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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第五章
41/63

回避

 周辺の村々や森は既に他の部隊や盗賊により荒らされていたので、今回は遠くまで出向かなければならなかった。

 幾ら森の中に隠れていても、家畜の種類によっては草を食ませるために草原か丘の上にでも出て来なければならないはずだから、当たりを付けて張っていれば良いのではないかと考える。

 しかし、遠くに行けばそれだけ敵の伏兵に襲われる可能性があるので、フーダンから子飼いの騎兵三百騎に加えて一個小隊の指揮権を譲られたが、小隊の方は我が隊の者と比べれば訓練が行き届いていない上に数が多くて使い勝手が悪いので断り、ブランダクスとは前回の内に親しくなっていたので、騎兵の指揮権だけ受け取る。


 進発してから二日目、その村には死体が転がっていた。

 道には家具が投げ出され、焼かれた家屋、男は広場で縛られたまま刺殺され女は裸で死に絶えていた。

 腐敗臭が酷いことから、事が起きてから数日は経っているのを予想する、別の部隊かキュキュンベル伯によるものか、それとも脱走兵か盗賊によるものか。

「いや、同じ様なものか」

 屋内を探せば何かしらが見つかるかも知れないが、不吉を感じて村を後にする、さらに三日掛けて八パラサンゲス(約四十四キロ)進んだ後、家屋の地面が掘り起こされている村を発見する、その村の家々は放火や破壊された跡もなく、掘り起こした地面が乾ききっていない事からさらに不吉を感じる、それから二パラサンゲス進んだ所で、まだ誰にも手が付けられていない集落を斥候が発見するが。

「嫌な感じだ、ゴンフロース貴様は三個分隊を率いて先行し、防柵とその周囲を索敵しろ、少しでも怪しいと思えば無理に家屋の中まで入らなくてもいい、入口にて我々の到着を待て」

 杞憂である事を願う、しかしこんなに遠くまで来た分遣隊を襲わないはずはない、どこかで敵は仕掛けて来るはずだ、それをしない敵ならば始めから会戦で決着を付けようとするはずだ。


 中隊に臨戦態勢を執るように命じて行軍を続ける、ゴンフロースから放たれた伝令兵により、村の近くにある森の近くで三十頭の山羊を発見したとの報告が来る。

「何と幸運な事だ、四千人分の肉が手に入る、これを手に入れない理由はない」

 思わず心の声を口に出し、全軍に強行軍を命じる号令を出そうと一歩踏み出すが――これは罠じゃないのか――森の中には敵が潜んでいるのではないのか、焦り隊列を乱した我々が来るのを待ち構えているのではないのか、ここで強行軍に入るのは拙速ではないのか、喉まで出かかった言葉を飲み込み別の言葉を発する。

「ブランダクス殿、騎兵の半数を率いてゴンフロースと合流し、村の外で待機しておいてください」

 そう騎兵隊長に頼み、手元に残った歩兵と騎兵には戦闘隊形を執ったまま進軍を命じる。

 用心深く行動した物の目的の場所に到着してみれば何事もない、山羊の群れはまだその場に留まって草を食んでいたし、敵は何処にも隠れていなかった。

 その日の夜、捕らえた山羊を八頭屠り明日に備えた。


 次の日、この先さらに遠くまで行こうと思えば二つの道が我々の前に在る。丘の列なる地帯か周囲に何もない草原を通る道だが、前者は丘の陰に潜む敵に奇襲されるかも知れない、後者は敵の大部隊との交戦になれば逃げ込む場所がなく包囲殲滅される危険性が高いだろう。

 問題は敵にとって何が有利かなのだが、恐らく敵の方が騎兵を多く持つだろうから、草原で騎兵に足止めを食らい敵の歩兵に追い付かれる場合を一番危惧するべきか、陵丘地帯ならば騎兵の特性を半減する事ができるのではないか、元々こちらは騎兵が少ないのだから、草原での遭遇戦の方が危険ではないだろうか、しかし歩兵の数はどうだろうか、以前丘に籠る我々を包囲した部隊は、現在の我々よりも多く砂煙が立つほどの大部隊だったが、警戒を怠らなければ大部隊の方が発見しやすいはず、警戒するべきはこちらと同じ程度の員数しかいない場合。


 斥候を放ち陵丘地帯の偵察を行わせると、丘の上に羊飼いに率いられた七十から百頭の羊を発見したとの報が来る。これを聞いた小隊長達は浮足だった。

 これを狙ってここまでさ迷っていたのだが、こんな幸運があり得るだろうか、まるで自分達を待っていたかの様な偶然があり得るのだろうか。

「中隊長殿、昨日も何も無かったのだから、今回も何も起きないですよ」

「そうですよ、斥候の姿を見た羊飼いが羊を連れて逃げ始めているかも知れません、早く捕らえに行きましょう、羊を百頭も連れて帰る事ができれば、連隊長からの信頼も大きく上がる事でしょう」

