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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第五章
36/63

緒戦

「ミリドー中隊長、行軍中に背後を襲われ壊滅しそうになった後衛で、初陣も済ませていない身でありながら、多くの味方を救ったどころか、我々の友人であるブラム伯を窮地から救った事を私は知っている。

 その経験を活かし、今回の行軍でも戦列の最後尾に就き敵の襲撃に備えよ」

 エッパー伯領に入る前より、連隊長は自分にそう言って殿を命じる、フーダンも無駄が多すぎる今回の遠征軍に対して、ある程度の危機感を懐いていると思って良いのだろう。


 始めに行軍中の隊列を組み替える。

 小隊毎に荷車が後ろから付き従うために部隊毎に進行度合いが違い、敵の急襲に対して対処する事が困難になり、必要最低限の物資すら奪われる危険性があったので、兵卒には四日分の食糧を各自の背嚢に詰めて置く様に命じる。

 次に荷の無くなった荷馬車から馬を徴収し、二十名を軽騎兵として側面に配し伝令と共に周囲の監視を命じた。

 最後尾の自分達の後から、荷物の金物を打ち鳴らしながら歌い、無秩序に行進している酒保の連中も護らなければならないのだが、彼らに命令する権限は自分にはない、説き伏せて隊列の中に組み込むとしても兵卒の数が足りない、自分の利益しか考えない彼らを何故自分達が助けなければならないのか、様々な理由を付けて無視することにする。


 従来は警戒もほとんどせずにただ歩いていれば良かった兵卒達は、この隊列に不満を感じた様で、給料も戦闘時と同じ額にしてもらう必要があると嘆くので、三日後には背負う荷物を減らし、騎馬を馬車に戻さなければならなかった。

 いざという時に自分で荷物を持っていれば、酒保や隊の荷車が襲われ場合には食糧不足による不必要な混乱を避ける事ができる上に、酒保による作為的な値上げにも交渉の余地が出て来るではないか、しかし、普段から酒を飲みながら行軍する彼らは、将来起こるかも知れない事に気を遣うつもりはない様子であった。


 ランツまでの道のりで最も距離が短いのは、エッパー伯領とキュキュンベル伯領を通る事であった。

 しかし、エッパー伯は今回の戦役では味方に回らず、両国に恨まれる事がない様に中立を宣言して、パルミュラの越境を認めず、かつてはゲルマネスの副官で、親パルミュラの先鋒だったキュキュンベル伯もランツに与していたので、同盟軍はパルミュラの隣国で海に近いマウリアノを通り、メッサリカからランツへ入る事になっていたのだが、総司令官アービエルはエッパー伯領への進軍を命じる。


 計画とは違う同盟軍の行動に対し、慌てたエッパー伯の使節は、数々の敬意の言葉と共にその不満を表すが、これに対してアービエルは強い口調で言い返す。

「神聖であり、正義の軍団である我等に道を譲らず、自らの保身を求める者は敵に味方しているものと同じである」

 全軍の最後尾に就いていた自分には、先頭集団で何が起きているのか想像するしかなかったが、同盟軍を押し返す国力も権威も戦力も持たない伯は、戦闘と略奪の禁令を発することを条件として市場の開放と物資の補給を認めなければならなかった。


 エッパー内の農民は、自分達の土地で戦闘が起きる事を警戒して食糧を隠し、都市は混乱と防衛に備えて買い溜めを行い、エッパー伯領で活動する商人も高値でも売れる事を理解していたから、最終的に市場に出回る食糧は少なくなくその価格は高騰した。

 市内に入る事ができずに、酒保から買い取らなければならない兵卒達の中には、給料の前借をしなければ食糧が十分に買えない者まで出てきたために、自身の利益のために更なる値上げ行う酒保と不満が溜まった兵卒の間では些細な事で争いが頻発、軍紀は乱れ罰金刑や減給に不満を感じた者は脱走する。

 


 前方に見える山岳地帯、それに挟まれた川と山道に沿って進めばキュキュンベル伯領である。

 十日間も辛抱すれば、略奪が許されると期待している兵卒は、早くも興奮して浮足立ち始め、名誉を求める貴族連中は、ようやく緒戦を迎えられると喜び勇むが、誰が開戦の先陣に就くかで話し合いが揉めてしまい、必要のない緊張状態を作り出していた。


 国境地帯となる山岳に入ってから二日目、前方の部隊が突然止まった。

 キュキュンベル伯が率いる歩兵およそ二千前後が側面を崖に挟まれた坂の上に布陣しており、その右手に在る崖の上にも幾らかの歩兵が潜んでいる。との情報を伝令は得て戻る。

 今の状態で背後を襲われれば自分達に逃げ道はない、周囲に迫る木々を見て思う。

「もう少し詳しく話せ、何列縦隊で通れる道の幅か、粘土質か砂地か、転がっている石の大きさ、我々の周囲と同じ様に右舷から木々が迫っているのか、どの程度の高さが在る崖が存在するのか、河が近くに流れていれば、その幅まで報告しろ」

 この伝令兵はポートルコの出身者、他国出身者の様に一見しただけの数字を大げさに伝えることはないが、まだ新人なので、何を伝えるべきかよく理解していなかった。


 戻った伝令兵からの報告により、情報は修正され、崖が両側から迫る谷の底に流れる河は緩やかに右に曲がっており、右手にしか通れる道はなくその幅は狭い、その道中にある坂道の途中には、キュキュンベル伯自身が率いる二千の歩兵が隊列を組み待ち構えていることを知る。


