでも思っているのだろうか、我々がこの行動により勇気を得て士気を高めるとでも思っているのか、何を考えているのか全く理解できなかった。しかし、指導者が一度宣言した事を撤回するのは全軍の士気に関わる。
そもそも、彼の性格からすれば何があっても撤回する訳がない。
だからと言ってこのまま見過ごす訳にはいかない。
死体の首級を杭に突刺す事はまだ見過ごせる。
奴自身の作戦と配下の部隊が捕らえた捕虜ならば我慢できたかも知れない。
商人に引き渡された後は奴隷だろうが、身代金の支払いまでどの様に拘束されようが興味はない、しかし、その捕虜達は違う、自分の行動によりこの場に居るのだ、彼らの命に対する責任は自分にある。何の効果もなく無意味に殺される、何としてもこんな事は止めさせなければならない、だがこの事態を止めようとする者はいない、兵卒達は無関心なのではない、寧ろ他者が死の境地に立たされている事態を見て興奮し、フーダンもパミットも事態を見守っているだけだった。
総司令官の行為を止めようとする者はいない、市壁の上に立つ兵士は総司令官に罵声を浴びせるだけ、この罵倒にアービエルは顔を真っ赤にして怒り刑吏を呼び出し命じる。一人ずつ処刑をしようというのか、覆面をした一人の刑吏が跪く捕虜の許に歩き出す、この時ばかりは念じた。市門から出て来て総攻撃を掛けてくれと、攻撃を仕掛けてくればこの処刑は終わるはずだ。しかし市門は開く様子もなく、一人目が首を刎ねられた。
気が付くとアーベルの許に走り出していた、しかし総司令官を護るために周囲に控えていた衛兵により捕らえられ、頭を地面に抑えつけられる。
身動きが取れず息をするのも苦しいが、アービエルに向けて必死に叫ぶ。
「高貴で高潔。人民の手本となるお方。
神々の祝福を受けた貴方様の敵は魔王でございます、不信心な民の相手をなさいますな。
どんな者であろうと予言が遂行されれば、貴方様がどんなに偉大な勇者であるか理解し自分達の蛮行を恥じる事でしょう。
しかしここで非道を行えば、この先どんなに善行を積もうとこの非道により人心は猜疑心を懐き続けます。
貴方様には一点の曇りもあってはなりません、何故ならば貴方様は予言の者であるからです。
この様な都市など捨て置き、我々は本来の目的であるランツに向かい、華々しい会戦にて憎きランツ王を潰走に追い込もうではありませんか。
このままこの場に留まり続けていては、被害が多くなるだけでございます。
食糧を求めてもこの近くには何もありません、このままでは疫病が発生し、キュキュンベル伯の思い通りになる事は必須でしょう、ならばいっその事この様な土地は捨てて、全軍で他の土地に向かい食糧を確保するべきです」
胸の内で制止する声が聞こえたが、砂が口の中に入りながらも何とか喋り、自分は思いつくだけの褒め言葉をアービエルに投げかけ、彼の機嫌を取る事に努めた。
「我が輩の行いに口を挟むのか、たかが騎士階級の分際で、何の意味もなく生まれた人の分際で、世界の守護者である我が輩の行いを愚かだと言うか。
この世界の全ての者は我が輩に従わなければならぬ、世界はそのために生まれたに過ぎない、我が輩の意に従わぬ者等がこの世に存在する価値などないのだ。
伯よ、お前はこの様な無礼な男を何故何時までも陣内に置いているのだ。お前が処断しないのならば私がこの首を刎ねるぞ、良いか」
激昂しているアービエルは自分を縛り付けて置く様に命じる、これを見てさすがにフーダンも止めようとアービエルの許に走り寄り助命を請う。
このままでは駄目だ、このままではあの者達を助ける事ができない、処刑を止める事ができない、しかしどうすればいいのだ、どんな事をすれば彼を止める事ができる、どうすれば彼を納得させる事ができるのだ、先生達から教わった昔話を各地から取り寄せた書物の内容を思い出し考えを巡らせる。
記憶の中から妙案もその兆しも何も浮かばなかったが、何かここで言わなければならない。
「では十日の内に、この膠着した事態を打開しましょう、そしてあの都市を必ずや貴方様に贈呈する事を約束いたしましょう。
ですから、ですから、どうか処刑の延期を願います」
軽はずみではないが、安易で成功するかも分からない作戦を決意し自分は叫んだ。
アービエルは険しく不機嫌な表情のまま、自分を刑吏に引き渡そうとする衛兵を止める、しばしの沈黙の後、何かを計算した結果。
「十日待とう、しかし十日後になってもあの市壁の上に我が輩が立っていない時は、処刑される者の中にお前自身が含まれる事を憶えて置け」
そう言うと彼は輿に乗り込み、捕虜をそのままにして自陣に戻っていった。




