ローレン諸島
ローレン島は六日で一周できる、住む者の数は四千に満たないという、周囲には大小幾つかの島があり、それらの島々には合わせて一千体程が暮らしているが、本島以外での生活は不自然な事として余り好意的には思われておらず、集落としてまとまった数が住むのは本島の東と西の浜辺にある二つの村だけだという話だ。
「アービエル・ネイ・レムリニアス、アナタと同じ様に漂流してきた人は他にはいません。この島に人間が単身で流れ着く事は初めてです、その上、水を口に含むだけで四十日間も眠り続け、こうして話せる様になるなんて、名の通り貴方は強い人間ですね」
柔和な表情をしてオリームは言った。
ローレン諸島に住む者達の上半身は人の形をしている、肌・瞳・髪は光沢のある黄から赤や青まで様々、そして最も彼らが人間とは違う所は腰から下にあった。
腰の辺りから肌よりもやや色の濃い鱗が生えており、生えているのは脚ではなく胴の六倍の長さはある尾になっている所だ、その長い尾は人間に適した階段など、段差や建物の中で動き回るのに不便ではないかと思われるが、オリームは特に気にした様子はなかった。
彼彼女たちは貧相な小屋に住み、食器も木の器と柔らかな鉄で造られた短刀しか持たない、衣服も麻を編んだ単純なものばかりで、部分的に着色していたりするものの、全員が殆ど同じ種類の服を着込む、それは何故だか人間が着ている長衣と同じ長さしかない。
この島に貨幣は存在しない、鍛冶屋や織物など職人が作る品物は物々交換で得ており、基本的に自給自足の生活を営んでいる。
彼女達の文明は余り進んでいない様に初めは思ったのだが、よく観察すれば一つ腑に落ちない点がある。
彼女達は魚しか食べないにも拘らず大麦と小麦を栽培している、前者はその年の内に酒にするものの、オリームを含め島の者はこれを飲む事なく、神殿や祠に供える以外の分は捨てているらしい、後者も同じように一定の保存期間が過ぎてしまえば、酒と種にする以外は捨ててしまう。
先祖の霊に対して、生前に食べていた物とは異なる食事を供える矛盾に、聞いた直後は気付かなかった。
しかし、この奇妙な風習なのか文化なのか解らない習慣により、大量の小麦が余っていたので自分は食べ物に困ることなく、体力を回復する事ができたのだが、オリームは食べもしない食糧を大量に備蓄する理由に就いて、先祖代々の慣習としか答えられなかった。
すでに季節は秋になったと言うのに、この島は随分と暖かい、航海に適した季節を過ぎたと言っても、今から出航できるのではないかと思うほど、天気は良く風は穏やかであった。しかし、体は全く動かず全身が打ち身の様な擦り傷でもあるかの様に痛く辛かったし、そもそも、自分が今どこにいるのかも判断できないので、身動きが取れない状態であった。
「外が騒がしいけど何かあるのかい」
木材を槌で打つ音や女性の愉しそうな話声、野太い男性達の掛け声など、何時もより村が活気付いていたので、粥を持ってきたオリームに尋ねる。
「もうすぐ秋のお祭りがあるので、そのための櫓と舞台を組み立てています」
彼女はまだ体の動かない自分の上半身を少しだけ起こす、その際に自分の首が反らない様に、尾の先を丸めて後頭部に沿えると、粥を少しずつ口に運び入れてくれる、それはとても丁寧で丁重でやさしさに溢れていた。
「何故こんなにも優しくしてくれる、君は知らないのか魔王と人間の間で争いが起きている事を、我々人間の中には殺し合いだけではなく、魔獣に対してとても酷いことをしている」
ルータニアンで串刺しにされていた首級を思い出す、きっと自分が見た以外にも世界中で同じ様な事が、或はさらに酷い事が行われているかも知れない。
「いいえ、そんな事は知りません、私たちがアナタを介抱するのは、そうしなければならないと思うからですよ、それをしないのは、とても悪いことで恐ろしいとも考えているからです」
オリームの優しさと言う事なのだろうか、しかし、彼女の言葉を好意的には受け止められず、違和感を覚える、そして捻くれた物の見方しかできない自分が少し嫌になる。
十日程経ち、ようやく起き上がれる様になったので、オリームに支えられながら浜辺の散策に出かけた。
島の所々で倒壊した円柱を木々が飲み込んでいたり、土に埋もれていたりしている大理石の彫像に気付く。
「ほらこの像の土に埋まっていた部分、塗ってあった肌と服の色が残っている、それにこの研磨の技術、ノミの使い方、巻き毛の細かさ、着ている服や装飾品からいって、レムリア王国時代の物だろう」
他の島民にも手伝ってもらい、並べた彫刻を観察しオリームに説明する。
「これを収集家に売れば、一年間は働かなくてもいい位の金になるはずだ、それくらい素晴らしく珍しい物なんだよ」
彼女達の話す言葉、放置されている品々を観察すれば、レムリア王国との交流を結論付ける事ができるが、海水や雨水に打たれフジツボや苔に蝕まれる様な彫刻もある事から、オリーム達はこの過去の遺産に興味がなく、壊れた石像などは砕いて畑に撒いているという事で、自分の話にもほとんど興味がない様で、彼女は笑顔で頷くだけだった。
他愛もない話をしながらも、気がかりな事がありそれを口に出せずにいた、あのルータニアンの港で斬首され串刺しにされた者、あの時の魔獣が彼女達の仲間ではないのかという事である。
