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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第三章
28/63

律法を司る剣

 春になりアンブロア号の海賊達が来る時期が近づいて来る、自分としてはその前にこの島を離れなければならない。

 冬の間に大陸へ戻るための準備を行っていた。

 水の浸入を防ぐための膠作り、大きな帆を作るための麻の加工、島民たちと共に小型の帆船造り、鍛冶屋に頼み簡単な蒸留装置を作ってもらい、精製した蒸留酒、保存食としての豆類と麦類、それに乾燥させた果物、塩漬けされた魚や野菜を樽に入れ、後は出発に最適な日を待つばかりとなった。

 そして、旅立つ自分を送るためにミュンヘム族は宴会を開く、数日間この宴会を開くために準備で島は慌ただしく、オリームは楽しそうに出し物の計画を練っていた。


 浜辺に設置された大きな焚火の周りに島民が並び唄う、遥か昔に大理石で造られた演壇の上では薄衣を纏う女性達が指に付けた二つの木片を打ち合わせながら音を奏で、腰を振りながら尾を絡ませて踊る、男たちは顔に赤い痣を付け神話の神々を模した服を着込み、湾曲した片刃の剣を持って舞う。

 自分の故郷の伝統では旅立つ者が酒を注がなければならない、そう嘘を付き、彼らが普段は飲む事がない酒を大量に勧める。

 貯蔵されていた酒を全て使い果たすことで、全員を酔い潰す事に成功した。

 酔い潰れて眠る全員の顔をもう一度見る、優しくしてくれたミュンヘム族の顔を忘れないように。


 真夜中の登山に向かうために独り森の中に入る、以前は寂しさとか恐怖が勝っていた森の中だが今度は緊張が襲っている、動物を恐れての事ではない、これが失敗すれば、自分はオリームやダムロに殺されるかも知れない、それは嫌だが殺されるにしても抵抗して彼らを傷つけたくはない、でも死にたくはない、しかし自分は絶対に帰らなければならないのだ、アンネリーゼが待つオスロの家に帰らなければならない。


 闇夜の中で神殿はそびえ立っていた、歩く度に砂利と靴底が擦れて音を立てる、大理石でできた階段を上がり、列柱と壁に囲まれた神殿の内部に入り、静まり返ったその内部に足音を響き渡らせる。

 鍛冶屋に造ってもらった剣を取り出す、この剣の名は『律法を司る剣』、かつてレムリニアスが使った剣と同じ名前。

「リミティアートレス セルヴムペクウス グラディウス アディコンティルティオルツァ」

 一滴の血を刀身に滑らせて剣に祝福を施しその名を真実のものとする、そしてこの『アディコンティルティオルツァ』を目の前に在る、ミュンヘム族を縛る呪われた石柱に向けて振りおろした。


 刀身にその道を譲るがごとく一切の摩擦を感じさせる事なく半分に割れる石柱、床に落ちた左側は砕ける、そして破片と共に石柱の中から溢れ閉じ込められていた精霊が風となり飛び出した。

 無数の光の玉は、幼子の笑い声に似た声を上げながら神殿中を飛び、辺りは光に包まれたが、直ぐに精霊たちは神殿の外に飛び出してしまい、再び辺りは静寂に包まれる。


 眼前の石柱はただの石の塊となり、斜めに切れた左側は床に滑り落ちて端の方が砕けている、続けて台座に残された石柱を切り刻み床に落とすと、今まで石柱を乗せていた台座の上部が顕わとなる、そこには『この神殿は如何なる全ての生ける者も悪霊も手を触れる事も腐敗させる事も許されない』と記されていた。


 一瞬だけ迷った、まだこの神殿に施された祝福は消えていない、まだ精霊が閉じ込められているはず、しかしこの台座を破壊すればこの神殿はこれから朽ち果ててゆくはず、壁の彫刻は埃とカビに冒され最後には割れて粉となり消え去る。

 これが破壊されてもいいのだろうか、芸術家が魂を込めて創ったこの神殿を汚していいのか、そう思ったが、この神殿を大切にするか朽ちるままにするかはオリーム達に任せよう、彼女達が人間を恨みレムリア王国の遺産を破壊したいと思うならば、すきにさせればいい、そうでなければならない、彼女達の想いに任せるべきだ。

「過去の栄光よ、消え去れ」

 何故かそう叫び剣を台座に突き刺した。


 夜明け前、誰からも見送られずに出航する、少し寂しさを感じるがこれでいい、自分は大罪人なのかもしれないのだ。

 これでよかったのだ。正しい事をした。そう自分に言い聞かせる。

 これで彼女達は自由だ、目覚めと共に彼女達が持つ本来の性に気が付くだろう、もしかしたら危険な魔獣を呼び起こす事になったのかもしれない、海賊と共に旅立った仲間に何があったのかを想像し人間に対して憎悪を懐くようになるかも知れない、しかし、祭りという名の選別により海賊に自分達の仲間を引き渡す事はなくなるだろう、再び奴らが襲来すれば彼らは戦うだろう、保たれていた均衡を崩した自分は彼女達と共に戦わなければならない、その責任があるのかも知れないのだ、だが彼女達の持つ本来の性質が判らない以上あの島にはいられない、無責任なのかもしれない、でも彼女たちは自分達の運命を切り開くことができるのだ、このまま隷属している事すら気づかずに殺されてゆく事が正しいわけはない。

 別れの挨拶を最後にしたかった、自分はレムリア大陸に辿り着けるか判らないのだ、もう二度と彼らと巡り合う事はないだろう。

 頬を伝う涙を拭い呟く。

「これでいい、これでいいんだ」

 レムリア文字はラテン語を基本にした造語、巻き舌での発音が多く低音はより低音になるイメージ。


 一年を三百六十五日としているのは、この物語の文明度を古代ローマと中世ヨーロッパの文明を基にしているからで、ここで月が二つ存在したり一日や一年の長さが異なる設定にすれば文明の在り方そのものが変わって来ると考えたから、勿論そこに我々と同じ食習慣と体格を持つ人間がそこにいるのだから大きな所で変わらないとは思うけれど…… 一応。

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