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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第五章
33/63

宴会

 自分達が撤退に移ったのと同じ頃、王自身も戦場から逃げ出しており、捕虜の交換を条件にこの戦争を終結させる。

 参戦していた騎士や従士は、その話が事実ならばこの戦争は我々の勝利ではないか、と思えるほどの自慢話を故郷へ持ち帰り、王はこの戦争に勝利したと民衆に錯覚させるため、王都で豪勢な凱旋式を計画する。


 連隊長の子飼いではない傭兵は解雇されて職を失い、其々が金を求めて各地に散って行く、ある者は詩人として自分の武勇に色を付けた詩を酒場で詠い、ある者は芸を仕込んだ犬と共に、ある者は酒保の女主人の許へ、ある者は堕落した仲間と共に野盗となり剣を振るい続ける。

 彼らの今後を想い、せめて最後に満足行くまで飲み食いできる様にと、解散を命じられる前に集合する場所を伝えた。


 家令の代理人に金を握らせて、土地と共同竈の使用許可を得ると、村人を雇って仮設の宴会場を作る。

 串焼きにする山羊と羊を其々四十頭分、大鍋に入れる羊八頭分と鶏四十羽分に野菜や香辛料、曳航させて取り寄せた海魚、塩漬けされた野菜や魚、果実の干物、彼らに味の違いが判るか怪しいが、白くなるまで篩いにかけた良質の小麦粉と葡萄酒の搾りかすから作った種を合わせて練った後、胡桃や蜂蜜及び牛酪や乾酪などを入れて、丁寧に時間を掛けて膨らませて焼いた物を大量に作り、新鮮な葡萄酒と麦酒を其々八十樽用意する。


 水車小屋が小麦粉の量を誤魔化したり、故意に溢されたりしたので大いに揉め、羊を勝手に解体すれば皮剥ぎ職人に小刀を宿の出入り口に打ち付けると脅され、何かにつけて税を要求してくる家令の代理、こちらが急いでいるのを勘付いて値段を上げる商人、金の臭いを嗅ぎつけて遣って来た旅芸人や娼婦の一団、他所の者を警戒する村長に禁令を約束するなど問題は多々起きるが、何とか七日続く宴会の準備を整える。


 村の者に宴会で振舞われる物と同じ食事を分け与え、この会が成功する事を神々に祈り準備を終える。

 期日に集まったのは三百名を少し下回るほどの者達、中には別の隊に所属していた者も紛れ込んでいたが、半数はこの戦争で一年程を共に戦った者ばかり、残りも三年以上前から共に戦い生き延びた者達であった。


「今日でお前たちとも別れだ、しかし次の募兵の際に会える事を期待している、そしてできれば今度も俺の隊に就いてほしい。

 我々は最強だ、戦場に最後まで居たのも我々である、他の部隊が十名以上の死者と数多くの負傷者を出したのに、この部隊では四名の軽傷者しか出さなかった事実がそれを証明している。

 さぁ、腹が破ける程に食べて飲め、そして歌って騒げ」

 自分が一杯目の酒を飲み干すと、隊員達は雄叫びを上げ感謝の言葉と共に宴会を始める。


 次々と酒樽が空になり、給仕の女性を口説く者、延々と同じ武勇を詠う者、運ばれてくる肉を口一杯に入れる者、何故か犬に芸を仕込もうと懸命なっている者、酔いつぶれて床で寝ている者、吐く者、吐しゃ物が足に掛かり笑いこげる者、殴り合いを始めたかと思えば肩を組んで笑い、何を言っているのか解らない口調で彼らは騒ぎ続ける。

 頃合いを見計らって自分は隠れる様に階段を上がり、会場の全体が見渡せる二階に引っ込む。


「できれば再び隊長殿の許で働きたいものですが、今後はどうするのか何か当てが有るのですか」

 円卓を挟み正面に座るフラックスの問いに応じる。

「今の所は何の情報もない、傭兵隊長殿から何らかの誘いがあると期待しているのだが、どうもこの辺りは内陸過ぎる様で、休戦の情報が周辺国に広がっていないんだろうな、多分としか言えないが」

