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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第二章
23/63

少年時代は終わり

 レムリア半島の都市は、中央を走る山々により沿岸部にあること多い、偉人とその王国が存在していたためにそう呼ばれたのか、半島の名から取られたのかは判らないが、とにかく文明が発祥した地とされており、技術に優れているが、半島全体に地力がないために、小麦が育つ大地が少なく実るのは大麦ばかりだった。

 そのために人々は農業よりも牧畜と貿易に力を入れており、食糧は島の外から得る事が殆どだった。


 初めての航海で乗船した船の名はパスキュラス、その由来は古代神話の英雄の名、大型の帆船で船員が百名余、その殆どが戦闘要員でもある。

 船で与えられた自分の仕事は石弓手の補佐なのだが、毎日のように甲板や帆の清掃や船底に溜まる水を除去しフナ虫の駆除をさせられた。


 寄港する三つの港では、船長や航海士は商品や食糧の買い付けの他に、天候や海賊及び敵対する国の船舶がどの航路にいるか等の情報交換を行っており、自分はその際には書記として記録を任される、行きは嵐に遇うことも戦闘になる事もなく、予定どおりパンテノへ到着する。



 レムリア半島の東隣に位置するパンテノ、そのパンテノが在るパラクタ半島自体が一つの大陸かと思うほどの規模を持ち、農業は充実し貴金属を産出する鉱山も多く豊かだが、半島全体の技術力に就いては、レムリア半島より幾分も後れていたので、自国の羊毛から織られた布を買い取っては金貨を輸出している。


 パスキュラスには塩田から採った塩と刺繍が縫い込まれた敷布が詰め込まれていたが、途中で寄ったルータニアンで塩を売捌いて香辛料を買い、目的地のパンテノで積み荷を捌いて大金を得ると、空いた船倉に小麦を積めてオスロを目指すことになる。



 パラクタ半島の沖を進んでいる時、遥か遠く地平線の彼方に蛇を見た。

 本に書いてあった名前はウリンダロスだったか、幾つもの船を沈めた大蛇の様な魔獣、挿絵や先生の話では、大人四人から五人分位の長さだろうと思っていたが、海に出ている胴の部分ですらパスキュラスよりも大きく感じる、船長を含め船員は慌てる事なく、落ち着いた様子で船の帆を張り目的地へ船を進める。


「この位の距離が在れば襲われる事はない、それに奴は昼の間は船を襲わない、夜の内にいつの間にか船の真下にいるんだよ」

 青ざめた顔をしていた自分を見て、船乗りの一人がそう言った。


 パンテノに到着してから三日の猶予が与えられた、自分に許された積載量分の商品を売り買いするために、他の船員は港湾の周りにいる商人と交渉している、その誰もが相手と交渉するのが楽しく嬉しそうにしており、自分は許可されている積載量を船員の一人に売ると、水筒を持って散策に出かけた。


 市場へ向かう道すがら商店を物色、その店内はオスロ以上メッサリカ以下という品揃えだったが、受け取った前金を使うことなく市内を歩き回っていた。

 ここの人達の服装は、足元まであるゆったりとした寛衣の上に胴衣を着込んでおり、殆どの人が縁なしの帽子を被っている、住居は二階建てのものが多く、木造で外壁を白く塗りその上から花や図形が模様の様に画かれていた。


 しばらく歩いていると何処かで見たことのある人を見つける。彼は通りに置かれている長椅子に座り考え事をしているようだった。

 恐らくはパルミュラのドネティーク城で会った人だろう、懐かしい想いと同時に胸が重苦しくなった。

 声を掛けることも見つかることもあってはならない、踵を返して今来た道を歩き船に戻った、それからは気分も重くなり、船に籠もって外には出られなかった。


 出航は良く晴れた日だった。船長も安全な航海だと言っていたが数日後にそれは変わる、出会った同郷の船と海上にて情報交換を行なった時からだ、船長は航海士と船の持ち主である商人と共に密談を繰り返す、彼らは何も言わなかったが、船員の多くは異常を察しており、船上は不穏な雰囲気で一杯になっていた。


「我々の国は共和制である、一部の者が情報を握り密談をして物事を決めるのは、その志に反するのではないか、今すぐ現在この船がどのようなことに直面しているのか我々には知る権利がある」

 数人の船員が集まり一人が不満を叫んだ、甲板に居た他の船員もそれに同意する言葉を叫ぶ、船長は頷き話を始めた。


「すまなかった。だが諸君に隠し事をしていた訳ではない、この事は未確定であるために我々も判断できなかったからだ。

 情報と云うのは、四日ほど前にこの先の港が海賊に襲われたという事だ、しかし、住民との攻防で奴らは何も奪えずに去っていたらしいのだ、もしも海賊どもが諦めずに周辺に留まっているならば、我々に牙を向ける可能性もあり、その事を相談していたのだ」

