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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第四章
31/63

始まりの終わり

 警戒する物見の兵にハッボス号の乗員であった事を伝え、驚いた親方達によって身分を証明した自分は救済施設での療養を許される。

 この施設から出ることができたのは、季節を一つ経てからの事であった。

 その間に一緒の船に乗った事のある船長や船員が見舞いに来る、果ては参事会の議員まで来たので自分の名前は都市中の人々まで知られる事となった。

 しかしアンネリーゼは見舞いに来なかった。その理由を誰に尋ねても困惑した顔をするばかりで答えようとはしなかった。


 見舞いに来た人達の反応からアンネリーゼに何が起きたのか薄々は解ってはいたが、それでも確認せずにはいられない。

 救済施設から出ると彼女が借りていた部屋に行くが、そこは別の誰かが住んでおり、アンネリーゼの話をしても家主は思い出せない様子だった、療養中も感じていた違和感をそこでも覚えつつ、自分が旅から帰って来るまでに直すと言っていた丘の上に在る小屋に向かう、廃屋と殆ど変らなかった小さな家へ。


 都市の端の方に在ったと記憶していたその丘を捜すのに半日を費やす、一年前には木々が立ち並んでいたはずの丘の周りには家々が立ち並び、自分が覚えていた風景とは違うものに変わっていたからだ。

 余にも様変わりしたオスロの風景に違和感を覚えつつ、自分達が借りた家に向かう、その家の外装は確かに綺麗に塗り直されており新築の様になっていた、扉も新しくなり鍵も備わっている。新居の中からは人の気配が感じられなかったが、確認のために扉に手を掛ける、しかし、やはり鍵が掛けられており中に入ることはできなかった。


 暫く家の前の坂道に座り込み呆然としていると、家主の小母さんが来て鍵を渡してくれた。

 扉を開けて中に入るがそこには誰もいなかった、それ所か何もなかった、確かに外装と同じ様に内装も綺麗になっており、地面がむき出しだった床には板が張られていたが、家具もなく誰かが生活している様な雰囲気はなかった、航海に出る時にはアンネリーゼが織った敷布が敷いてある食卓や椅子を想像していたし、寝台位は置いてあると思っていたが、そこには本当に何もなかった。

 何故だ、彼女は何処に行ったのだ、今まで恐ろしくて誰にも聞けなかった質問を小母さんにする。


 自分にとっては一年前の事なのに……

 一年しか経っていないと感じていたのに……


 ハッボス号が消息を絶ってから三年を過ぎ四年目になろうとしていた。


 一体いつ時間を盗まれたのか。そう思うが、ローレン諸島までの距離を考えれば風任せの波任せで辿り着くはずがない、帰りの航海もどれだけ海に漂っていたのだろうか、海図に在る潮の流れを思い出し、自分がオスロに辿り着けたのは偶然ではなく時間によるものだと理解した。


 彼女は二年間も待っていてくれたそうだ、綺麗にしたこの家の中で何時までも泣き続け、オスロ政府が紹介する縁談も断り自分の帰りを待っていたそうだ。

 十代を過ぎた年頃の女性が家族もおらずに一人でいる事によって、根拠のない噂話を立てられ始めて居心地が悪くなったのだろうか、何れは一国の女王となるかも知れない彼女にとって、この国での生活は想像よりも苦しかったのだろうか、二年目に入る頃に、ヴェツアークに親戚がいる事が判ったと周囲に伝えると、街に来ていた旅人と共に出て行ったそうだ、荷物の殆どを近所に配ったから何も残ってはいない。


 しばらく呆然としていた、何をすべきなのか理解している、しかし体が動かない、疲れによる物か失望感による物かは判らない、翌朝まで家の前に座り、家主の小母さんが用意してくれた朝食を食べるとようやく決心が付き港まで降りる。

 手持ちの金では足りないので組合や親方から金を借り、すっかり顔見知りとなった議員のお爺さんにヴェツアークまでの紹介状を書いてもらう。

 親方にも議員にも引き留められるが自分は行かなければならない、彼女と会わなければならない、会って自分が生きている事を教えなければならない、悲しませた事を謝らなければならない。

 船に乗る気が起きなかったので今回は内陸部を通る事にする、有力者の印が押された紹介状も金も得ていたので、ヴェツアークまで最短距離にある都市や関所を通り抜ける事ができた。




 逃げ出した時と同じ様に貯水槽から城に入ろうとしたが、滝の裏に在る出口は岩と石膏により塞がれていた。

 しばらく考え込んだ後、ヴェツアークの王都へ向かうことにする。

 有名な貴族の名が入った紹介状と番兵への賄賂で難なく王都に入ると、ヴェツアークの城下町では祭りが開催されており、大通りには大量の酒と料理が置かれた長机が幾つも並べられ、多くの人が無料の食事を飲み食いし浮かれ騒いでいた。