 と小隊長達は自分に意見をする。

「だからこそ罠の可能性を考えるべきではないか、我々を油断させるために山羊を捨てたのかも知れないぞ、今回の羊の群れに罠を仕掛ける可能性があるのではないか」

 呆れ顔をする小隊長達を余所に、伝令兵にその羊がいる丘を大回りし、敵が斜面に潜んでいないかよく確認してくる様に命じる。


 自分ならばどうするか、そう考える。

 敵が獲物を見つけた喜びのあまり、隊列を乱して丘を駆け上がるその時を狙い、一斉に丘の上から飛び出して攻撃を仕掛けるだろう、確信も確証もない、無事に羊を捕獲できたとして、荷物が増えて足が遅くなった背後を襲われる可能性もあるではないか。

 そして帰還した伝令から話を聞けば、思った通り二千余の敵が反対側の斜面に隠れていたのだった。

 しかし、敵は我々が後退したのを見て諦めたのか、斥候に見つかったと勘違いしたのか、撤退を始めたと報告してきた。

 無理に敵と交戦するべきではないが、大量の獲物を見逃すべきか、あれだけの食糧を得る事ができれば、これ以上行軍を続ける必要はないはずだ。

 しばし考え込み決断を下す。


「ブランダクス殿、貴方は麾下の部隊を率いて、後退する敵の背後を衝いてください、我々も後を追って丘を占拠します、しかし我々が見えなくなる程に遠くまで追撃しない様に願います。さらにエッパー伯領での二の舞になる可能性があるので、森の中に入ろうとする敵を追うのは絶対に止めてください」

 ブランダクスは自分の言う事を了承したが、自身と同じように高貴な血に列なる者として麾下の騎兵が命令を素直に聞くかどうかは判らない、そう彼は言い残して連隊に号令を掛け騎馬を走らせる。

 もしも彼ら騎兵が森の中まで敵を追った場合、茂みに伏兵が潜んでいれば多くの損害が予想される。

 彼らが危機に陥った時は、助けず見捨てなければならない事を想像する。

「連隊長からお借りした兵だろうが知るか、自分達の無謀により陥った危機は自分達で対処しろ」

 口の中で呟いた。


 終わってみれば結果は上々であった、敵の歩兵は騎兵により背後を襲われ四散し、その間に自分が指揮する歩兵は、誰にも邪魔をされることなく羊を回収する事ができた、その上、死者も捕虜も出さず騎兵は武勇を語る事のできる土産話ができたし、身代金を要求できそうな捕虜まで得る事ができた。

 後は素早く撤退し、敵の追撃を回避しながら本隊の許へと戻る事である。敵は今回の奇襲が失敗し食糧まで奪われたのだから、傷ついた名誉を回復するために、再び態勢を整えて攻撃に出て来るかも知れない、その時は負ける様な戦いはしないが、折角の食糧を手放して応戦しなければならないだろうから、一刻も早く援軍と合流できる様に伝令兵を本隊の許に先行させた。


 騎兵を森の中に隠し、追ってくる敵の背後を襲撃させるなどの策を執りたかったが、自分達を誇り高い戦士と言い張る騎兵達は、その様な戦術は卑怯な物であるとして従わない、ここで全員が死ぬよりも自分達個人の名誉の方が大事なのだ。

 フーダンもこの様な連中ではなく、騎兵の半分でもよいので兵卒から馬に乗れる者を登用してほしいものだ。せめてもの救いは、敵もおそらく同じように使い勝手の悪い騎兵を運用しているはず、それ故に少しでも融通が利く騎兵を使うことができれば、敵の裏をかく事等は造作もなくできる様になるというのに、仕方なく数は少ないが隊の中で騎乗している伝令兵を伏兵として潜伏しておいて貰おうかと思うが、その数が二十五騎しかいない事を考えれば、この策は中断しなければならない。


 とにかく敵の急襲に備えるために、隊列を整えてから行軍を行い、森や丘が近づく前に斥候を放ち、敵がいない事を確認した上で進んだ。

 何事もなく、五日後には援軍と合流する事ができた。

 援軍を指揮するパミットは自分を呼び出すと、この十日余の間で得た獲得物を聞き称賛を送るのだが、少し眉を顰め小声で言った。

「所で、村に入った兵卒から聞いたのだが、家屋の一つ一つに半ギーが置いてあったそうでそれは君が置いたのか」

「確かに酒樽の謝礼として置いておきましたが」

 素直に答えた自分に対して、パミットは嘆息を付き言う。

「もしも、うがった目でしかこの行為を見る事しかできない者や、君を引きずり落とそうとする者がこの行為を見れば、君が敵と繋がっているとの噂を流布させるかも知れない、他者と違う行動は控えた方がいい、どんな善意も悪意に捻じ曲げられるか判らないのだから、特に最初の予測と違い事態が悪化している様な場合ではなおさらだ」

 自分は頷き、軽率な行いであったと認めた。

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