 我々傭兵は待機するように命じられ、貴族連中とその従士は従者の手を借りて鎖帷子に着替え、馬丁は戦闘時に使う大型種の馬に装備を着け始める。

 総司令官アービエルは貴族連中と連隊長に作戦を伝えており、貴族と連隊長は麾下の者を集め作戦を説明する。

 それは単に騎兵で正面突破を試みるだけで、作戦というには余りにも愚かなものであった。


 何と勿体ないことだ、少数でもいいから前方と崖上に陣取る敵の背後に送り込む事が出来たならば、この狭い場所で騎兵を動かすよりも、遥かに勝率の高い戦闘を行えるというのに、しかし、これは好機ではないか、敵に気付かれずに崖を登る事ができる道を見つけ出す事ができれば、軽装兵の必要性を理解させる事ができるのではないだろうか、そう思いあの絶壁に上がる道を探してくる様に命じて斥候を放つ。


 何時の頃からだろうか、騎兵は旋回するという事を忘れ去り「正面に向かって突き進めば道が開ける」そんな事を思い込み始めたのは、何時の頃からだろうか、歩兵が隊伍を組む事を忘れ去ったのは。


 歩兵というのは騎兵に蹴散らされる物である、そんな考えをアービエルも持っている様で、我々傭兵は騎兵の邪魔をしない様に待機を命じられた。

「我々が領内に侵攻しようと聞き及び、慌てて僅かな手勢を率いてここまで来たのだろう。

 その相手は僅か一千前後の倍給兵と軽装兵ばかり、合わせても二千を下回る数だ、我が輩が率いる軍勢の緒戦があの様な弱々しい連中である事は誠に残念でならない」


 予言の者の演説が終わると、辛抱しきれなかった騎兵の一団が走り出した。

 貴族達が敵の前にまで突撃した所で、前列に布陣する敵盾兵の間から、背後に控えていた槍兵が現れたために騎馬は足を止めてしまい、多くの騎士が落馬して負傷するかそのまま踏み潰されて死に至る。

 前方で何が起きているのか分からない騎兵は次々に突撃してゆき、谷間の道は騎兵で一杯となり身動きが取れなくなる。


 次に崖の上に待機していた敵の歩兵は、岩や火を点けた樽を転がして馬を負傷させる。

 川に押し出された騎士は、川底に仕掛けられた罠に嵌り、騎馬と共に流され多くが立ち上がる事が出来ずに溺れ死んだ。

 愚かな作戦に従う者に相応しいく、喜劇の様な愚かな死に様であった。


 預言の者にフーダンとギノウスは撤退する様に進言するが、余りにも密集した騎兵は後退する事もできず、それどころかアービエルは我々に突撃を命じた。

 二人の傭兵隊長は騎兵が密集したあの場所に兵卒を入れる事はできない、と言ってこれを拒絶すると、今度は崖に登り敵を追い払う様に命じるが、敵がいる場所は絶壁で登る事などできる訳がなく、騎兵の上に歩兵の死屍を重ねるだけだと説明するのだが。


「ならば死ねい、レムリニアスの名を汚すこの無法者共、その位しか貴様等には使い道は無い。

 恩賞ならば幾らでも出す、兵卒風情が何を見ている。

 貴様らの股間にぶら下がっているのはなんだ、我が輩の命令に従えないならばその粗末な物など切り捨てよ」

 アービエルは怒り狂いながら、二名の連隊長に向けて指揮杖を振るいその胴甲に傷を付けた、これを見た兵卒達もさすがに動揺し予言の者を見る目が変わる。

 総司令官は待機していた農兵に向かい突撃を命じた。

 予言の者の発した命令は、一部の者にとっては絶対的な効力を持つのか、農兵は騎兵の戦列の中に走り出してさらに戦列を混乱させた。


 異常だ、予言の者とかレムリニアスの生まれ変わり等と言われているからではなく、こいつの精神は自分には図り切れない部類のものだ。

 日が落ち始めて敵の攻勢が弱まったために、ようやく騎兵は撤退する事ができた。騎士三千名ばかりが死亡し、多くの騎馬が使い物にならなくなる。

 生き残った騎士は気落ちし、口々に「飛び道具を使う等卑怯極まりない」「一対一ならば負けるはずはない」というのだ。


 キュキュンベル伯は我々の侵攻に驚き、ヴェツアークへの遠征軍から一部を率いてきたのではない、この谷間の様な地形で行う戦闘では、単純にあれだけの軍勢でいいのだ。

 自分の作戦通りに事が運ばなかった事に怒り狂うアービエルは、指揮棒で辺りの人間を殴り回り騎士達に叫ぶ。

「お前たちが勝手な行動を起こさなければ、この様な無残な目に合わずに済んだというのに、何故勝手な行動に出たのだ、初めに突撃を開始したのは誰であるか、どんな高位であっても処罰する。

 名乗り出よ、密告した者に褒賞を与える」

 激しく地面を踏む、余りにも激しく動いたためか、息が切れ滝の様に汗をかき倒れ込みそうになり、アービエルは従僕達に支えられながら輿に乗る。


 フーダンの意見により、昨晩野営した場所までの後退を了承する。

 遠くからキュキュンベル伯麾下の兵達が発した歓喜の声が聞こえて来る、勝てる訳ないと思い込んでいた騎兵に勝利したのだ、その嬉しさは計り知れない物があるだろう。

 アービエルの作戦通りに騎兵が行動したとして、成功する可能性はどれ程あっただろうか、相手を卑怯と断じて自分達の未熟さに思い至らない所を見ていると、結局のところ被害の数は同じであろうと想像せずにはいられなかった。

 伯が多いのはかつてレムリアの司令官職の一つが爵位に変化したからという体。

 従士は古代ゲルマンの従士制度に近い設定で、個人に対して忠誠を誓う戦士(歩兵)で、家令の様に土地を管理する場合もあるが多くは城に住む。

 アービエルは箔が付くから貰っているだけで、誰かに忠誠を誓っている訳ではないです。

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