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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第五章
37/63

軍議

 神の子であり、人類の第一人者であり、王の中の王の生まれ変わりであるアービエルの緒戦は、高貴な者達の流血と悲鳴に彩られて終わる。

 傭兵隊長や貴族連中は、他人に責任を押し付け、己の未熟さを認めないアービエルを宥め、その気分を落ち着かせると、その日は昨日に使った野営地まで撤退する事となる、谷間には万を超える人間が眠る場所などなかったからだ。

 遠くとはいえ負傷者たちのうめき声を聞きながらの就寝は心地良いものではなく、傭兵達の陣営からも不安を口にする者の囁き声が聞こえてきていた。


 翌日、連隊長は配下の中隊長と小隊長を集めると、全員に意見を求めた。

 総司令官は全部隊の隊長を集めた上で軍議を開くものだが、アービエルは下賤の者とは口も聞きたくない様で、その日の昼に開かれる軍議には、貴族連中と二名の連隊長だけを呼び出したために、フーダンは前もって我等中隊長級の指揮官から意見を聞こうと言うのである。


「このままここに足止めされていてはヴェツアークが陥落してしまう、しかし騎士達が敗北してしまった以上は我々に打つ手はない」


「この山岳地帯から後退し迂回路を通るべきです、何も目の前に敵がいるからと言って戦う必要はないのです、我々が後退すれば、案外敵は山岳地帯から出て来る可能性もあるのでは」


「敵は自分達に有利な地形で待ち構えていたのです、それを鑑みれば自分達が不利となる様な地形へ出て来るでしょうか、もしも彼らが今回の勝利に酔う事なく理性的な判断が出来るならば、この山岳地帯での戦いを引き延ばそうとするのではないでしょうか」


「何故、キュキュンベル伯は谷底に兵を並べ態々待ち構えていたのか、断崖からあの様な攻撃を行うのか、貴族連中を殺してしまえば身代金も取れず、和解のための交渉も行えなくなるではないか、その様な事をするよりも全ての隊列を狙う方が被害は大きく、騎士達の意志も削ぐ事もできたのではないか」


「つまり、騎士達を狙ったのには何か訳があるのではないかと思える、と言う事だな」


「私はこう思います、キュキュンベル伯は、騎兵が手元になかったのではないかと、自領内に騎兵が侵入した場合、彼には騎兵に対抗するための方法がなく、何としてもここで騎兵を打ち破りたかったのではないかと」


「そんな事はあり得ない、彼は少なくとも七千の騎兵を持っているはずだ、彼らはどうしたというのだ」


「ヴェツアークの攻略に出しており、手許に騎兵がいないのでは」


 中隊長たちは口々に自身の考えを表するが、彼らも騎兵に対して絶対的な信頼を置いており、自分達だけで戦ってみようとは思っていない様で、自分はそんな彼らに少しばかり呆れ、腕を組んで少し眉を反らしていた。

 そんな自分を見たためなのかは分からないが、フーダンの隣に座っていたパミットは自分を見ると、何も彼は言わなかったが、その表情は。推薦した自分に恥をかかせるな。という表情だった。


「皆は騎士が敗北したからといって、自分達まで負けたと思い込んでいるのでしょうか、騎兵がいない事は我々も同じではないでしょうか、同じ歩兵の我々だけで戦ってみようと考える者がいない事が、非常に残念です。

 この様な場所で馬は役に立ちません、如何なる理由でキュキュンベル伯の手許に騎兵が無かろうと、ここで戦う限りその必要性はないのです、それは貴族共の惨敗からも解る事でしょう。

 伯の許に騎兵が存在せず、この場所であの様な戦術を用いたというならば、ヴェツアークの攻略に出している可能性もありましょうが、いずれにしろこの山岳地帯で戦う事を選んだ時点で、伯の手許にある騎兵の数は多くないと考えるべきです。

 そして我々が遠回りをしてキュキュンベル伯領に入れる様に、伯もエッパー伯領に侵入できるので、この事も配慮しなければならないと思います。

 つまり、このまま後退すれば迂回してきた伯の騎士団と草原で対する事になるかも知れません、そうなれば、昨日の戦いで騎兵を失った我々は、甚大な被害を受ける可能性が有ります。

 今の我々がすべき事はキュキュンベル伯が率いる目前の敵を撃破し、伯自身を捕らえる事ではないでしょうか」


 今まで聞き手に回っていたフーダンは、自らの外股を叩いて頷き発言する。

「キュキュンベル伯の軍勢がエッパー伯領に侵入する、というミリドーの意見は考慮すべきである。

 ミリドーの意見に付け加えるならば、背後に回ろうとする軍勢があれば、その目的は食糧を奪う事と予想できる。

 何故ならば、会戦による勝利という絶大な名誉を配下の者に渡すはずはない、この戦いに勝利しても、伯自身が内に混乱の火種を抱える事になるからだ、ならば勝手に会戦を行わせないために、迂回路を通る軍勢の数は多くないと考えられる」