 この国には一年余り滞在しているが、国境を接する国の商人以外は入国しないので、手に入れた情報も人伝で断片的な物のために、利害関係や妄想等を考慮しなければならないので、多くが信憑性に疑問を持たなければならない様なものばかりで有益な話は殆どなかった。


「キルキアにでも行ってみますか、あそこなら確実に兵士を必要としているでしょう」

 好奇心をくすぐられたのか、フラックスは笑顔で尋ねる。

「しかし北の蛮族は恐ろしく強いという話だ、戦場では最後の一人になるまで戦いを続けるために、魔王も奴らとの戦いで大きな犠牲を払っているとか、今回の様な半端な状態で戦いが終わるとは考えない方が良いぞ。

 他人のために命を懸け信頼を得るために数年の歳月を耐えるよりも、連隊長からの誘いを待っている方が楽な仕事にありつけるだろうよ。

 そもそもキルキアで戦うには当地の出身でなければならない、我々の様な者達には関係ない話だ」


「蛮族というのは、それ程までに手強い相手なのですか」

 自分の話を信用しきれないフラックス。

「数え切れないほどの部族が北の大地には存在し、中には十万の戦士を擁する部族もあるという。

 文明国の中で最も北に在るキルキアは、常に森の恵みだけでは暮らせて行けなくなった蛮族の侵攻に悩まされている、そのキルキアがレムリアス同盟に参加したのは、自国内の軍勢だけでは蛮族に対抗し続けられないと判断し、パルミュラの助勢を必要としていたからだ。

 つまりは、キルキア王とその配下の貴族が持つ兵力がどの位かは知らないが、そのキルキアが十年前に崩壊し、指揮を引継いだゲルマネス将軍は世界で最も有能な人物であるのに、ボナリウスの死により弱体化した魔王軍の情勢を考慮しなければならないが、未だに蛮族の侵攻を止められていない事を考えれば、その実力は計り知れないものがある」

 まるで教師の様な口調でフラックスに語ってしまい、恥ずかしさに頭を掻く。


 ボナリウスの死後、かつての傭兵隊長の部下であった騎士はライオネルを見限りパルミュラに亡命した。

 洩れ聞こえて来る彼らの話では、魔獣は騎士の言う事を正しく理解する事が出来ず、魔王たるライオネルのみが手足の様に魔獣を動かせたという。

 十年前までは、騎士達の報告を許にボナリウスがライオネルに指示を出し全軍を動かしていたのだ、これでは満足に戦えるはずがない、あの元傭兵隊長が大軍を率いてもキルキアを攻略するのがやっとだったのも頷ける。幾ら無限の軍勢を以てしても、命令系統がお粗末ならば大した脅威ではない、今回の戦いでも中隊長が自分の判断で指揮を行っていれば、自分を含む小隊長は越権行為をする必要もなく、戦列は崩壊せずに済んだであろうに、そしてライオネルは総司令官と小隊長を兼務している様なもの、他の防衛線に軍勢を分散させて、同盟軍の戦力を分散させるのも難しいはず、寧ろライオネルの消極的な態度は正しいのか。


 ライオネルの苦境とは違い、同盟軍は余裕をもって蛮族と戦っている可能性が高い、それでも決着が付かないのは、蛮族と同盟軍の力が拮抗しているのか、それとも意図的に戦いの終結を遅らせているのか。

 本当に勝利する積りが有るならば、何故ライオネルは蛮族の真似をして魔獣の大群をキルキアに送り込まない、作物は荒らされ土は踏み固められる、そうすればあの国は一年足らずで荒野と化し、次の戦場をラドベルに移せるではないか、何故それを実行しない、そんな事も考え付かない程に愚か者なのだろうか。


「一年前の情報から考えると、恐らくパルミュラの王様は蛮族からキルキアを助ける積りはない、キルキアに魔王と人民の目を向けさせるために、戦いを続けて行く積もりなのではないだろうか」

 考え込む自分の邪魔をしない様に、席を立とうとしていたフラックスに呟くが、独り言と判断した彼はそのまま席を立ち、傍に控えていた給女の腰に手を遣り階段を下りて行く。

 