 何事かと思ったが、酒を飲み酔っ払っている人々に声を掛けて事情を聞くのは面倒に巻き込まれるだけなので、酔っ払いや通りを歩く人々から発せられる断片的な情報を耳に入れながら大通りを外れ狭い道を歩き広場に向かう。


 そしてそれを見た。

 その途端に膝の力が抜け地面に座り込みそうになる。

 国政に関与するだけで貴族と称するオスロの金持ちとの結婚は、王族である彼女には堪えられない侮辱だったのかも知れない、またはあの丘の小さな家での生活が嫌になっていただけなのかもしれない。

 アンネリーゼ・キンナ・シューバよ、君はそれで良いのかい、君はそれが嫌だったから城から出たいと思ったのではないか、だから一度しか会った事のない自分を頼ってまで外の世界に逃げ出したのではないのか。


 広場にある市庁舎の壁に漆喰で大きく描かれていたのは、頭に王冠を載せた大柄で髭を生やしたランツの王、そしてその隣にとても美しい恰好をしたアンネリーゼの姿であった。

 どこで彼女の気が変わったのかは判らない、しかしそんな事はどうでもよかった。

 彼女の本心や自分の生存を知らせるためにランツまで行き、再び給仕として城に潜入する気にはならない、どうでも良くなっていた、心の奥底に鉛の様な物が重く沈んでいるが、今はそれと向き合いたくもない、これ以上ランツの王妃について考えたくない。

 自分が行うべき事はした。


 ランツとの同盟が結ばれた事を喜び、酔っ払い達が新しい王妃に対して祝福を叫ぶ、その様子を背に自分は王都を出る、ヴェツアークという国から出て行く。

 逃げ出した後もアンネリーゼは自国の事を気に掛けていたのかも知れない、何れにしても彼女が選んだことだ、自分の生存を知らせることで彼女の決意を揺るがせる必要はない、自分の生存等はこの国の安泰に比べれば小さな事ではないか。




 最短距離でポートルコへ帰るには、キュキュンベル伯領とランツを通らなければならない、しかし足が其方には向かない、そもそも船にはもう乗りたくない、そう思い再び迂回路なるものの内陸を通る道に向かう。

 何故自分は誰も待っていないオスロに帰ろうとしているのか、今の自分にはあの国に固執する理由はない――このまま世界中を歩いて回るか――そう思いながら防柵もない村に入る。

 誰からの検査も金も払う必要も無い村、ただ通り過ぎるために歩いていると、泉が湧き出る小さな広場で声を掛けられた。


「そこの灰色がかった銀髪の青年、君は旅人か、もし今日と明日の金に困り、旅の目的もないのならば兵にならないか、君が隣人を殺害していようと、盗みによって追放を受けた身であろうと、そんなものは我々に関係がない、身分を証明できる物を持っていなくともよい、今すぐこの名簿に名前と出身地を書き指定された閲兵場に来ればいいのだ、そうすれば王の祝福を得る名誉、そして農民生活では得る事のできない金を得られるだろう。

 乙女は君の活躍に心を奪われ、故郷の親や君をならず者と蔑む近隣住民共は君の武勇を詠い英雄として尊敬することだろう」


 机の前まできた自分に募兵官は口上を続けようとするものの、自分が名前を書こうとしたのを見ると、無知な若者が自分の口上に上手く騙されたと口角を上げた。

 彼らの言う事が殆どまたは全てが嘘である事を知っている。

 給料の支払いは決まり通りにならず、何かにつけて罰金として金を請求されたり、給料は硬貨ではなく布地で支給されたりする事を知っている。

 心と体に傷を負い、自ら命を絶った青年を知っている。

 金で雇われて人を殺す傭兵に対して、金の支払いが悪い場合は、国内を略奪する野盗集団に変わる奴らを人々が称賛する訳がない。


 しかしそれでもいいと思った、ポートルコに戻って船乗りを続ける気にはならなかった、だからと言って建設的に働く気は起きなかった、家族が居る訳でもなければ故郷もない自分にとって死ぬ確率が低い上に金が得られる傭兵は十分魅力的に映った。

 レムリア半島の都市国家出身者は傭兵に就く事がないために、募兵官にオスロの議員の紹介状と共に、有力者の名が記された幾つかの手紙を提示した際には驚かれたが、そのおかげで閲兵場までの旅費として幾らかの金を手に入れる事が出来た。


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