軽装歩兵と軽装兵
光よりも闇が勝り、遠く山の向こうに太陽の気配を感じる時間、野営地は未だに静まり虫の音が辺りを包む。
兵卒達も夜の内に水を汲んでおく様に言われたり、食事を多目に作っておく様に言われたりしたので、朝早くから進発する事は理解していた様で、脱走者を探すという名目で兵卒を起こし進発する。
「今から我々は敵の背後を衝く、これはそのための登山である。もしもこの作戦に失敗すれば、この戦いはこの時点で頓挫してしまう可能性もあるだろう。
勝敗など我々には関係のないことだが、この作戦の成功がこの戦役その物の勝敗を分ける可能性もある、それ程に重要なものだ。
予言の者から褒賞として一人頭四十ギーと酒樽が授与される、連隊長殿も一人頭六ギーを与える事を約束している、私も初めに敵と剣を交わした者には十ギーを与えよう、そしてその者の所属する十人隊の全員に六ギーを与え、勝利の際には全ての者に四ギーを約束しよう」
道の半分まで到達した所で三個小隊にこの事を伝える、今まで脱走者の探索と思い乗り気ではなかった兵卒を含めて、報奨金を約束された事でその士気は上がり足取りも軽くなる。
途中で昨晩多目に作っていた調理済みの食事を摂り、空になった背嚢に手頃な小石を詰めておく様に命じてから再び進発した。
森の番人も知らない彼のみが知る秘密の狩場や道がある、キュキュンベル伯がこちらの猟師の狩場を知っていた場合には、我々は罠にはめられる可能性が非常に高いが、この二日間で周囲を探索した結果、他の足跡が無いことから罠の可能性は無いと判断する。
斥候からの情報によると、敵の数は四百名余、天幕やその周りに竈がある事から、崖の上にいる敵は容易に下に降りる事ができないのだと判断した。
目の前の崖は、案内がなければ登る事ができない程の勾配があり、登り切ったそこは殆ど頂上と言えたが、木々が生い茂り我々の姿を隠す。
今度は緩やかな斜面を降り広い場所に出る、そこからまた暫く歩き、ようやく崖の上に居る敵兵の頭部を見下ろす事のできる位置に出る。
谷底の様子を見る事はできないが、鎧や剣が重なる音が騒がしく聞こえて来る事から、予定通りフーダンが率いる傭兵達と、キュキュンベル伯が率いる軍勢との戦闘が始まろうとしているのが判る。
そして崖の下に前に居る敵は我々に気付くことなく、こちらに背を向けて攻撃の態勢を取っていた。
敵に気付かれない様に崖の縁に近づき、先ずはただ独り豪勢な鎧を着込んでいる隊長と思われる者を狙う様に弩兵に命じ、四十名程には背嚢に詰めた石を投げる様に命じつつ、二個小隊は縄を使い崖下に下りる。
谷底への道はキュキュンベル伯率いる本隊に護られているので、この道を回り込まれるとは思っておらずに安心し、ましてや背後に敵がいるとは思ってもいなかった敵兵は、その殆どが武具を身に着けておらず身軽な武装だったために、投石と弩による恐怖に加えて、指揮官が負傷したことによる混乱で統率を失い、さらに自分が率いる二百名の姿に驚き多く逃げ惑う。
崖下に降りた兵卒は天幕を槍で突刺して中に隠れていた者を殺し、逃げ惑う敵の背を突き刺し、行き止まりとなっている崖の左に逃げた者を包囲し止めを刺す、敵の半数以上は右に見える山道から谷底へ逃げて行った。だが、これで終わる訳にはいかない、敵の援軍が来るのを防ぐために、再びこの場所を奪われない様にするために、木を切り倒して道を塞ぎ土嚢を積み上げて防壁としなければならない、兵卒を集めようと山道から目を放し振り返ると、兵卒達は戦利品を得ようと武器を置き死体の懐を弄っていた。
「レンダリウス、ポエキスタ、兵卒が奪った金品を一か所に集めさせろ、我々は盗賊ではないぞ」
自分は小隊長に怒鳴りつつ崖下に目を遣る、防壁を作るだけでは終わらない、我々は谷底で戦っている本隊の援護もしなければならないのだ。
「お前ら、下で行われている戦闘の勝利に貢献する事ができれば、総司令官殿と連隊長殿から褒美が戴けるというのに、目の前の小物にかまけていれば、大物を逃すということを解っているのか」
小隊長達が号令をかけ、十人隊長達は隊の兵卒を並ばせる、通常通りの時間で整列した事から、彼らは自分達のやるべき事を理解している様だったので、自分はそれに満足して頷く、そして、それぞれの小隊に何をすべきか指示を出した。
先陣を切るフーダンの倍給兵が持つ長剣では、高所に位置し槍で武装している敵兵の密集隊形を崩せない様で、これを援護するために、敵が残していった石や岩を敵に目掛けて落とす様に命じる、これで敵の戦列を崩し混戦に持ち込む事ができれば、槍の優位性は失われるはずだ。
しかし自分達が崖上の占拠に奮闘している間に、敵の前衛は盾兵によって護られ、投石程度の攻撃では効果がなく、我々が丸太や酒樽を移動させる間に伯は後列から順次後退させたので、フーダンの騎兵部隊によって僅かに被害を受けるだけで、伯の戦列は乱れることなく崖上の攻撃範囲から脱し、再び槍と盾の壁が傭兵達に向けられた。
秩序ある敵の行動は素晴らしかったが、崖からの攻撃を防ぐために後退した事により、キュキュンベル軍は坂の上という優位な場所を失うと、数に勝る傭兵の突撃により体力と士気を削られた。そして、槍兵の補給が追い付かなくなり双方の盾が突き合う。騎兵は依然として川底に仕掛けられた罠により相手に近づく事はできなかったが、フーダンが疲れた敵の前衛と中衛が後退する瞬間を狙って攻勢を仕掛けると、伯の兵士達はそれに耐える事ができずに戦列を乱し敵の侵入を許した。
混戦により自身の負けを悟った伯は撤退の指示を出すが、これに気付いたフーダンは子飼いの騎兵と共に戦場を走り抜けて伯の背後をねらった。
しかし、キュキュンベル伯が率いる騎兵は予備の槍兵と盾兵と共にフーダンを待ち構えていた上に、伯とフーダンの間には頭だけ地面から出した杭や握り拳ほどの小さな穴と、さらに川底に在ったと思われる小石が置かれており、これらの罠に対して騎馬は突撃を嫌がって立ち止まったために騎兵は役に立たず、逃げ出す敵を追撃しようとした傭兵達も、罠の後ろで待機する騎兵に恐れてそれ以上の追撃を止めてしまい、フーダンは舌打ちを一つすると捕虜の確保に傭兵達を回して戦闘を終わらせた。
一ギー銀貨は、通常なら満足に食べて泥酔できるぐらいの価値がある。
戦闘時はニギーになり、非戦闘時では一ギー、倍給兵なら普段から二倍の給料。




