生還
眠っていたのか意識を失ったのか判らない、乗っていた船は沈み仰向けになって海を漂っていた、そして腹の上には小さく白い鳥が一羽乗っている。
自分が木片に乗っていると思い込んでいた鳥は、それが人間である事に気付くと驚き、空へと飛び立ち視界から消える。
直ぐに状況が掴めた訳ではない、仰向けになっていた体を捻り、今まで頭が向けられていた方角に目を向けてみると、微かに陸地が見えていた。
もはや痛みで動こうとはしない手足だが、このまま引き千切れ様が構わない、そう思い前に進む事のみを考えでたらめに動かした、しかし陸地は一向に近づかず、依然と遠くに見えたために諦める、自分は思った、何度も思った、こんな最期を迎えるならば逃げ出そうなどと思わなければよかった、宮殿の中で一生閉じ込められていようが、こんな風に死ぬよりも余程ましな人生ではないか。
再び目が覚めた時には砂浜に打ち上げられていた、日差しから隠れるために近くの岩の陰に這いずり入り込む、身体は傷だらけで海水や砂が付いて痛みを感じ、このまま眠っていれば魔獣でなくとも獣に襲われる可能性もあったが、これ以上は動け回れる体力も気力も残ってはいなかった。
一体どれほど眠っていたのか判らない、しかし再び目を覚ますと雷鳴が聞こえた、驚き肩を縮めていると大粒の雨が降りだした。
全身で雨を受けつつ、大口を開けて口の中に溜まる水を飲む、すると力が湧き上がる、もっと飲もうと岩に寄りかかりながら立ち上がり、近くの岩場に在る小さな窪みに溜まった水を飲み干した。
水を満足するまで飲むと、今度は雨に当たる事が不快となり、洞状になっている岩場を見つけその中に入りうずくまって眠った。
次に目が覚めた時は太陽が出ていたのだが、やはりどの位眠っていたのかは判らない、しかし今まで感じていた手足の痛みは和らぎ、棒切れを支えにして何とか歩けるようになっていた、背の高い岩に上がり浜を見渡すと判った。
この浜はかなり広く奥行もある様だが、奥には自分の身長と比べて十倍の高さがある絶壁が内陸に向かう道を塞いでおり、とても今の自分には登れはしない。
海を背にした状態で辺りを見渡すと浜の右側も崖が迫り出しており、それ以上進む事はできなかった、しかし崖の隙間から真水が流れ出ていたので、二口程飲み込み腹の具合を確かめる。
「よし、腹が減ってる、大丈夫だ」
落ちていた流木を貝の殻を使って削り、何とか火熾しの道具を作った後、削る時に出たカスを使い焚火を熾す事ができたが、火を熾したことで体力と集中力を削られたので魚を獲ることを諦める、岩に付着しているフジツボを引きはがして海藻に包み焚火の中に入れて蒸し焼きにする。
鼻血や耳鳴りは病によるものと思われたので、そこら中の海に漂っている海藻も真水で洗い流して食べた。
三日間フジツボと生の海藻を食べて過ごし、四日目から岩場の窪地で捕らえた魚を献立に入れ腹を満たした。
十日目には、流木で作った杖の支えが必要な物の長時間歩ける様になり、手短な場所で得られる食糧も少なくなった事から、唯一先が見えない程に浜が続いている左側の方に歩いた。
漂着した浜から歩き始めて六日目、通常ならば二日程で踏破できる距離を進んだところで壁が目の前に見えた。
その壁は海中まで築かれていた、さらに今まで自分が右手に見ていた崖よりも高く、その崖を越えて内陸に延びているように見える、この壁は都市か要塞の防壁だと判ったと同時に、ここは人間が住むレムリア大陸だと確信が得られた。
安堵の余り膝から崩れ落ちそうになったが、杖に寄りかかり何とかそれを耐えていた所で頭上から声が聞こえた。
「ここはポートルコ共和国の属領オスロである、この壁に正当な理由なく近づく事は何人も許されない。
そしてその浜への上陸は許されていない、何故その浜に上陸したのか理由を述べよ」
防壁の上に居た歩哨だと思われる人物が今にも倒れそうな自分に問いかけた、今の自分に理屈や理由を長々と大声を出して説明できるとは思えない、今自分が言うべき言葉は。
「助けてくれ」
喉から血が出る様な痛みを感じながら、渾身の力を込めて叫んだ。




