閲兵場
暇な時間を潰すために、酒と女と賭博に前借していた給料までも使い、果てには武器まで売ってしまう者もおり、閲兵場に到着した兵卒を待ち構えるのは賢く悪質な者達ばかりだったが、その共犯には司令官も含まれていたので咎める者は誰もいない。
自分は支配下に入る事が決まっている兵卒に対して、剣を振るったり隊列を組む訓練を行い、暇を感じさせない様にしていたために他の陣営に比べて治安が良く、食事に使う金も余っているので健康状態も良好であった。
期日までに自分の下に集まった兵卒の数は、二重記名や武器の貸し借りによる詐称を省き、総数八百六十名余、名簿に登録されている数は一千四百五十名、八個小隊全てが既定の数を大幅に切っている。
ポートルコから呼び集めた弩兵で統一した小隊もあれば、胴甲まで装備した小隊や軽装備の小隊などに分け、兵の運用を容易にする。
「ランツの戦力は、騎兵が一万、歩兵が八万、当初予想されていた数より二倍に増えたのは、乗り気ではなかったキュキュンベル伯が王の招集に従う事を決めたからだ、その原因はネルツヒトの支援によるものといえる。
それでも我々の軍勢は二万を超える騎兵、そして十四万という歩兵だ、我等の方が数で勝っている上に、魔王討伐のために魔の森に国境を接するウルとヴェツアークの両国を救うという大義を持ち、その軍勢を予言された者自身が率いているのだ、これ以上に神々に祝福された軍は存在するだろうか、在るはずもない、我々の勝利は約束されている、神々だけではない、全世界が我々の勝利を願い、世界に安定と秩序を与えるのだ」
傭兵隊長のフーダンは、集まる配下の兵卒達に熱く語った。
この傭兵隊長は理想だとかを我々に語りかける様な人ではない、正当性を説く様な人でもない、しかし、その言葉がお世辞や儀礼としての演説には聞こえなかった。
そしてフーダンの演説を聞き興奮している兵卒を見て思う、これが予言の魔力なのか、兵卒の中から歓声やレムリニアスに忠誠を叫ぶ声が上がり、中には咽び泣く者までいるのだ。
幼い時に感じていたあの感覚が甦る、そうだパルミュラを中心とする魔の森に国境を接する国々、レムリア大陸の中央部で生活する民衆は、魔王への恐怖と予言の者への希望で満ちているのだった、何故今まで忘れていた。
パルミュラの国境近くに集まっていたフーダン傭兵隊長麾下の傭兵達は、期日になる前に集結地であるパルミュラ東部に向かう事になっていたのだが、フーダンは何故か軍勢を北北西に向けた。
まさかこのまま魔の森に向かうのではないか、フーダンの行動に他の中隊長も慌てその意図を聞くが、彼は聖地巡礼と言い、予言の者が生まれたエリス村に向かっている事を明らかにした。
その行動は完全に傭兵隊長の独断であったから、途中に在る都市では略奪を恐れた市民により門を閉じられてしまい、必然的に我々は食糧不足に陥り始めるが、フーダンは陣を張る様に命じて攻城戦を行う構えを見せると、彼と親しい中隊長達も本当にフーダンが変になったと思い始める。
戦闘が始まる直前になって、コーネスからの急使がフーダンの前に現われて食糧の補給を許したので食糧問題は解決し、フーダンもこれに満足して先を進もうとする、しかし、急使は行軍を止めて集結の地へ向かう様に指示するが、フーダンはこれを聞き入れず進軍を続けた。
さらに十日後、コーネスからの指令を受け取った急使が再び現れエリスへ行く事は許可するが、食糧を急には集める事ができないとして、軍を二つに分け其々が別の道を通り目的地を目指す様に伝えて来た。
我々を分断して少ない軍勢に攻撃を仕掛けて来るのではと思い、自分は数の少ない隊の方に入り緊急時に備えていたが、その様な事はなく行軍は安全に行われる。
しかし、食糧に就いてはまだ不満があり、酒保の提供する値段は、彼ら自身の利益や隊長達へ貢分等により、やはり市場で直接買うよりも高価となっている、その事を知っている兵卒達は苛立ちを隠さず、彼らを泥棒だと罵っては乱闘騒ぎを起こし、その度に裁判が行われ行軍が遅れた。
途中であの砦に近い場所を通る。
フラックスに指揮を任せておいて、レイの売春宿を探してみようかと思ったが、恩人であるクウィーが女主人として店に出ている姿を見たくなかった。
頭に大怪我を負った自分を救ってくれた女性、彼女が幸せになってくれていれば良いのだが、人生はそんなに上手くはいかない。
それに前回は見逃してくれたとはいえ、レイが宿の主人の本来の任務として、家令の代理に自分の正体を知らせる可能性もある。それが正しい姿であるのだから、今回も見逃してくれるとは限らないではない。
幾つかの言い訳を考え、軍勢に留まる。
住民の名前を記した名簿も消失し、事実かどうかは判らないが、名も判らない母の遺体はシーダ家の霊廟に収められている。
十数年振りに来たエリスは、焼け落ちた家屋が雨風に晒され朽ち果てようとしていた、生まれた記憶もなければ同年代の友人と遊んだ事もなく、元から荒廃していた故郷だが、今にも消えてしまいそうなその光景を見ると、やはり心穏やかではない。それが作り話だったとしても。
しかし兵卒の中から涙を流す者や跪いて手を合わせ地面に口付けする者の姿を見ると、哀愁は何処かに消え心に不安とざわめきが残る。
不安感や心に波風が起きる事が多いパルミュラだが、一つ安心した事がある。
フーダンは聖地とされているシーダ家の霊廟に向かうと言っていたのだが、コーネスの使者から金を受け取ると、そのままもう一人のアービエルが待つ閲兵場へ向かう事を決めた。やはり彼は傭兵隊長であった、これまでの行動は金を手に入れ兵卒の信頼を得るためのものだったのだ。
戦況が悪くなり戦いが長引けば給料の支払いは悪くなり、初めの内に金を多くとり貯めておかなければ傭兵の統制を保てなくなるので、武具を持参した者に給料を二倍払う倍給兵を多く登録したり、整列中に兵卒を移動させては数を誤魔化したりして、実数よりも多くの兵員が存在するかのように見せる必要があった。
輜重部隊は明確には存在せず酒保に頼る方式。
食糧以外にも鍛冶屋や戦利品である捕虜や略奪品を買い取る商人に娼婦の一団、それらが部隊の後を馬車や荷車を引き連れ歌いながらお喋りしながら、鍋や武器等の金物が音を鳴らし、家畜の鳴き声が絶えず聞こえる。




