ミーミン
他の島民とは違い、暇そうにしていたダムロを誘いもう一度神殿へ向かう。
石柱に自作した縄を結び付けておき、神域の外に待たせていたダムロと共に石柱を引っ張ろうとするが。
「無理です、そんな事をすれば罰が下ってしまう、見てください、この塀の内には植物が生えてもいなければ、雨風で地面が抉れてもいない、つい先ほど土を慣らしたように平らではないですか、神殿の方も汚れ一つ付いていないのを見れば、途轍もない力が神殿に宿っているのは理解できるでしょう、そんな恐ろしいことは止めましょう」
「そうか、君は気付いていたのか、でもだめだ、あの石柱は破壊しなければならない」
「あの石柱を破壊すると何がどうなるというのですか、それをしてアナタが何を得られるというのですか」
「それは」
全てを彼に説明しようと思ったが、それはそれで残酷ではないのだろうか、殺される仲間を見送っていた事実を知ったら、彼はひどく傷付くのではないだろうか、そんな風に思い言葉を飲み込む。
どちらにしろ、石柱の効力を消した瞬間に呪いから解き放たれるのだから、秘密にしておく必要があるのだろうか、いっそ打ち明けてしまうべきでは、今の彼らに何かを話しても理解する事ができずに、自分の言う事をただ受け入れるのではないだろうか。
そもそも今彼らを呪いから解き放った場合どうなる、人間に憎悪を懐くその心境は想像も理解もできる、その時に最も身近にいる自分に対してどのような行動に出るのであろうか、今まで通りに接する事ができるのか、もしかしたらアンブロア号に乗った海賊よりも先に殺されるのではないか、これは自分独りで解決しなければならないのではないか。
自分自身が作り出した幻想に恐怖して、目の前の石柱から縄を外す。
独りで如何にかしよう、何も話さずに呪いを解こう、自分が話さなくても、彼ら自身で考えれば、海賊に対してどの様な行動を執るべきか理解するだろう。
ダムロを外に待たせてもう一度神殿の中に入る、既に石柱と台座から異様な空気があふれていた。
石柱に刻まれている文字に指を当てる「消えろ、効力よ消えろ」念じてみるが、やはり効果は無かった。
しかし、胸の中で微かな光が生じる、そして背筋が寒くなる、目を閉じ頭の中でその光を手繰り寄せて握り締める。
「そうか、そうだ、力には力、重さには重さ、祝福には祝福、呪いには呪いではないか」
早速ダムロに持っていた木簡を一つ貰う、それに神聖とか侵害してはいけない物を意味する文字を刻んでみる、しかし、木簡に刻まれた文字からは、石柱に刻まれた文字の様に祝福された雰囲気が発せいすることはない。
十枚の木簡に神聖文字を刻んだところで、その全て割り地面に叩きつける。
結局の所は祝福を与える方法が解らなければ解除もできないのか、膝を地面に付きため息を一ついた。
「どうしたのですか、いきなり元気になったと思ったら、急に沈み込んで」
不安な顔をしたダムロが覗き込む、理由を説明する事はできない、彼を外に待たせてもう一度神殿の中に入る。
神殿の中は冷たく空気は澄み渡っている、正面に向かって進み、石柱に拳を殴りつける。
「ちくしょう、ちくしょう」
何もできない自分が情けなくなり、涙を流しながら何度も石柱を殴りつけた、皮が削れて僅かに血が滲み出る。
「――――――」
何か叫び声が聞こえた、それはダムロの物ではなかった。
顔を上げ辺りを見回すと、自分の周囲に小さな光の玉が漂い、その光の玉の一つひとつの中には、人差し指程の大きさしかない人間の様な影が見えていた。
目の前の人ならざる小さき者は蛾の様な触覚を額から生やし、白目がなく眼球全体が赤く、指と足先となる部分は虫の脚に似た鉤爪が二本生えている、男でも女でもない容姿、背中から少し透明な羽が四枚はみ出して見える。
