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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第五章
35/63

偽者

 集結場所となっている野営地には、兵卒が寝泊まりする天幕や酒保達の場所が用意されており、豪華な造りをした貴族の天幕が、丘の上に幾つも並んでいた。

 中規模の領地を持つ貴族一人に付き、騎兵としての騎士が数十から数百、歩兵として農民が騎兵の十から十五倍、騎士のそれぞれが従僕や大量の召使いを連れて来るので、正確な数は当の貴族も把握していない、さらに陣営の内と外には、補給部隊の役割を果たす酒保や娼婦の一団が溢れ、数えるのも馬鹿らしい位の人で野営地は溢れかえっていた。


 他の貴族の天幕よりも一段と大きな物が丘の中央に建っていた、そこにはパルミュラ王コーネス・ネイ・シーダの他に、見習いや準騎士という名目で、人質としてパルミュラに赴いている各国の王子達と大使が寝泊りしている。

 傭兵を指揮するフーダンとギノウス、二人の傭兵隊長は、王への挨拶や将来の雇い主となる人々に顔を売っておこうと忙しく走り回り、一息付いたフーダン連隊長に予言の者の容姿を訊ねると。

「豊穣の女神が男だったら彼の様な姿であろう」

 そう言って詳しいことを言わず、それ以上の言葉を聞き出そうとするのを制したのだった。


 自分達が到着してから四日後、演壇の上に立つコーネスは、到着していた全軍を並べ儀礼的な挨拶を述べると、アービエル・ネイ・レムリニアスを呼ぶ。

 屈強な男達四人に支えられた輿に乗り、自分の身代わりとなっている予言の者は出てきた。

 輿に固定されている腰掛から辛そうに立ち上がる男、顔の輪郭が判らない程に蓄えられた下顎の脂肪は歩く度に揺れ動き、それと共に寛衣の下でも全身の脂肪が揺れ動くのが分かる。


 妙に場違いな男がいると思っていたが、あれがアービエルなのか、どうしたらあんなに肥えられるのか、何か呪いにでも掛かっているのではないのか、そう思えるほど、その様に思ってやらなければ哀れだと思えるほどに醜くい男だった。

 しかし、なるほど彼の髪と瞳の色は自分によく似ていた、首と一体となった二重顎から見える顎や、たるんだ皮膚の下に隠れた頬の輪郭から、元々は良く似た容姿だったのかも知れない。

 もしも自分が飽食の限りを尽くし、自堕落な生活を十年も行っていれば、あの様な姿になっていただろうか。


 もう一人のアービエルを観察していると、彼が自分の視線に気が付きこちらに目を遣る。気付かれたかそう思ったが違った。彼は目を見開き、顎に付いた脂肪を震わせながら自分を怒鳴りつけてきた。

「何を見ている、卑しい下賤の者が我が輩を見るのか、神の子であるこのレムリニアスの目を見るのか、お前たちに平和を与えるアービエル・ネイ・レムリニアスを見るのか、お前は何者だ、何の権限があって神にも等しい我が輩を見る」

 そう言って彼は腕にしていた金の腕輪を外すと、自分にそれを投げ様とするが、自分が目を逸らした事でコーネスがそれを制した。

 肩を大きく上下させながら、豚にも似た呼吸音を出していた予言の者は、落ち着きを取り戻すと演説を始める。


「我が名はアービエル・ネイ・レムリニアス、炎を産湯にこの世に生を受けた者、自らの予言によりこの世に再び生まれ出た。

 人類の親であり、人類を導いた者、世界の期待を背負う者、世界に自由を与える者、世界に秩序を与える者、世界の平和を体現する者である。

 我が輩の使命は魔王ライオネルを斃しこの世界に平和を齎す事である。

 我が輩の声に耳を傾けない邪悪なる者共を滅ぼし、真に神の奇蹟を信じる者の世界を作ろうではないか。

 お前達は天命を行使する兵士である、神の先鋒である。

 殺人・暴行・盗み、幾多の罪によりお前達の魂に繋がれた冥王の鎖は、魔獣を一匹殺す毎に錆付き、全ての罪が浄化された暁には、神々は処女たちの待つ蜜と乳が流れる大地へとお前達を連れて行くだろう。

 これから我が輩がお前達に命じる全てはこの世界の全ての法に勝る、天命そのものであると心得よ。

 人類の第一人者である我が輩に従え、それこそが人類の幸福、さすれば諸君は千年王国の名誉ある勇者として永遠に讃えられるであろう」


 自分には内容の良し悪しは判らなかったが、農兵などは両膝を地面に着け天に手を上げながら涙を流しむせび泣き、彼に対して侮りと軽蔑を見せていた兵卒達の中にも涙を流す者もいた。

 天に向けられていたアービエルの両手が下ろされ演説が終わると、剣と盾を持つ者はそれを打ち鳴らし、持たない者は両手を挙げ万歳を叫んだ。


 予言の者は演説一つでこの場に居る者の心を掴んだようだ、指導者としての素質は十分ある様だが、それは平民である兵卒までの話、中隊長や貴族連中は表情を変えずいた。しかし、歓声が収まらずにさらに激しくなると、この流れに乗らなければ指導者としての資質を疑われると感じたのか、両手を頭上に上げて拍手を行い、両隣の者と顔を見合わせぎこちなく笑う、勿論自分もそれに倣った。


 大地が揺れる程の喝采は、まだ何もなしていない者に対する評価としては、異常な物であった。

 彼は未だ何も成しえていないのにこの評価はおかしい、予言は未だ達成されてもいない、それなのにこの人気、もしも彼が魔王に敗れるどころか、このランツとの戦いに敗北した時はどうなるのだろうか、今ここで歓喜の叫び声を上げている信者たちはどの様な行動に出るのだろうか、それでも予言の者を信じるのか。

 コーネスは何を考えている、もしもここでこの者が死亡したら盟主としての地位はどうなる、レムリニアスという空虚な名で保たれている同盟は終わるのではないのか、それでもいいというのか、それとももうすでに予言の者を使わなくとも盟主としての地位を保つ方法を考えついているのだろうか。


 自分と同じ名前を持つ者よ、お前は何を以て自分が選ばれた者だと信じ込んでいる、お前が本物で自分が偽者なのかもしれないが、お前はまだ魔王を斃した訳ではない、お前は未だ何もしていない、お前は何も証明していない、自身がとても脆い輿の上で踊っている事を理解していないのか。

 本当ならば自分があの場所にいたのではないかと思うと、恐怖で足は震え全身に汗が吹き出し吐き気までしてくる。



 もう一人のアービエルはコーネスから総司令官の辞令が記された巻物と指揮杖を受ける、これでこの軍勢の指揮権は彼に渡ったという意味だが、パルミュラ王が何者よりも上位である事を示す儀式でしかない。

 任命式が終わり二日後に行軍が始まるのだが、余りにも人が多すぎるために、纏まって行軍する事は不可能であるとして、三つに別れて進発する事になる。


 鎧の管理やそれを身に着ける際に手伝う者、馬の世話する者、食糧や天幕などを載せた荷車を押す者、騎兵に最低限必要な員数はこれだけなのに、婦人を同行させた上に、宝石の番をする者や化粧係及び女官などは絶対に必要ではない、農民も戦闘時にただ立たせているだけで役に立たない、しかし、彼ら貴族は無駄な人員を連れて来ているとは思っていない、これが当然と思っているのだ。

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