今もこの島に人間が来るかオリームに尋ねると、彼女は大型の帆船が年に一回は来ると答えた。
その船の船籍と船名を聞くが、彼女達はレムリア大陸で使われている文字を読むことができなかったので船尾に書かれていたその名を砂浜に書き記す、そして、それはアンブロアと読むことができた。
さらに話を聞けば、その船がこの島に来たのは四年前、島の沖で座礁していた所を彼女達が助け、その上、食糧まで分け与えたという、そして、その次の年から毎年春の終わり頃、その船が島に来ては選んだ十五名を船に乗せて帰るというのだ。
アンブロア号の話しているオリームの様子から、彼女は連中の行いに対して疑問を感じていることはなく、何のために連れて行くのか聞いた事もないという。
船に乗せられた者は斬首された後、懸賞金と引き換えられ広場に晒される。その事実を知らなくとも、人間と共に島を離れる事になれば、恐怖や疑問を持つのは当然のことだと思うが、オリームは仲間のその後を気にしてはいない、夏前になると遣って来る海賊を歓迎するための催物まで行い、去年からは、秋の収穫祭の期間中に、船に乗る者を決める競技会を開く様になったという。
しかも小麦や酒を海賊達に食糧として渡しているのだ。
彼女達はアンブロア号に乗る海賊紛いの連中に対して一切の疑問を懐いてはいない、不眠不休で自分を看病してくれた上に、散策に出る際も支えとして共に出歩いてくれている、話し相手にもなりどんな質問にも答えようとしてくれている。
この優しい魔獣を騙し、英雄を気取るアンブロアの海賊達に対して、激しい憎悪と怒りがこみ上げた。
一人で自由に歩き回れる様になるが、長い時間を歩けるほどではなく、最近は森に近い場所にある拝殿に行くのが日課となっている。
そこの詰所に住む魔獣の名前はダムロ。彼の仕事は一年を三百六十五日と十二ヶ月に分ける事に加えて、閏年の宣言、祭事を取り仕切り、名簿の作成、結婚の立会人、日常の出来事を記録し歴史を綴ることで、大陸では神祇官に相当する役職なのだろうと考えている。
「やぁ、今日も来ましたね、毎日同じ様な事が書かれている木簡なんて、読んで飽きませんか、僕は夜明けから昼まで、ご先祖の書いた古い木簡を書き写すのでウンザリしていますよ」
オリームと同じで、常に笑顔のダムロ。
「それは大変な作業だ、ここは海が近いから木も腐りやすいからね。
でもだからと言って山か森の中に移した場合、一度の火事で記録が全焼失する事もあるだろうし、管理が大変だよな」
「いやいや、時折こんな物なんか、燃えてなくなってしまえばいいと思いますよ」
「そう言いながら、真面目に書き写しているんだろう」
詰所の奥に山の様に纏められている木簡を手に取り、そこに記されたこの島の記録を読む。
書き記されているのは、天候や作物の刈り入れに加えて、山の中に自生する果物が実る時期、年に一度島の周囲に来る大魚の狩り方など、その殆どがたわいもないものばかり、その中には自分が救助された時の状態や、それを看病するオリームの様子が記されていた。
始めは異文化に触れる楽しさを感じながら読み進めるていたが、途中にアンブロア号に乗った者達の名が記されており気持ちが沈む、さらに読み進めると、同じ暮らしと自然現象が繰り返し綴られており飽きが来るが、時折書き足される日食や月食に加えて、自分がまだ見たことのない、ほうき星の事が書かれており興味をそそられる場面もあった。
木簡を読み進める内に奇妙な違和感を覚える、それが何か掴めないままもっと古い記録を読もうとするが、それは書庫の奥にあり、その手前には高く積み上げられた木簡が入った木箱が邪魔していた。
どうやってあの奥に行けばいいのだろうか、積まれた木箱の山を見ながら考える、このまま登ってしまってもいいのだが、それは失礼に当たるのではないだろうか。
「いつの時代の分が欲しいのでしょうか、取ってきますよ」
ダムロはそういうと長い尾を梁に絡ませながら奥に進む、地面に降りることなくぶら下がったまま木箱を持ちあげ、体を上手くひねり再び梁の上を進み戻ってきた。
彼が持ってきたのは、レムリア王国と関係を持つ前の時代が書かれたものだった。しかしそれは古いと言う割にはそれはまだ新しく、二百年前に書かれたというものよりも新しく感じた。
「単に先代が写し直したものでしょう、自分も書き写して表に出していない物もありますから」
正しく写しができているのか不安になったものの、何も言わずに読み進めることにした。
それは今まで見て来た日常ではなく、文字を知らなかった彼らの中で、歌や伝承として記憶されていた歴史を書き留めた物だった。
彼ら自身の誕生を伝える神話、隣の村で起きた殺人、記された時代からさらに三百年遡ると、地震により島の南東部分が海に沈み、この地震を切っ掛けにして、諸島全土を巻き込んだ争いが数十年続いた話、盗みの罪で隣の小島に移住を強要された家族の事など、不安定で感情的な歴史が書かれていた。我々人間と同じ様に憎しみを積み重ねて来た事が判る。
そして気付くレムリアに編入された時より彼らが変わったことを、殺しどころか盗みや揉め事の記録すらないのだ、記録される様になった以降と以前の違いを理解し、毎日が単純で単調に流れ過ぎている事の不自然を認識すると共に、不気味なものを感じずにはいられなかった。