 連隊長の洞察に全員が頷き感服した表情をするが、本当にその通りなのだろうか疑問に感じた。自分が伯と同じ立場になったら、という前提でフーダンはその様に考えているのだろうが、伯は伯であって連隊長と同一人物ではない、最悪の事態を想像できるのならば、その対抗処置を執っておくのは当然なのではないのか、常識や慣習に囚われる余り、敵が常軌を逸した行動を執る事を想定せず、それに対する策を考えないのは怠慢ではないのか、だからこそ其処を衝くという戦術もあり得るのではないか。


 中隊長達からの賞賛を十分に浴びて満足したフーダンは、再び考え込んでいる自分に目を遣り聞いてきた。

「さしあたっては、ミリドー、君は我々だけで戦いキュキュンベル伯を破る事を望んでいるようだが、そう言うからには何か方法を思いついているのだろう」


「考え付いてはいますが、今ここで話すことはできません、私はここに居る全員を信用しています、しかし、この陣営に出入りする連中の全てを信用していません、素性も判らない者が聞いている所で発言するのは控えさせてもらいます。この作戦が敵に知られれば実行部隊の命に係わります。

 心配しないでください、私の作戦において実行部隊はあくまでも全軍を補佐するもので、戦闘の勝敗その物を分けるものではありません」

 同僚たちの嫉妬を買わないように、発言に注意しなければならなかった。


 軍議が終わった後フーダンの天幕に呼ばれ、その作戦内容を説明する様に言われる。

 連隊長は自分の作戦に納得したのか、総司令官である予言の者にその内容を伝えるために、文章におこしておく様に指示をした。



 夜半過ぎ、フーダンと共に呼び出されて総司令官の天幕に赴く、そこは農兵や兵卒と区別された場所、近くには貴族連中や騎士達の豪勢な天幕が張られているが、総司令官が居る場所はそのさらに中央部、一段と大きく豪勢な天幕の中だった。

 大きな一枚の絨毯が置かれ、その左右には今まで貴族連中が座っていたと思われる腰掛が置かれており、正面の一段高い場所にアービエルが座っていた。


 座る事も絨毯を踏む事も認められず、フーダンから彼らの目を見ない様に念を押され、遠くからもう一人のアービエルに対面する。

 目を伏せて入って来た自分を見た予言の者は、閲兵場での事を憶えていた様で、怪訝そうに自分の顔を眺めるのが目の端に見える。


「お前に何が出来る、その称号は田舎貴族によって恵んでもらったそうではないか、何故、主の許でその忠義を果たそうとしない」

 その声色には人を不快にさせる様な雰囲気はなく、むしろ低く気持ちを落ち着かせるものだったが、自分が口を開こうとすると予言の者はそれを制し、フーダンに作戦の内容が書かれた羊皮紙を持ってこさせるとそれを黙読する。


「この者は敵に囲まれ孤立したブラム伯を救い出し、伯は感謝の気持ちから騎士としただけで主従関係を結んでいる訳ではありません。

 それに我が部隊にはブラム伯領から募兵に応じた者も多く、ミリドーと伯の関係があったからこその多くの者が集まったのです」

 作戦内容を読み終えたアービエルは、部下の功績を演説するフーダンの言葉には耳を貸さずに言う。

「我々高貴な地位に生まれた者には思いつかない、爵位を持つ者に相応しくはない、まるで盗賊が使う卑怯な手口だ。

 しかも全軍を危険に曝す可能性がある。

 伯、本当にこれが最善の策か」


「我々傭兵は勝利し生き残る事が全てです、これ以外に生き残る方法があるのならばそれを執るべきですが、そうではないのならばこれが最善の策となるのは当然でございます」

 大げさな身振りで応えるフーダンだが、アービエルは肘を付いて考え込む。炉にくべられた薪が弾ける音と予言の者の鼻息が天幕の中で響く、その間、フーダンは緊張のためか汗が頬を流す、そして、アービエルは手に持っていた羊皮紙を炉の中に入れ、大きなため息を一つつくと言った。

「三日待つ、その間に作戦の準備を整えよ。

 計画が実行された場合、成功すれば褒美を与えるが、失敗すればお前に罰を与え、この遠征軍から追い出す、その時は二度と傭兵として生きられなくなる事を覚悟せよ」

「主人公以外は皆馬鹿なの」とかいう感じで話は進みません。


 アービエルも思い込みや間違いで、重要な事に気付いていない場面が数多くあります。

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