 甲板へ上がった船員の殆どは、そのまま航海を続ける事を望んだ、こうして船は帰りを急いだのだが、しかし二日後にこの事を後悔する。



「レムリニーアース」

 夜中のことだった、眠っていると嵐の様な風音と共に声が聞こえた、多くの船員がその声を聞いたらしく慌てて甲板に人が集まり、船長にウリンダロスの声が聞こえたと訴える、このために船は遭難する可能性もあったのに錨を上げて出港した。

 朝になると、北東から来ていた風が北西風に変わり、風を受けるために船は東南に進路を変えた。

 四日目の午後、夜になると南西の風に変わるものの昼の風向きは一向に変わらず、レムリア半島が見えない事に対して船員達の間に不安が現れ始める、そして北西の方角より追い風に乗った一隻の船に遭遇した。


 進行方向よりやや右後ろから吹く風、そしてその風に乗って向かってくる海賊船、船長は逃げきれないと判断し、船員に向けて戦闘の準備を叫ぶ。

 船乗り達の優れた技術により、近づく海賊船の衡角をその横腹に衝き立てられる事なく、何とか海賊船と並走する形で追いつかれる。


 石弓から石玉が放たれるが、海賊達は甲板に板を立てて我々の攻撃を防ぐ、小型で動きが素早い海賊船とは違いパスキュラスは機敏な動きが出来ない分だけ船体が高く、自分は弩を構え何とか板からはみ出した海賊の肩を射抜くが、接舷を許してしまえば、船に固定されている石弓では船の下を狙う事が出来ず、数名の見習いが海賊の使う弩で肩や頭を負傷し、その光景を見た無傷の見習いは逃げ出した。


 自分は放たれる矢に当たらない事を願いつつ、船員達に混じり船に乗り込もうとする海賊が投げ込んだ鍵縄を断ち切り、立て掛けられた梯子を蹴り倒し、こちらは海賊船に向けて石や石鹸水を放つ、それでも船の縁に手を掛けた者は槍で突刺して海に落とされる、これだけ抵抗を続けても海賊の攻撃はまだ終わらない、倒れた船員の手から斧を掴もうと後ろを振り向くと、右舷後方の甲板の縁に手が掛かるのが見えた。


「右舷に回り込まれたぞ」

 左舷ばかりに気を取られ誰もいなくなった右舷を指差し叫ぶ。

 柵をよじ登ろうとしている海賊、汚れた外套と長衣を着た男、掴んだ斧を振り上げ男に向かい投擲する、海賊は何事かを叫ぼうとするが、言葉を発するより前に斧が胸にめり込みその口から血を溢れ出すと力を失い落ちて行く。

 海賊が噴き出した血だまりに足を入れ、半身を出して船の下をのぞき込む、真下に小船が着けられているのが見える、その舟には三人乗っており、覗き込んだ瞬間こちらに狙いが定めていた弩が放たれた、驚きの余り身を反らせて船に倒れ込むが、その矢は柵の縁に突き刺さる。


 自分の叫び声に駆け付けた船員は血だまりの左右に移動し、お互いに頷くと一斉に石を小舟に向けて放つ、そして、一人が中身の詰まった樽を舟の中に投げ込む、その衝撃で舟は壊れ海賊達は海の中に落ちた、その隙に船と小舟を繋ぐ縄を素早く断ち切ると、縄に手を掛け登りかけていた男は海に落ち、再び皆で海に向け石を投げつけ、裏返った小舟に這い上がろうとしていた男達を海に沈めた。


 高かった日も暮れ始めてようやく海賊達は戦意を失って逃げ出し始める、パスキュラスの全員が歓声と敵の後姿に雄叫びを上げて喜ぶ。

 オスロまでの二日間を船乗り達は絶えず今回の海賊の話で盛り上がり、浮かれた気分でパスキュラスは母港に帰還した。

 


 パスキュラスから降り親方と共に酒場に行く途中にて、不機嫌そうに眉を反らせたアンネリーゼが桟橋に立っていた、何を怒っているのか判らなかったがこちらに気が付いた彼女は笑った。

「おかえり。アハ、日に焼けてまっ黒だね」

 しかし、直ぐに顔をしかめて言う。

「ダメだよ、こっちは待っている事しかできないんだから、手紙なり言付けなりを寄港した港毎に送ってくれないと、そうじゃないと、事故に遭ったのか病気にでも罹ったのかと思って不安になるでしょ」


 確かに手紙を出さなければならなかった、他の人達が商館や帰りの船に乗る仲間に手紙や言付けを頼むのを見ていたはずなのに、自分も同じ事をしなければならないのに、何故その事に思い至らないのか、失念していた事をアンネリーゼに謝り、親方に許可を貰い広場に向かう。


 露店で食事を済ませた後は広場をただ歩く、今回の航海であった事やパンテノの街並み、そして海賊船との攻防を簡単に話した。

 アンネリーぜの方も苦労があった様で、工房で雑用を指示され、自分よりも技術の低い姉弟子が威張っている事への不満を洩らす、余程誰かに不満を言いたかったのだろう、陽が暮れるまで彼女の愚痴は続けられた。

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