小さき者達は微動だせず何事かを呟きこちらを見つめる、呆然とその様子を見ていたが、我に返り素早く目の前の小人を掴まえる、すると今まで何かに憑つかれていた様にこちらを睨んでいた小人は目を丸くしてこちらを見た。
「アッ! アンチャはレムリニアスじゃない ウチョちゅきのレムリニアス ナンじぇナンじぇここにいるの アッー ミンナなにちてぇいるの そんなにコワいカオちちぇさ!」
小さき者は早口でこちらに話しかけて来た。
「僕はアービエル・ネイ・レムリニアスだ、でも君の事は知らないから人違いじゃないのかい、君の名前は」
今まで出したことのない優しい声色で、小さき者に話しかけた。
「アチャチのニャマニェはミーミン ウチョちゃ オマエはレムリニアスちゃよぉ アイチュとおなじニオイがするものぉ アッ!」
目を見開いた小さき者は、口を手で塞ぎ首を振る。
「チュガウよ アチャチはミーミンちゃないよ」
小さき者は次に怒ったように頬を膨らませた。
「アッ! ハナチちゃダメ」
ミーミンを安心させようと思い、手を開き解放しようとするが、手の中の小人は叫び声をあげると自分の親指に捕まり離れようとしなかった。
「アチャチがアチャチでナクなっちゃうよぉ」
何を言っているのか解らなかったが、周りにいる小さき者の表情とミーミンの表情を比べて、自分が自分ではなくなると言いたかったようだ。
「君の仲間はどうしたんだい、人を呪う様に呟いているのはどうしてかな」
そう聞くと、ミーミンは怒った様に言った。
「オマエがそうちちゃんちぇちょぉ ここをマモっちぇろっちぇ アチャチちゃちにメイレイちちゃんじぇちょ」
そう言いながらミーミンは自分の親指の付け根を小さく細い足で蹴る。
「僕はここを護れなんて命令していないよ、この神殿を建立したのはレムリア王フラックスって奴だ、もう千年位前の話だから僕はまだ生まれてもいないよ」
「ちゃから オマエとおなじニオイがちゅるニュンゲンのイウこちょをきけちぇ オマエがメイレイちちゃんじぇちょ」
レムリニアスは己と同じニオイのする者の命令を聞く様に命じた。そう云う意味か。面倒だな、会話が成立したと思ったがそれは違った様だ、もっと真面に喋ってくれよ。
「オマエがこうやっちぇチャベろっちぇ メイレイちちゃんだ チェイレイがニュンゲンとおじようにチャベるなっちぇ イっちゃんだ」
「よし、それじゃあ、その命令はもう終了だ、今から君達精霊は普通の言葉で話してもいいぞ、これでミーミンは普通に話せるだろう」
ミーミンは目を真ん丸にして口角を上げて嬉しそうな表情をつくり、声を発そうとするが首を傾げると、次に怒った顔をして言った。
「ウチョちゅき やっちゃり レムリニアスはウソちゅきだ マオウおチャオちちぇジチュウおくれるちぇイっちゃのにぃ」
自分の親指にすがり付きながらミーミンは泣き出した。
如何したらいいのだろうか、ミーミンの発音が良くないので解らなかったが、この小さき者は精霊なのだ。
お伽話にある何者よりも先に地上で暮らしていた者達なのだ、レムリニアスにまつわる幾つかの寓話の中で、魔王に虐げられていた精霊を助ける話があったはず、自称なのかもしれないが彼らがこの神殿に縛り付けられているのならば、それを自由にする方法が判れば、この石柱の祝福を解く方法も判る様になるかも知れない。
「アービエル殿、先ほどからどうされました」
独り言を呟く自分を心配して、神殿の外にいるダムロが声を掛けて来る。
「何でもない、もう少し頭を冷やしてから下山するから、君は先に行ってくれ」