 七日の間、昼夜を問わずに宴会は続けられた。

 酔っ払い共は初日から同じ内容を繰り返し、今も会話そのものが成立していないのも気にせずに、同じ内容を繰り返し話している。自分はどうやってこの宴会を無事に終わらせるか考えていたのだが、突然、下の階で騒いでいた傭兵達が鎮まった、男が三名入っていきたからだ、松明の炎に照らされた衣服の皺は光沢を放ち、腰に帯刀した長剣を隠すことなく出していることから、特別な人物である事が分かる。


「ミリドー小隊長は何処に居るか、話をしたいので場所を教えろ、お前たちにとっても重要な要件である、といえば理解できるだろう」

 自分は階段を降り彼を二階に案内する、従者を残してパミットは階段を上がり椅子に座ると兵卒達に飲み続ける様に手で合図を出し、後に従っていた自分に座る様に指示する。

「今日はフーダン連隊長の命により来た」

 下で待つ二人に酒を持って行く様にフラックスに命じ、傭兵達が騒ぎ出したのを見計らってから彼は話しを始めた。


「アービエル・ネイ・レムリニアスという名を知っているか」

 一瞬驚く、しかしそれを表情に出す訳にはいかない。

「勿論です、ネイ・レムリニアスといえば予言の者の事でしょう、東の方ならともかく、レムリア大陸の中央部位までなら子供でも知っている名ですよ」

 何をどの程度知っているかという中隊長の言葉に対して、ここで嘘を付いた場合それが見破られた時に妙な事態になるので、ここは表面的な情報のみを言う事とする。


「たしか、どこかのエリスという名の村で起きた火災で生き残った後、パルミュラの王に引き取られたとか、たしか、数年前にゲルマネス総司令官代理の下で初陣を終わらせたらしいですね、自分よりも六つ年下だから、今は二十歳前後ではなかったでしょうか」

 自分の応えに対して、パミットは期待通りでも以下でもないという表情で頷き、懐から羊皮紙を取り出すと自分の前に置いた。そこには幾人もの貴族の名前が連なり、その下には配下の員数が記されていた。


「今度の雇い主は、パルミュラ王コーネス・ネイ・シーダだ。

 君の言う通り、成人した予言の者は、近々大軍を率いて魔の森への侵攻を予定している。

 現在、ランツとヴェツアークが交戦しているのは知っているか、ヴェツアークはウルが擁する新たな女を女王に就けたが、その事が気に入らないランツの王は言い掛かりを付けたのだ」

 ジョルジュが死んだ事に驚くと共に、静かに落ち着いた口調で訊ねる。

「ランツにはヴェツアークの姫様が嫁いだと記憶しています、普通ならば彼女が次の王位を得るので、ランツと戦争をするのでしょうか」


 君は何でも知っていると思っていたのだが、その認識は少しばかり古い。パミットは首を軽く振るとそう言う。

「あの国の王権は確かにジョルジュが死んでから、ランツに嫁いでいた彼の娘であるアンネリーゼに渡った。

 今回の争いの切っ掛けはその女王が死亡したからだ。

 ジョルジュは将来のランツ王を操る腹積もりだったのだろうが、まさかまだ四十代も半ばの自分が年老いたランツ王よりも先に死ぬとは思っていなかったのだろうな。

 王位継承権はウルに亡命していたというキンナ一族のココに渡ったが、ランツはこの新女王は偽者と言い掛かりを付けた上に、出産後に死を覚悟したアンネリーゼが王位継承順位の第一位に自分の名を加えたと主張した。

 そして今年に入ってからは、海岸部を荒らし回る魔獣を討伐するためという理由で募兵を開始した、この誰もが嘘だと判る主張に対して、パルミュラ王は魔の森に接する国々の団結が肝心だと考え、ウルとヴェツアークを支援すべく、予言の者に軍勢を任せランツの懲罰に向かわせる事になった」

「予言の者が指揮する遠征軍」

 驚く自分を見てパミットは軽く頷くが、それは大した問題ではないといった風だった。


「列なる貴族や総司令官の名前を見ると、とてつもなく大きな戦役が行われるかのように錯覚するが、基本的にネイ・ベイルは北方の蛮族とキルキアの奪還を試みるゲルマネス殿が指揮する同盟軍と戦っている。