自分の言う事が失礼なのは明らかなのに、少しも不満な表情をする事なくダムロは下山する、彼の尾が地面に擦れる音が遠ざかるのを確認してから、ミーミンとの会話を再開する。
「しかしミーミンよ、一体どうすればレムリニアスの命令を解く事ができるんだい、遠い昔に彼は死んでいるんだよ、自分が死んだ後も続くような命令を言うのかな、もしかしたら解除する方法が有るんじゃないのかい」
「ちゃから レムリニアスが メイレイがオワリちぇイエばいいの ちょちちゃら アチャチちゃちはジチュウににゃるのぉ」
「ミーミン スリブール」
レムリア語で解放を意味する言葉を発するが、ミーミンに変化はなく、親指に掴まるミーミンは手の平を蹴ったり指先を噛んだりしては「ウチョちゅき」を連呼する。
何が足りないのか考える、技術なのか力なのかその両方なのか判らない、しかし文字に触れる事ができる上に精霊と会話ができているのだから、自分には祈祷師以上の事ができるはずだ。
再び何か見落としている様な不安に駆られる。
そうか、そうだ、この島に神殿が建てられた時の記録があるのではないのか。
「ダムロ、ダムロ」
ミーミンを耳に掴まらせて足早に山道を下りる、その途中でダムロに追いつき彼の背に乗り下山すると共に祠に向かい、古い木簡を両手一杯に持って自分の住まいとしている小屋に籠る。
ダムロに頼んでレムリア王国と接触した時期の目星を付けて貰っていたので、答えはその日の夜には見つかった。
鉈を取り出し指先に当てる、押しても引いても血が出ずに難儀するが、一滴だけ絞り出すのに成功する。
「ウーセノミーネレムリーニアス ヴォースリベルビチティーア」
指先をミーミンの額に当てて血を付けながら言う、かつてフラックスの代理人が王の血を石柱に垂らし文字の力を現実のものとしたのと同じ様に、勿論、自分は王家の血に連なる者でもなければ予言の者である事も認めないが、この呪いを解くためには自分が何所の誰であるかは関係ない。
「わぁ わわわわぁ ワーイ ワーイ ジユウだ ジユウだよぉ」
そう言いながらミーミンは嬉しそうに部屋の中を飛び回っており、自分も嬉しくて暫くそれを見ていたが、突然ミーミンは屋根の隙間から空に飛び去った。
呼び止めようとしたが、解決方法が判った今となってはこれ以上の拘束は悪いような気がして、何も言わずに見送る。
ミーミンの解放があの神殿の精霊全ての解放になったのか、それに伴いミュンヘム族の解放にもつながったのかが判らず、もしもを考えてその日は波の音を聞いて夜明けを待つことになる。
島民が起きるより前に神殿へ向かった。
島全体が朝霧に包まれている、遠くからは鳥の鳴き声、森に潜む獣たちの気配、揺れる木々の音、その中でただひたすらに神殿への山道を上がるのは自分一人だけ、自分だけが森から邪魔者にされている様な、自分は世界の異物ではないかと考え、ひどく寂しい思いに駆られたのだが、アンネリーゼの笑顔やあのヴェツアークから脱する際の表情を思い出す、あの丘の上に建つ小さな家は綺麗に整えられているだろうか、自分が死んだと思い彼女は悲しんでいないだろうか、もう一度あの笑顔を見たい、そう思うと勇気が湧き前に進む力を得る。
神殿に辿り着く頃には太陽はすっかり昇っており、黄金でできた様な神殿の屋根は陽の光を浴びて神々しばかりに輝く。
「フッ」
鼻で笑う、神殿の中に入るまでもなく、この場所は祝福されたままだったからだ、そして山道で感じていた静けさとは違う静けさが漂う神殿の中に入り、中央に鎮座する石柱に手を近づけ封を解こうとするが。
「ごめん、もう少しだけ辛抱してくれ、必ず君たちを解放するから」
この島を脱出する準備が何もできていない事に気付き、伸ばしていた手を下ろして神殿を後にした。