 依然マニシッサ河の警戒は必要だろうが、ライオネルただ一人が操る魔獣の軍勢だ、魔獣の不意打ちを考える必要もなく、戦闘は我々の様な人間同士の戦いであり、ここに書いてある貴族の半数とその郎党が集まれば簡単に勝敗が着く程度の戦役でしかない。

 これだけの軍勢が揃えば、ネルツヒトもこの戦役から手を引き、戦わずに敵の軍勢は崩壊する可能性も十分にある、だからこそ連隊長はこの戦役に参加する気になったのだろうがな、予言の者がこの戦役で敗北してしまえば、今まで民衆が彼に抱いていた期待は下がるどころか、上がっていた分だけ憎しみに変わる可能性もある。

 だからこそ、その様な愚かな事態に予言の者を巻き込むはずはない、これは予言の者に箔を付けるために行われる戦役だと考えるべきだ」

 そう言うとパミットは懐からもう一枚羊皮紙を取り出し、自分の前にそれを広げた。


「募兵特許状だ、知っての通り指定された地域での募兵を認めるものだ、これを受け取れば先日死亡した中隊長の代わりとして、フーダン連隊長の友人として、自らが指揮する兵卒を自力で集めなければならない。

 もしも受け取らなければ、我々の募兵に応じた際には小隊長に任命するが、今後はフーダン連隊長の下で中隊長に誘われる事はないだろう。

 連隊長殿は君が他の小隊長からの評価が高い事や、今回の会戦でも右翼に配された部隊の中で最も活躍した事を知っている」

 遂にこの時が来たかと体が少し震える。それが中隊長に昇格された事によるものなのか、誰かが自分の代わりにライオネルと戦う事によるものなのか、それともアンネリーゼの死を知った事によるものなのかは判らない。


「想像するにランツとの戦争が和平か占領かに終わろうと、パルミュラが主導権を握る事が出来れば、そのまま我々は魔王討伐の軍勢に編入されるだろう、既にブラム伯から騎士の称号を授与されている君は、このまま順調に名誉を積み重ねて行けば、征服された魔の森に領地を与えられる事も可能ではない、そうなれば本当に騎士として自立した道を歩む事ができる、しかしこれに参加しなければ二度とこの様な名誉に預かる事もできないだろう。

 庶民としてこの世に生まれ落ちた我々にとって、これ以上に栄達する方法があるだろうか、そうは思わないか」

 彼自身がそうなる事を望んでいるのか、パミットの弁には熱がこもっている。


 この世で、アービエル・ミリドーが誰なのか知っている自分にとって、パミットの調子に何か裏を感じる、それは気のせいなのかも知れない、しかしそれにしても予言を信じている訳ではないが、自分がいない軍勢が魔王と戦って勝つことができるのだろうか、その軍勢を自分が率いていなくても参加しているだけで予言が実現されるのだろうか。

 レムリニアスは自らと魔王の復活を予言したが、魔王と戦う事を明言してはいない、だからといって魔王に対抗する力を持つのはレムリニアスだけではないのか、もしかしたら自分が参加しなければこの戦いは始まりもしないのでは、そう考えた途端に自分が増長している事に気が付き、首を振りその考えを散らす。


 今すべき事は、共に戦ったあの連中が今後も飯にあり付ける様に職を見つけ、罪を犯す必要がない環境に連れて行かなければならないことだ、パルミュラへ向かうかどうかは関係ない、雇われれば何処にでも行こう、コーネスに直接会う機会もなければ、自分が誰なのか気付かれる事などあるはずもない、いつも通り給料を支払う相手の命令に従えばいいのだ。

「喜んで引き受けましょう」

 パミットは頷くと下の階で待っていた内の一人を呼び、彼が持ってきた大きな袋を自分の目の前に置いた。

「手付き金だ、足りない場合は君の懐から出しておいてくれ、募兵官にしっかりと名前と出身地及び身元の確認をする様に命じておけ、名簿に書かれていない者の分まで追加の費用が掛かってもこちらは補填しない」

 パミットはそう言うと、もう一度頷くと、宴会場から出て行った。

 突然の訪問者がいなくなってから、自分は下の階で飲んでいた兵卒達に中隊長への昇格と、全員の仕事が決まった事を伝えると、兵卒達はさらに飲み続けられる話題が出来たと喜び、全員が酒を手にして再び大騒ぎを始めた。

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